EP14 揺れの気配
自動ドアを抜けると、外の朝の明るさはすぐに遠くなった。
廊下の空気はもう、昨夜を片づけるための仕事の匂いをしている。
会議室に入ったときには、もう半分くらい席が埋まっていた。
並んでいる部署だけ見れば、いつもの延長にも見えた。
技術、運営、保守、安全管理。そこまではいい。
けれど、各エリア長が混じり、前方には社長と副社長までいる。
揺れを受けた報告だけなら、ここまで揃える必要はない。
空いている席に腰を下ろしながら、そう思った。
会議室は深刻ぶっているわけでも、緩んでいるわけでもなかった。
ただ、始まる前から結論だけはだいたい見えている顔が並んでいる。
こういう会議は、長さより終わり方のほうが厄介だった。
前のモニターには、夜間報告の一覧がもう出ていた。
項目はどれも見慣れている。設備、導線、規制、点検。
派手な赤はない。その時点で、だいたい察しはついた。
進行が始まる。
各所の報告は短かった。
通路脇の損傷、軽微な設備停止、仮誘導で対応済み、営業導線は確保。言い方は違っても、出てくる中身はほぼ同じだった。
揺れは確かにあった。だが、今朝の段階では、もう「処理中の案件」の顔をしている。
「現時点で営業への大きな支障はなし」
最後にそうまとめられて、その場の空気が一段だけ緩んだ。
安心したというより、予定どおり次へ進めるとわかった緩み方だった。少なくともこの場では、もう長く引っ張る話ではないらしい。
モニターを見たまま、小さく息を吐いた。
長引かないのは助かる。
助かるが、終わった顔をされると、それはそれで引っかかった。
朝から見てきたものも、ヒヨリの言葉も、まだ頭の奥に残っている。
それでも、会議は次へ進む。
被害報告の画面が閉じられる。
揺れの話は、そこで後ろへ押しやられた。
次に画面へ出たのは、千年祭準備プロジェクトの資料だった。
会議室の空気が、そこで少しだけ締まる。
やはり、こっちが本題だったらしい。
開園百年の節目に合わせて、島に古くから残る言い伝えの「千年祭」を、各エリアの企画として進めていく。
百年を祝うのに、千年の名を借りる。
この島らしいと言えば、この島らしかった。
そこから先の細かい話は、まだこちらまで降りてこなかった。
そう見ている間にも、会議は次の段へ進んでいた。
前の席では、どこかのエリア長が短く確認を入れ、副社長がそれに答えていた。
社長はほとんど口を挟まない。
ただ、その沈黙まで含めて、会議の流れはもう決まっているようだった。
モニターの切り替えが一段落したところで、視線だけを少し下げた。
前に残っているのは、もう千年祭の資料だけだった。
その切り替わりの早さが、少し気に障った。
会議が終わると、席のあちこちで椅子が引かれる音が重なった。
立ち上がりかけたところで、通路側から声が落ちてくる。
「レン」
顔を上げると、島崎がこちらを見ていた。
こういう呼び止め方をするときは、だいたい用件のほうが先に決まっている。
「昨日は大丈夫だったか」
言い方だけなら気遣いだった。
ただ、そこで終わる顔ではなかった。
「まあ」
短く返すと、島崎はそれ以上は聞かなかった。
「ちょっといいか」
人がはけ始めた会議室の端までついていく。
周りではもう別の話が動き始めていて、こっちのやり取りを拾う気配はない。
「昨夜の揺れな。広域側は別で追ってる。本土も含めて、そっちはそっちで回す」
そこまでは予想どおりだった。
島だけで済む話ではない。
今朝見た情報も、そこまでは同じだった。
「ただ」
島崎の声が、そこで少しだけ落ちた。
「アース・デプス側で、同時刻の観測ログにズレが出てる」
「ズレ?」
「揺れが大きかったわけじゃない。地下側だけ、抜けるはずの振れが少し残ってる」
その言い方で、今朝のヒヨリの声が一瞬だけ重なった。
なくならない、と言っていた声だ。
「地下の観測担当は」
「そっちはそっちで見る。お前に頼みたいのは別だ」
島崎はそこで、少しだけ息を吐いた。
「俺も上からの指示でさ。お前を指名なんだと」
上から、という言い方だけが少し引っかかった。
島崎に指示を出せる立場となると、そう多くない。
そのうえで、わざわざこちらの名前を出している。
こっちの名前を知っている相手、ということになる。
考えたくはなかった。
島崎は、こちらの沈黙を待つ気はなさそうだった。
「お前、昨夜は表側の現場にいただろ」
ファントム・アーケードの通路、避難導線、切り替わる空気。
景色より先に、身体のほうが思い出す。
「だから今度は、地下側を見てこい。観測の代理じゃない。機構側の目でだ」
その理屈ならわかった。
表側は見た。地下はまだ見ていない。
順番としては、筋が通る。
「アース・デプスですか」
「そうだ。あそこは、客に見せる顔の裏で観測も導線も動いてる。だから、機構側の目が要る」
観測施設だけではない。
だからこそ、見る理由はある。
「……いつまでに」
「今日のうちに一度。深追いはまだしなくていい」
深追いはするな。
そう言われて、その通りに済んだことがどれだけあったかは覚えていない。
「わかりました」
そう返すと、島崎は薄くうなずいた。
「じゃ、頼む」
島崎が離れていくのを見送ってから、少しだけその場に立った。
終わったはずの話が、地下のほうへ向きを変えて残った。
いったん自席へ戻る。
端末を開き、今日の予定をざっと見る。
動かせるものは、あとで動かすしかない。
工具ポーチを取って、席を立つ。
フロアの空気はもう次の仕事へ流れていた。
各自がそれぞれの持ち場へ戻っていく。
その流れの中で、自分だけが少し違う方向を向いていた。
アース・デプスへ行く。
頭の中でそれだけ置いて、通路へ出た。
表を見た。地下はまだ見ていない。
行き先だけは、妙にはっきりしていた。




