ひろがる噂
王都から銀嶺へ戻る旅の間、スカーレットの胸には重く冷たいものが沈んでいた。
だが、故郷に戻ったところで、状況はさらに悪くなっていた。
「スカーレット、王都で公爵家の跡取りと一悶着あったというのは本当か」
出迎えた父の顔は青ざめていた。
「噂はもう銀嶺まで届いているのですか」
「届いているどころではない。北部同盟に名を連ねる家々の間で、大変な騒ぎになっている」
銀嶺辺境伯家を含む北方の弱小貴族たちは、古くからヴァイスハイト公爵家を盟主とする「北部同盟」という緩やかな連合を組み、互いに助け合いながら魔物の脅威に対抗してきた。
その盟主の家との間で軋轢が生じたという噂は、瞬く間に同盟の全域へと広がっていた。
「ラングドン家が公爵家への不敬を働いたそうだ」
「いや、公爵家の次男殿を陥れようとしたらしい」
――尾ひれのついた噂は、事実とはかけ離れた形で、しかし止めようもなく広まっていった。
同盟に名を連ねる他家の当主たちからは、心配とも非難ともつかない書簡が次々と届いた。
スカーレットは自室にこもり、届いた手紙の束をひとつひとつ読んでは、深く項垂れた。
誰も彼女の言い分を聞こうとはしなかった。彼女がただ、真実を知ろうとしただけだということを。
「スカーレット」
部屋を訪れた父が、静かに隣に腰を下ろした。
「お前は、間違ったことをしたとは思っていないのだろう」
「……はい」スカーレットは顔を上げた。
「お父様。私、ゴドウィン様の要求には、どうしても納得がいかないのです。もし本当にセドリック様が心から望んでいらっしゃることなら、私は喜んでこの身を差し出す覚悟もございます。でも、そうではない何かのために、銀嶺の民の暮らしを差し出すわけにはいきません」
父は長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
「わかった。……お前の判断を信じよう。たとえ同盟の中で孤立することになろうとも、な」
その言葉に、スカーレットは胸が熱くなるのを感じた。
だが同時に、これから自分と家族が背負うことになるであろう重圧を思うと、恐怖で胃の底が冷たくなるのも事実だった。
窓の外では、まだ溶けきらない雪が、灰色の空からちらちらと降り続けていた。




