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ルミナス・アイランドへようこそ  作者: 蒼宮 蓮


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13/18

EP12 提灯が鳴る


開演前の合図が、まだ耳の奥に残っていた。

ファントム・ランタン前の広場へ戻ると、もう中心に客の流れができている。

開いた屋根の下で、舞台の口が広場へ向かってひらいていた。

昼に見えていた機構の線はもう影へ引っ込み、視線だけがその口へ先に引かれた。


袖口へ回ると、ロアが先に気づく。


「ちゃんと戻ってきた」

「約束したからな」


その奥に、カナがいた。

昼と同じ制服なのに、夜の下ではもう見え方が違う。

黒に近い赤が沈むぶん、立ち方の深さだけが先に残っていた。


「……見ててね」


うなずく。

少し離れた位置で、ホエモリが伏せている。

もう昼の付き添いの顔ではない。

この場の空気ごと見張る位置に戻っていた。


ロアは少し後ろに並ぶように立っていた。

尾の光はまだ抑えているのに、首元から肩、腰の線に沿って、ネオン色の発色帯が細く浮いている。

昼の補助とは違う、最初から本番の顔だった。


合図を待つあいだだけ、広場の音がひとつ薄くなる。

開演前の合図が入る。

昼と同じ、下手袖の少し引いた位置へ回る。

広場のざわめきが一段落ちる。


開いたファントム・ランタンの屋根の下で、舞台の縁から先に光が立つ。

街路の提灯、坂の途中のネオン、鳥居の影、その全部が少し遅れて同じ方向を向いた。

息を潜めたみたいな間が、広場にひとつ落ちる。


最初の灯りは、平場に立つ影をひとりずつ拾っていった。

端から順に、肩、横顔、靴先だけが浮かび、次の拍で別のひとりへ移る。


歓声がひとつ上がる。

まだ誰かひとりへ向いた歓声ではない。

けれど、その声ひとつで、広場の熱が次へ押し上がるのがわかった。

その熱のまま、平場の流れがほどけ、また寄る。

黒に近い赤がその中で少しずつ芯を深くしていく。

そこへ尾の光が重なり、散った色が外縁をなぞるたび、視線の流れまで一緒に引かれていった。


次の拍で、初めて体が床を離れる。

最初は、どの線を使っているかも見える。

けれど高さを変え、別の影がその上を横切り、炎が飛ぶ先に合わせて走りはじめると、その輪郭だけがだんだん曖昧になる。

見えているのは、炎の靴で夜の空を蹴っていく体だった。


そこから動きは一気に広がった。

頭上を渡る線が客席の上まで伸び、次の影がその下をすり抜ける。

どこを支点にしているのかは見えているはずなのに、炎の走る向きと体の抜ける角度が重なるたび、支えている線の実感だけが薄れていく。

客席の上をかすめ、広場の端で返し、また別の高さへ上がる。

平場で回っていた流れがそのまま空へ持ち上がり、通りの上まで続いていく。


歓声がひとつ、またひとつ重なり、提灯の列の向こうまで熱が押し出されていった。

その上から、ほどけた色が降る。

花びらみたいな光が客席の手前でふっと舞い、小さな獣の影が鳥居の影を横切って消える。

白い光が坂の途中まで流れ、舞台の上だけで閉じていたはずの演目が、いつの間にか街の景色ごと巻き込んでいた。


散っていた高さが、拍のたびにひとつの向きへ揃いはじめる。

黒に近い赤がそのたび少しずつ前へ寄り、視線の流れまで自然に引いていった。

回転が増える。

まわりのパフォーマーが引く。

頭上を渡っていた影も、平場を回っていた炎も、少しずつ塔のまわりへ絞られていく。

残った光と音だけが、正面へ向かう形を濃くしていった。


塔のまわりで、尾の光がひとつ弧を描く。

視線がそこへ縫い止められる。

そこからほどけた七色が外縁へ薄く集まり、台をなぞるように渦を巻いた。

昼に見た光の幕より、ずっと広く、ずっと鮮やかだった。

