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ルミナス・アイランドへようこそ  作者: 蒼宮 蓮


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11/18

EP10 うつし世の灯


扉の奥は、表の通りより少し温度が低かった。

細い通路の片側に、点検用の小窓が並んでいる。

のぞくと、暗い水路の上に、小舟がいくつか浮かんでいた。

舳先から吊られた灯籠だけが、客を乗せる前の暗さの中で、低く息をしているみたいに揺れている。


うつし世めぐりは、その小舟に乗って進むライドだった。

水路の左右には、古い町並みが実物の建物として組まれている。

低い橋、狭い軒、少し傾いた看板。

その奥へ、立体映像の人影が薄く重なり、灯籠の揺れに合わせて、沈む前の本土の街や、失われた島の祭事が浮かんでは消える。


派手に驚かせる施設ではない。

舟が進む。

水面に灯りがほどける。

古い人形が、客を見ているのかいないのかわからない角度で、ゆっくり顔を向ける。

遠くで祭囃子に似た音が鳴り、神前へ向かう行列が、建物の影と映像のあいだを抜けていく。


昔は、この施設が好きだった。

演出の勉強だと言いながら、何度か乗った。

大きな音も派手な仕掛けもないのに、舟の速度と灯籠の明るさだけで、客の目を少しずつ奥へ連れていく。

勉強だけじゃなかった。

あそこにいるあいだは、少しだけ余計なことを考えずに済んだ。


水路の終わりに近づくと、町並みも、人形も、祭りの声も少しずつ遠ざかる。

最後に水辺だけがひらけて、灯籠を吊った小舟が、暗い水の上にぽつんと残される。

世界のほうが先に終わって、自分たちだけが置いていかれたみたいに見える。

怖がる子どももいた。

黙る大人もいた。

その沈黙まで含めて、よくできていると思っていた。


今は、どこで映像を重ね、どこで人形を動かし、どこで舟の速度を落とすのかが先に見える。

見えるようになったぶん、少しだけ損をした気もする。

それでも、嫌いにはならなかった。

そういう施設ほど、少しのずれが目につく。


小窓から視線を外し、送り側の系統へ向かった。

送り側の制御盤は、細い通路の奥にあった。

壁沿いには、古い筐体と新しい表示面が混じって並んでいる。

何度も更新されてきた跡だった。

見えるところは古い顔を残していても、裏側はそうはいかない。

残すために、だいたい別のものが増えていく。


端末を認証部へかざすと、走行ラインと送りの系統だけが半透明に浮いた。

まず、映像側は見ない。

こういう施設で客が違和感を覚えるとき、原因は映像そのものとは限らない。

舟の進みがほんの少し遅れる。

灯籠の揺れが、音より先に収まる。

そういう小さなずれが、幻を幻のまま支えられなくする。


今朝の立ち上げログを呼び出し、三つ目の区画で止める。

水辺へ入る手前の送りだけ、数値がわずかに揺れていた。

大きな異常ではない。

だから見落とされる。


制御盤を離れ、床下点検のハッチを開ける。

しゃがみ込み、送り軸の継ぎ目に触れる。

指先に返る抵抗が、端末の数値より少しだけ重い。


「……ここか」


固定リングを緩め、位置を合わせ直す。

薄い光の目盛りが軸の脇に走り、ずれていた線が中央へ戻っていく。

手動送りへ切り替えて、一度だけ回す。

小さく水が鳴った。

さっきまで残っていた引っかかりが消えている。


派手な直り方ではない。

客が気づかない程度のずれを、客が気づかないうちに戻す。

それでいい。


ハッチを閉じて立ち上がる。

補正した箇所と再確認の時間だけをチームへ流し、制御室のログにも同じ内容を残す。

近い系統を二つ、短く拾って異常なしを打ち込む。

ひとつ片づいた。


通りへ戻ると、人の声が一段近くなった。

まだ灯らない提灯の下を、客が途切れず流れていく。

さっきまで小窓越しに見ていた水路の暗さが、少しだけ体の奥に残っていた。


通りを戻る途中、ミラージュ・シアターの前を横切る。

昼の時間でも人は切れない。

入口で足を止める客、その横で次の回を案内するスタッフ、扉の向こうから短く漏れる歓声。

あそこは、最初から目を集めるために作られている。

大きな箱の中で、大きな幻を見せる。

迷わせるより先に、飲み込む。

客が座った瞬間から、視線の行き先も、驚く場所も、拍手するところも、ほとんど決まっている。


よくできている。

たぶん、そういうもののほうが、ずっとわかりやすい。

昔の自分なら、もう少し長く見ていたかもしれない。


その裏手に、うつし世めぐりの入口が見えた。

灯籠を吊った小舟が、暗い乗り場で静かに並んでいる。

客足はあるのに、派手に人を集める顔ではない。

水の音も、灯りの揺れも、近づかなければわからない。


ミラージュ・シアターがこの街の表なら、こっちは裏だった。

目が向くのは、だいたいいつもこっちだ。

そうなったことを、まだ少しだけ惜しいと思う。

けれど、さっき直した送りのずれに、今日このあと誰も気づかないまま小舟が通り過ぎるなら、それも悪くなかった。


カナとの約束までは、まだ少しある。

端末を開き、残っている点検の一覧を呼び出す。

灯籠列の固定、導線脇の案内灯、広場へつながる送りの再確認。

画面を指で払って、次の項目を開いた。

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