EP 9
鉄骨フレイルの死角と、元・近衛騎士隊長の個人レッスン
ラビーナがポポロ村で保護されてから、あっという間に1週間が経過した。
女神リリスの「不正利用ヒール」と、毎日支給されるツナマヨおにぎり(をはじめとするジャンクフード)のおかげで、ラビーナの体力は完全に元の状態まで回復していた。
「う〜ん……なんか、感じが出ないなぁ」
村の広場の片隅。
拓哉はルルア特製の『鉄骨フレイル(コンクリート塊付き)』を力任せに振り回し、首を捻っていた。
威力は申し分ない。かすっただけでも丸太を粉砕する破壊力がある。しかし、どうにも動きが単調になりがちで、「実戦で当たるビジョン」が見えなかった。
「拓哉。一人で素振りをしていても、上達には限界があるぞ」
声をかけてきたのは、ラビーナだった。
彼女は銀色の髪を後ろで一つに束ね、村で借りた動きやすい軽装に身を包んでいる。手には、バルガスから借りた木製の片手剣と小盾が握られていた。
「特訓の相手なら私がしよう。対人戦をした方が、掴みは早いだろう」
「えっ、良いのかい?」
「あぁ。長居させてもらっている、宿賃代わりだ」
ラビーナがピンと立った兎耳を揺らしながら、ふっと柔らかく微笑む。
「ドキドキですぅ! ラビーナさんの実力、見せてもらいましょう!」
「拓哉さん、頑張ってー!」
広場の木陰では、リリスが謎のスナック菓子をボリボリと食べながら実況の構えに入り、ルルアが両手を握りしめて声援を送っている。
「よし……胸を借りるつもりで、行くぜ!」
拓哉は鉄骨フレイルの鎖を短めに持ち、気合いと共に大きく振りかぶった。
重たいコンクリート塊が空を裂き、遠心力を得てブォンッ!と唸りを上げる。
――その瞬間だった。
「……遅いな」
「えっ!?」
ラビーナの姿が、かき消えた。
いや、違う。月兎族特有の爆発的な脚力で、拓哉の意識の死角を縫うように一瞬で『懐(ゼロ距離)』へと飛び込んできたのだ。
フレイルの重りが弧を描くより早く、ラビーナの持つ木剣の柄(持ち手部分)が、拓哉のみぞおちに正確に、そして容赦なく叩き込まれた。
「ぐっぅぅ……!?」
カエルが潰れたような声を上げ、拓哉は胃液を込み上げさせながらその場にうずくまった。
「拓哉、君の武器は確かに当たれば一撃必殺だ。だが、自分の武器の『最大の弱点』を知らない。大きく振りかぶるその武器は、攻撃判定が出るまでに時間がかかる。振り回す前に懐に入られたら、その時点で終わりだ」
ラビーナは木剣をスッと引き、無慈悲な教官の顔で見下ろした。
「さぁ、立て。仕切り直しだ」
「ゲホッ、ゴホッ……マジかよ、見えなかったぞ……」
(振り回す前に懐に入られたら終わり……じゃあ、懐に入られる前に、先手必勝で最大範囲を薙ぎ払えばいい!)
拓哉は痛む腹を押さえながら立ち上がり、今度はラビーナが動くより先に、フレイルの鎖を長く持って横凪ぎにフルスイングした。
「おおおおっ!!」
コンクリート塊が、暴風を巻き起こしながらラビーナへ迫る。
しかし、彼女は避けることすらしない。手にした小盾を絶妙な角度で傾け、飛んできた重りを真正面から受けず、ツルンと『受け流し(パリィ)』たのだ。
「うおっ!?」
攻撃の軌道を逸らされた拓哉は、自分の放った重厚な質量の遠心力に引っ張られ、無防備に大きく体勢を崩してしまう。
「弱点、その2」
ラビーナの冷徹な声が耳元で響いた。
次の瞬間、体勢を崩した拓哉の腹に、本日二発目となる容赦ない柄打ち(腹パン)がめり込んだ。
「ぐふっ!!」
「その武器は、一度攻撃を外した時の『隙』が致命的に遅い。空振りを誘われれば、そこが貴殿の死に場所だ」
地面に大の字に倒れ伏す拓哉。
遠くでリリスが「あーあ、拓哉さんがゴミのように転がってますぅ」と呑気な解説をしている。
(懐に入られたら終わり……攻撃して弾かれたら終わり……)
肺から空気を絞り出しながら、拓哉は必死に思考を回転させた。
コンビニのクレーム対応と同じだ。相手の怒りのパターンを読み、先回りして対処しなければ、永遠にサンドバッグになるだけだ。
「さぁ、もう一度だ。拓哉」
ラビーナが木剣を構える。
拓哉はゆっくりと立ち上がり、フレイルを握り直した。
(つまり……こういうことか!)
「いくぞ!」
拓哉は再び、大きくフレイルを振りかぶった。
全身の筋肉を連動させ、最大威力のスイングの予備動作を見せる。
(来る……! 今度も受け流して、懐に入る!)
ラビーナは赤い瞳を細め、盾を構えて踏み込もうとした。
――だが。
「……なっ!?」
「ヘッヘッヘ!」
拓哉は、振り下ろす寸前で腕の筋肉を総動員し、ピタッ!とフレイルの動きを急停止させた(フェイント)。
コンクリート塊による大振りを予想し、カウンターを合わせるために前傾姿勢をとっていたラビーナは、見事にタイミングを外され、拓哉の目の前で無防備な隙を晒してしまった。
ピタリと止まったコンクリートの塊が、ラビーナの鼻先数センチで威圧感を放っている。
「……やられたな。一本取られた」
ラビーナは木剣を下ろし、ふっと相好を崩した。
「……たった数回の打ち合いで弱点に気づき、裏をかくとは。中々の策士だな」
「ヘッヘッヘ……ブラックバイトと教官の腹パンで、何度も痛い目見てボコされてきたからな。学習能力だけは高いんだよ」
拓哉が汗を拭いながら笑うと、ラビーナは感心したように鉄骨フレイルを見つめた。
「熟練した騎士であっても、その異質な鉄塊の威力は絶大で、本能的に警戒を強いられる。……だからこそ、それを『フェイント(見せ金)』に回す発想があれば、どれほど素早い相手でも、迂闊に懐へ飛び込むことはできなくなる」
一撃必殺の破壊力は、当てなくても「脅威」として相手の動きを制限できる。
それが、拓哉と『地球の粗大ゴミ』がたどり着いた、異世界を生き抜くための最初の戦術だった。
「お見事ですぅ! さすが私の借金を背負う男ですぅ!」
「拓哉さーん! かっこよかったですー!」
外野から飛んでくる呑気な黄色い声援を聞きながら、ラビーナは優しく微笑んだ。
「筋が良い。この調子で、私の知る限りの戦闘技術を貴殿に叩き込んでやろう。……覚悟はいいか?」
「お、お手柔らかに頼むよ……隊長殿!」
こうして、スパルタ騎士による本格的なブートキャンプが、ポポロ村の広場で幕を開けたのだった。




