EP05 蒼の降下
表側へ回ると、もう音が場を取っていた。
人の声はある。けれど、その下で低い音が空気を均している。
少しだけ見るつもりだったのに、そういう空気に入った時点で、だいたいそのつもりは当てにならない。
高い天井の下、円形のステージを中心にフロア全体がゆるく息を潜めていた。
少し離れた、邪魔にならず全体が見える位置で足を止める。
そういう場所を選ぶ癖は、まだ抜けていない。
案内音が短く入り、外周の窓が一斉に落ち、昼の景色が引いた。
中央に白い光だけが残り、そこから低いスモークが流れはじめる。
まず、音楽隊の輪郭が持ち上がる。
低い音がひとつ入る。
そのまま演奏が厚みを増し、ひとつ山を作ったところで、外周の影が遅れてほどけた。
ダンス隊が、そこに重なる。
足もとを流れていた雲の影がゆっくり向きを変え、淡い青が床を這い、窓へつながり、そのまま上まで抜けていく。
音の位置が少しずつ上がる。
客の目線だけが、それにつられて先に持ち上がっていった。
ダンス隊が外へ散る。
円を描く動きに合わせて、床の空も大きく流れを変えた。
窓に映る青がひらき、上の色が深くなる。
どこまでが壁で、どこからが映像なのか、その境目だけが曖昧になる。立っている感覚まで、少し薄い。
こう来るか。
体を先に持っていく。
音がもう一段高く抜ける。
フロア全体の熱が、そこで一度上まで引っぱられた。
次の瞬間、全部が少しだけ静まる。
音が引く。
ダンス隊の動きが止まり、床を流れていた雲の影だけが遅れて揺れる。
中央に落ちた白い光だけが、そのとき急に静かに見えた。
その静けさの中を、ヒヨリが降りてくる。
歓声は大きくない。
けれど、揃う。
さっきまで裏手で、風のことをうまく言葉にできずにいたのと同じ姿のはずだった。
それなのに、光の中へ降りた途端、そこだけ、うかつに触れたくなかった。
ヒヨリが中央へ降り切ったところで、場が一気に動いた。
羽がひらく。音が抜ける。
そのまま中央から外周、頭上へと飛ぶたび、足もとの光まで形を変える。
高く抜けるたび、天井までつながっていた青が明るさを変える。外周をかすめれば、窓の空が大きく揺れる。
演出は綺麗だった。
綺麗すぎて、さっき聞いた「島の、おく」の一言だけが、逆に抜けなかった。
見えているものと、噛み合わない違和感だけが残る。
足もとの雲も消える。
フロアがただの床に戻っていくのを見届けてから、レンは裏手へ足を向けた。
バックルームには、さっきまでの光が嘘みたいに残っていなかった。
レンは壁際の簡易表示に目を走らせ、外周設備と補助系のログをざっと拾う。
すぐに影響が出るような異常は、今のところ拾えない。
端末に記録を打ち込みながら、さっき見たショーの残像だけを頭の隅へ押しやる。
背後で、羽音がひとつした。
顔を上げると、ヒヨリがいた。
さっきまで光の中にいた気配が、まだ羽先に少し残っている。
けれど、もう表の顔ではない。戻ってきたのは、いつものヒヨリだった。
「……まだ、へんか」
「へん」
「どんなふうに」
「ことばに、しにくい」
それだけ言って、ヒヨリは少し黙る。
風を読むみたいに、羽先だけがわずかに動いた。
レンは端末を持ち直した。
もう一度だけ、続きを聞こうとした。
その直後だった。
地の底から、ガツン、と突き上げるような揺れが来た。
足もとが跳ねる。
壁際の何かがぶつかり合う音がして、重い影が視界の端で傾いた。
反射的にそちらを見た瞬間、倒れてくる、とわかった。
「ヒヨリ、下がれ」
言うのと同時に踏み込む。
肩で押すようにしてヒヨリを外へ逃がし、自分も身を切る。
だが、避けきるより先に影が落ちた。
鈍い衝撃。
視界が白く跳ねる。
その瞬間だけ、時間の流れがひどく遅くなった。
そこで、いくつもの記憶が一度に浮いた。
置いてきたままの後悔。
あの顔。
それから、見たこともない島の景色。
死ぬときって、こんなふうに来るのかと思った。
そこで、意識が落ちた。




