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いくつかの異世界では、作者が追体験をすることが決まっている。
題材に使われた真に辛い物語が、作者自身の到着を待ってはじまるからだ。
自分が好きで生み出した世界で自分が主人公となり、その人生を歩めばいい。
自分が創りだした世界なら、どんなに苦しくても前向きに生きていけるだろう。
たとえ、作品の記憶が残っていて不幸を回避しようとしても出来ない。
人生の改変が出来ないよう、神が強制力を発動させるからだ。
不幸は負の感情しか生み出さない。
その作者は主人公を不幸にしすぎたため、世界は混沌に傾きかけている。
それを浄化させるには、『定められた物語を最後まで進める』のが一番。
一度終えた作品は、続編・続々編がなければ『物語のその後』という自由が与えられる。
そこには強制力がないため、ようやく『自分自身の人生』が始められるだろう。
……すでに人生そのものを終えている可能性もあるが。
それは自分が導いた少女の一生なのだから、仕方がない。
作者がその世界で平穏無事に人生を終えられたとしても、次の作品が主人公役の到着を手ぐすねひいて待っている。
ふたたび悲劇と直面し、虐待を受けて(中には治せない傷を背負い)、生死の際を彷徨う生涯が始まる。
その作者が生み出した異世界には、作品の数だけ不幸が待っている。
途中で力尽きても、別の作品の人生を終えればまた再挑戦。
最後まで話を進めて、やっとその作品の強制力から卒業できる。
ありがたいのは、モブではなく主人公役である。
作者だからこそ次の展開を知ってるし、結末も理解しているだろう。
……しかし、考えてもみてほしい。
貴族社会、身分制度の世界で生まれ育った者が、果たしてストーリーどおりに身分を弁えず愚行に趨るだろうか。
答えは、もちろんNOだ。
よって、初めから物語は破綻している。
作者が演じる主人公は、『何ら罪のない、平民や特待生、庶子などという立場の少女』に因縁つけて虐める悪女。
演じる役が『脳内花畑牧場令嬢の華麗ではない略奪愛♡』が舞台だとしたら、虐められる側になるけど。
いや、正論で嗜められるだけで虐めではないな。
そして、公の場において断罪されるだろうか?
会議室とはそういう話し合いの場所に家族や文官など数名の立ち会い人が呼ばれて罪を問われることはあるだろう。
そこで婚約が破棄か、解消か、白紙撤回になるだけだ。
それを公式な場所で断罪劇を始めるような貴族家の子息令嬢などいるはずがない。
醜聞に塗れるのは『断罪される側』だけでなく、断罪する側も同様だ。
さらに言うなれば、その場にいながら止めたりしないで余興のように見ているだけの第三者も同罪。
「なぜお止めせなんだ」と叱責を受けるのは当然。
断罪が冤罪に転化されれば、その場にいた者も、最悪参加者全員も。
罪に問われずとも醜聞の渦に巻き込まれるだろう。
一貴族子息、一王子が軽々しくも「国外追放・処刑に処す!」などという越権行為を口になどできるはずもない。
それらは裁判を経て下される処分であり、貴族籍から排除させる行為は『王家や他貴族にそのような権限などあるはずもない』のだ。
況してや、高高貴族家や王家に生まれただけの、まだ『たまごの殻を尻にくっつけている、親の庇護下で甘ったれている青二才』の分際に。
『親の威を借る幼稚』に家を左右する権限を与えているなら、我が子ともども表舞台から消えてもらって構わない。
…………というか、いますぐ滅べ。
下下に迷惑だ。
とは言え、そこは貴族社会。
貴族が平民を、貴族であっても下の身分の子息令嬢に危害を加えたとしても罪にはならず。
……そこに救いなどあるはずはない。
自身の作品と違って、身を滅ぼすのは強制力によって『物語にそった行動をさせられた』自分のみである。
【運が良ければ、高位貴族令嬢という立場から減刑されて『国で一番厳しい修道院』へ送られるでしょう】
主人公が聖女や賢女だった場合は、国や神殿で飼い殺しになる。
簡単に追放などするはずはない。
自国で罪を犯した者が他国で犯罪に手を染めない保証など、産声をあげたばかりの子に「産んでやったんだからこれから一人で生きていけ」と部屋に放置するくらいにない。
ハニートラップに失敗して国を追われた者が、他国でハニートラップを仕掛けて手駒にした王族や軍隊を動かして報復してこないと誰が言えるだろうか。