幕は止まらない。

塔の周囲をゆっくり巡りながら、次の動きの前へ先に道を作る。

花びらの色がその外側で散り、小さな獣の影が足元を走り抜ける。

開いた屋根の向こうでは淡い揺らぎが逃げ、その下で提灯もネオンも舞台の続きを引き受けていた。


次の拍で、そこから降りてくる。

まっすぐではない。

塔のまわりを巻くようにひとつ弧を描き、その内側を抜けるように体が落ちてくる。

七色の幕がその軌道へ向かって先に立ち上がり、降りる線を外から包みこんだ。


灯りが先に走る。

昼に直した場所だった。

七色の幕の内側へ、そのままひとつ前に出る。

右足が入る。

体は遅れない。

光の立ち上がりとも、ぴたりと揃う。

そこで初めて、昼から引っかかっていた半拍が消える。


着地と同時に、花火が開いた。

最大までふくらんだ幻がその上へ重なり、散っていた色も影も光も、そこでひとつにまとまる。

決めて立つ。

歓声と拍手が、遅れて一気に上がった。

正面を受けたまま、口元だけがほんのわずかにほどける。

安堵と達成感が、その一瞬だけ顔に浮いた。


次の拍で、地の底から鈍い音が突き上げた。

足の裏で床が横へ滑る。

遅れて、広場全体がずれた。

開いた屋根の骨が軋む。

舞台のどこかで金具が跳ね、ショーの音が崩れた。

その上から、悲鳴が遅れて追い越した。


「カナ!」


声を投げた先で、決めたばかりの体が揺れに持っていかれる。

膝が落ちかける。

それでも倒れず、床を踏み直して持ち直す。


客席の空気が一気に崩れる。

歓声の続きだったはずの声が別の高さに裂け、立ち上がる影と足を止める列がぶつかりかける。

次の揺れが来れば、ここで詰まる。

迷っている時間はなかった。


その先で、カナがひとつだけ先に向きを変える。


「平気! お客さんを出して!」


返る声は短い。

短いまま、もう客席のほうを向いていた。


床を蹴る。


「ロア、床を流せ!」

「はいはい、今やる!」


花びらみたいな光が低く流れ、通路の先だけを薄くなぞる。

もう見せるための色ではなかった。

追わせるための線だった。


「ホエモリ、端を見ろ!」


大きな影がすぐ前へ出た。

言葉はない。

ただ、その体が通路の端へ立っただけで、押し合いかけた列が鈍る。


「止めろ!」


上へ向かって声を張る。

音が落ちる。

遅れて、熱だけが舞台に残った。


カナは踏み直した足をそのまま客席へ向ける。

流れは切れている。

それでも崩れない。

ひとつ呼吸を取り直し、声を張る。


「落ち着いてください! 順に外へ出ます!」


よく通る声だった。

そこで足を止める客がいた。

止まる数が少し増える。

ロアの光が通路を取り、ホエモリが端を押さえる。

そのあいだを縫って、止まった列をほどく。


固まった客をひと組ずつ外へ流し、広場の外へ割っていく。


「広場の外へ流す! 坂の上には上げるな、通りへ割れさせろ!」


近くのスタッフへ投げる。

返事が重なる。

まだ使える灯りだけが、避難路を細く残していた。


最後の客が広場の外へ抜ける。

そこでようやく、胸の奥の力がひとつ落ちた。

通りへ流れた人のざわめきも、少しずつ遠ざかっていく。

残ったのは、スタッフ同士の短い声と、遅れて鳴る提灯の擦れる音だけだった。


すぐ横で、カナの息がひとつ落ちる。

振り向くと、さっきまで舞台の中央にいた顔のまま、まだ広場のほうを見ていた。

ロアは尾の火を細くしたまま戻ってきて、ホエモリは通路の先からゆっくりこちらへ戻ってくる。


「……いったん、出せた」

「ああ」


それだけ返す。

顔を上げると、灯りの落ちた空は、空というより黒い塊だった。

提灯の擦れる音だけが、まだ広場のどこかに残っている。

ショーの続きには、もう戻らなかった。

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