二人の道
セドリックの言葉に、スカーレットはすぐには何も答えられなかった。
婚約者であるセドリックに、その兄であるモナークを慕う自分の感情に気づかれているという事実は、彼女を戸惑わせるのに十分だった。
「私は……セドリック様との婚約を、蔑ろにするつもりは決して」
「わかっております。貴女は誠実な方だ。だからこそ、私は貴女に、無理に婚約を続けていただきたくはないのです」
セドリックは、窓の外に広がる雪渓の景色を眺めながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「私は今まで、生きることそのものに、自分の意志を持ったことがありませんでした。ゴドウィンに従うことだけが、私にとっての人生でした。ですが、今こうして自由を取り戻して初めて、私は自分が何を望むのかを、真剣に考えるようになったのです」
「セドリック様……」
「私はこれから、自分の足で立ち、自分の目でこの世界を見てみたいと思っています。長らく塞ぎ込んでいた分、学びたいことも、行きたい場所も、山ほどあります。そんな私に、貴女という支えは、あまりに不釣り合いかもしれません。むしろ、貴女には、貴女を心から想う人の傍にいてほしいのです」
その言葉に込められた優しさに、スカーレットは目頭が熱くなるのを感じた。
「兄上とお話しなさってください、スカーレット嬢。それが、私からの、心よりの願いです」
その日の夕刻、モナークはセドリックの部屋に呼ばれた。弟の口から語られた決意を聞き、モナークはしばらく言葉を失っていた。
「セドリック、それは……お前は、本当にそれでいいのか」
「兄上こそ、本当のお気持ちを、いつまで隠していらっしゃるおつもりですか」
セドリックは、幼い頃には見せたことのないような、いたずらっぽい微笑みを浮かべた。
「私は、ようやく自分の人生を取り戻したところです。だからこそ、大切な人には、正直な気持ちに従ってほしいのです。それに――」セドリックは続けた。
「スカーレット嬢のような方が義理の姉になってくださるのなら、私にとってこれ以上の喜びはありません」
モナークは、深く長い息を吐いた。それから、生涯で最も緊張した面持ちで、館の外の庭園へと向かった。スカーレットが、雪解けの水音が響く小川のほとりで、静かに佇んでいた。
「スカーレット嬢」
「モナーク様……」
「弟から聞いた。……いや、それより先に、俺自身の言葉で言わせてほしい」
モナークは、彼女の前に立ち、まっすぐにその目を見つめた。
「初めて会った日、俺は貴女を家の利益のために動く者だと決めつけた。だが、事実はまるで違った。貴女は誰よりも誠実で、誰よりも真実を大切にする人だった。この数ヶ月、貴女とともに過ごした時間の中で、俺は初めて、誰かをこんなにも大切に思う気持ちを知った」
「モナーク様……」
「スカーレット。貴女さえよければ、今度は俺自身の名において、貴女に婚約を申し込みたい。弟の代わりとしてではなく、俺自身の、正直な想いとして」
風に揺れる木々の合間から、柔らかな春の陽光が差し込んでいた。スカーレットは、震える声で、しかしはっきりと答えた。
「……はい。喜んで」
二人の間に流れた沈黙は、これまでのどんな言葉よりも雄弁だった。
北部同盟への正式な発表は、それから間もなく行われた。
「公爵家当主代理モナーク・ヴァイスハイトと、ラングドン辺境伯令嬢スカーレットとの婚約」――その報せは、両家の絆をさらに強固なものとして、同盟中に喜びをもって迎えられた。
かつてスカーレットを非難した貴族たちも、今や手のひらを返したように祝福の言葉を寄せていた。




