公爵家への召喚
王都のヴァイスハイト公爵邸は、白亜の外壁と氷を思わせる青灰色の屋根を持つ、威風堂々たる建物だった。
案内された応接間で待つこと半刻。
現れたのは、二十代半ばと見える長身の青年だった。銀に近い金髪と、氷片のように冷たい灰青の瞳。噂に違わぬ美丈夫だったが、その表情には温かみのかけらもなかった。
「モナーク・ヴァイスハイトだ。よく来てくれた、ラングドン嬢」
言葉こそ丁重だったが、声音には明らかな険があった。
スカーレットが淑女の礼を執ると、モナークは前置きもなく本題に入った。
「単刀直入に聞こう。君は、弟の後見人であるゴドウィンの誠実さを疑い、あまつさえ弟自身の病状にまで疑いの目を向けていると聞いた。それは事実か」
「疑いというのは心外でございます。私はただ――」
「ただ、なんだ」モナークは言葉を遮った。
「セドリックは幼い頃から生まれつき魔力の器が脆く、絶えず生死の境を彷徨ってきた。それを支え続けてきたのがゴドウィンだ。二十年近くも弟に尽くしてきた男の言葉を疑い、我が公爵家からの正式な要請にまで難癖をつける。それがどれほど、病弱な弟の名誉を傷つける行為か、君にはわかっているのか」
スカーレットは唇を噛んだ。
だがここで感情的になれば、それこそゴドウィンの思う壺だという冷静さが、辛うじて彼女を押し留めた。
「モナーク様。私は決して、セドリック様のご病状そのものを疑っているわけではございません。ただ、ここ一年でゴドウィン様よりお申し出のあった要求が、あまりに急速に、そしてあまりに大きくなっていることに、疑問を抱いただけでございます。婚礼衣装の格上げに始まり、嫁入り道具の追加、そして此度は当領地唯一の収入源である採掘権の十年譲渡。これらすべてが本当に、セドリック様の治療のためだけに必要なのでしょうか」
「治療には金がかかる。特に、セドリックのように稀少な魔力欠乏症を患う者には、通常の治療魔導では効果が薄い」
「では、伺わせてくださいませ」スカーレットは真っ直ぐにモナークを見据えた。
「セドリック様ご自身のお言葉で、この要求をお聞かせいただけますでしょうか。ゴドウィン様を介してではなく」
一瞬、モナークの眉がぴくりと動いた。
その問いは、彼自身も長らく目を逸らしてきた核心を、あまりに正確に突いていた。
だがすぐに、その顔は硬い仮面に戻った。
「セドリックは今、療養に専念している。それを、婚約者だからというだけで、直接言葉を寄越せと? 随分と身勝手な言い草だな」
「身勝手を申しているのではございません。ただ、この婚約は両家、そして両家に連なる多くの民の生活を支える大切な約束です。私はその約束を、正しく守りたいだけなのです」
「――もう十分だ」
モナークは立ち上がった。冷たい声だった。
「はっきり言おう、ラングドン嬢。このような不誠実な態度を続けるようであれば、公爵家として、この縁組みそのものを見直さざるを得ない」
スカーレットは震えそうになる手を、ドレスの裾を握りしめることで抑えた。
「……モナーク様のお言葉、確かに承りました」
スカーレットは深く一礼し、それだけを言い残して応接間を辞した。
扉が閉まった後、モナークはしばらくその場に立ち尽くしていた。
彼女の最後の眼差しが、なぜか頭から離れなかった。怯えではなく、怒りでもない。
ただ、澄んだ強さを湛えた瞳だった。
(あれほどの状況で、なぜあそこまで冷静でいられる……)
苛立ちに似た感情の奥に、モナーク自身も気づかぬ小さな棘が、静かに刺さっていた。




