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ルミナス・アイランドへようこそ  作者: 蒼宮 蓮


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EP06 白の残響


白く跳ねた視界だけが、先に戻っていた。

次に意識が浮いたとき、耳の奥で警告音が鳴っていた。

誰かが名前を呼んでいる。

靴音。何かを押さえる声。通路を空ける気配。

ざわついた音だけが、先に戻ってくる。


視界が合う。

いちばん近くにあったのは、ヒヨリの顔だった。


「……レン」


掠れた声が落ちてくる。

そこでようやく、自分が床に倒れていることに気づいた。

レンはゆっくり肘をつき、上体を起こす。


痛みが、来ない。

衝撃の感触だけが、妙にはっきり残っていた。

それでも、先に見るべきものは決まっている。


「……無事か」


声は少し掠れていたが、一応出た。

ヒヨリは小さく頷く。羽先の震えだけが、まだ残っていた。

まずは、それでいい。


ようやく周囲を見る。

倒れた設備のまわりでは、もうスタッフが動いていた。安全確認、通路の確保、停止系統の再確認。

空気はまだざわついているのに、手順だけが先に揃っていく。


こちらに気づいたスタッフが寄ってきて、安否確認の声を飛ばす。

レンは短く無事ですと返し、立てるかと続けて聞かれてから、ゆっくり片膝を立てた。

視界はぶれていない。意識もある。今すぐ倒れ直す感じではなかった。


レンは自分の端末を取り出し、島崎へ回線をつないだ。

呼び出しは長くなかった。


『状況は』


どうやら、本社ももう把握しているらしい。

レンは展望塔のバックヤードで設備の一部が外れ、停止はかかっていること、営業への影響はこれから確認することだけを短く伝えた。


『そうか。こっちも揺れてな。本社のほうも少しばたついた。島内のあちこちで短い揺れが出てる。原因はまだ上がってない』


展望塔だけの話ではなかった。

レンは視線を少し落とした。


報告に入れるべきか、一瞬だけ迷う。

ヒヨリの違和感。ホエモリの「静かな気がする」という言葉。

どちらも、今この回線に乗せた途端に質が変わる。

証拠のない話として薄まるか、余計なものとして弾かれるか、そのどちらかだ。


結局、言わなかった。

言える形のものだけを残し、回線を切る。


そのあとも、確認と報告は続いた。

客導線に大きな崩れはない。停止系統は正常。応急処置の範囲で当面の安全は確保できる。

数字の上では、どうにか片づいていく。

だが、数字に乗らないものだけが残る。


夕方には本社へ戻っていた。

フロアの空気は朝と同じようでいて、少しだけ違う。

報告を受ける声の高さも、端末を打つ速さも、全体にひとつ分だけ浅い。


『他エリアでも微細な異常が出てる』

『大きな被害はまだ出ていない』

『だが、今日の揺れを単発で済ませるには材料が足りない』


島崎の声が遠く聞こえる。

会議室のガラス越しに見える夜の色だけが、妙に落ち着いていた。


カナから着信が入っていた。

昼の件だろうと思いながら折り返す。

遅くなることだけ伝え、時間だけ決めた。

それで会話は終わった。


終わったはずなのに、胸の奥ではまだ何も片づいていない。


部屋へ戻る前、連絡通路の窓際で立ち止まる。

夜の島が見えた。

表の灯りはいつも通り綺麗に並んでいる。

展望塔も、遠い区画のネオンも、客から見ればたぶん何も変わらない。


そのはずなのに、視界の端で白いものが揺れた気がした。


振り向く。

何もいない。

けれど、そこにだけ薄い繭みたいな光の残りが見えた。

目を凝らしたところで、次の瞬間にはもう消えている。


まだ早い。


そんな声を聞いた気がした。

気のせいで済ませるには、今日はいろいろありすぎた。

それでも、説明のつかないものまで抱え込むと、余計に面倒が増える。


視線を切って、連絡通路をあとにする。

昼の輪郭が少しずつ薄れ、代わりに照明と反射が前に出てくる。

遠くには、イルミネーションの光がにじむように浮かんでいた。


ルミナス・アイランドは、夜になると昼とは別の顔を出す。

人も音も消えないまま、島の光だけが少しずつ濃くなっていく。


その光のどこにも混ざらない、白い繭みたいな明るさがあった。

薄紫の気配が、その内側でかすかに揺れる。

羽音はない。けれど、そこだけ空気の深さが変わり、長い触角の影みたいなものがわずかに動く。

その先には、姿と呼ぶには曖昧すぎる、深い気配だけがあった。


ひとつ、静かな脈動。

応えるように、内側の光がゆっくり明滅する。


まだ早い。


そんなふうに聞こえた気がした。


薄紫の気配はそれ以上動かない。

ただ、昼に落ちた揺れの残りをたしかめるみたいに、静かにそこにある。


夜のルミナス・アイランドを、風が渡る。

展望塔の表示は、もう明日の案内へ切り替わっていた。

神社の鳥居は昼の赤より沈んで見え、人気の引いた通路には、照明だけがまっすぐ伸びている。

遠くでモノレールがひとつ、光の線を引いて曲がっていく。


島はまだ、何事もなかったみたいに呼吸していた。

そういう顔をする島だと、もう知っている。

けれど、その光の下で、昼にずれた何かだけが、まだ元の場所へ戻っていない。

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