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「ブラックバイトから解放されたら、女神の負債(ブラック)を背負わされた件」  作者: 月神世一


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EP 10

月兎の宿命と、夕暮れの抱擁

激しかった特訓が終わり、ポポロ村の広場は茜色の夕日に包まれていた。

心地よい疲労感の中、拓哉は額の汗を拭いながら、大きく息を吐き出した。

「はぁ、はぁっ……ありがとうな、ラビーナ。厳しい特訓に付き合ってもらって」

「気にするな、拓哉。私を助けてくれた、せめてもの礼だ。それに……貴殿は教え甲斐がある」

木陰に腰を下ろした二人は、村の向こうの山並みに沈んでいく夕日を静かに眺めていた。

少し離れた場所では、リリスとルルアが特訓の労いにと、水筒の陽薬草茶をコップに注いで準備をしてくれている。

オレンジ色の光に照らされたラビーナの横顔は、彫刻のように美しく、そしてどこかひどく寂しげだった。

やがて、彼女はぽつりと、押し殺したような声で口を開いた。

「……私はな、拓哉」

「ん?」

「レオンハート獣人王国で、近衛騎士隊長になった。そこまでは良かったんだが……第三王子のザックとかいう、傲慢な豚王子に目を付けられてな。とある日、信じられないことに『夜伽』を命じられたのだ」

「……は?」

拓哉の動きが止まった。

お茶を持ってきたリリスとルルアも、そのただならぬ言葉の響きに足を止め、息を呑む。

「そ、そんな事が……!?」

「ひっどぉぉぉい! 騎士の誇りを何だと思ってるんですかぁ!」

「許せませんわ! 王族だからって、そんな横暴が……!」

リリスとルルアが憤慨して声を上げる。

ラビーナは自嘲気味に口角を上げ、赤い瞳を伏せた。

「無論、私は騎士としての誇りにかけて、そのようなふざけた命令は断った。……そして、強引に迫ってきたザックを半殺しにして、国を逃げ出して来たわけだ」

「半殺しに……いや、それは正当防衛だけど。でも、一国の王子を相手にしたら……」

「あぁ。国を挙げての追っ手が放たれた。信頼する部下たちの機転と助けもあって、一度は『逃亡中に深い谷へ落ちて死亡した』という偽装工作をしたのだが……どうやら、そう上手くはいかなかったようだ。王国の誇る暗殺部隊に嗅ぎつけられ、ポポロ村の森で重傷を負わされた……というのが事の顛末だ」

淡々と語るラビーナの長い兎の耳が、悲しげにペタリと垂れ下がる。

剣の腕では誰にも負けない自信があった。しかし、理不尽な権力と、種族の血の呪縛からは逃れられなかったのだ。

「ラビーナ……」

「元来、我ら月兎族ムーンラビットは、満月の夜に極限まで感情が高ぶれば、『死者をも蘇らせる(反魂の闘気)』という奇跡を起こす伝説がある。……だからこそ、権力者たちは月兎族を手元に置きたがるのだ。最強の護衛として、あるいは『不老不死の霊薬代わりの慰み物』としてな」

ギュッと、ラビーナが膝の上で拳を握りしめた。

「私が若くして近衛騎士隊長に抜擢されたのも、剣の腕ではなく、結局は『月兎族ゆえの希少価値』でしかなかったということだ。……私は、自分の血が憎い」

彼女の震える肩から、どれほどの悔しさと絶望を抱えてここまで逃げてきたのかが伝わってくる。

「ラビーナ!」

考えるより先に、拓哉の体は動いていた。

彼は立ち上がると、うつむくラビーナの正面に回り込み、その華奢な体を、力強く、そして優しく抱きしめた。

「――っ!? た、拓哉……?」

突然の抱擁に、ラビーナの赤い瞳が丸くなる。

拓哉は彼女の背中に腕を回し、はっきりと告げた。

「分かった。君の事情も、追っ手が来るかもしれない危険も、全部受け止める。……俺が」

理不尽な命令。理不尽な暴力。

世界は違えど、押し付けられる不条理の苦しさは痛いほど分かる。

借金まみれのマイナススタートから始まったこの異世界生活だが、目の前で泣きそうな顔をしている恩人を、見捨てる選択肢など拓哉の中には存在しなかった。

「……ふふっ」

拓哉の真っ直ぐすぎる言葉と温もりに、ラビーナは一瞬だけ目を白黒させた後、やがて張り詰めていた糸が切れたように、小さく笑い声を漏らした。

「つくづく……本当に、損な性分だな、貴殿は。後悔しても遅いぞ?」

「今更だよ。借金100万G背負わされた時から、俺の人生はハードモードなんだから」

「……そうか。ならば、今は少しだけ、この温もりに甘えるとしよう」

ラビーナが拓哉の背中にそっと腕を回し返した、その時だった。

「わ、私だって! ラビーナさんの味方ですよぉぉ!」

「私も! 絶対、ラビーナさんを守るんだから!」

「うわっ!?」

横から飛び込んできたリリスとルルアが、拓哉とラビーナを包み込むように、わちゃわちゃと抱きついてきた。

「ちょっと、リリス! お茶こぼれるって!」

「良いじゃないですかぁ! 今は感動のシーンなんですぅ! えぐっ、ぐすっ……豚王子なんて、私が神罰を下してやりますぅ!」

「そうよ! ドンガン帝国製の最新防衛システムで、追っ手なんか追い返してやるんだから!」

四人がひと塊りになって、夕暮れの広場で団子状態になる。

その重みと、やかましくも温かい騒がしさに、ラビーナはついに堪えきれず、ポロポロと大粒の涙をこぼした。

「……ありがとう。お前たち……」

月兎の呪われた血を求めるのではない。

ただ『ラビーナ』という一人の騎士を、ありのまま受け入れてくれる場所。

夕日の中で寄り添う彼らの絆は、どんな伝説の闘気よりも、強く、温かく結びついていた。

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