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ルミナス・アイランドへようこそ  作者: 蒼宮 蓮


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EP09 表と裏のあいだ


朝の神社はもう元に戻った顔をしていた。

そのくせ、さっきのやり取りだけがまだ耳の奥に残っている。

神社の前を離れると、背後の鳥居は高層棟の隙間にすぐ隠れた。


朝の通路には、宿泊施設から出てきた客が混じりはじめていた。

眠そうな親の手を引いて、子どもだけが案内板や、まだ半分閉じた土産物屋へ先に目を走らせている。

店先ではスタッフが限定品の札を出し、棚を通路側へ整えていた。

まだ開園前の余白は残っている。

それでも通路は、少しずつ客を迎える顔に変わっていた。


その中にホエモリが一頭混じるだけで、道の空気が少し変わる。

大きな足音はしない。

けれど、横にいるだけで場所を取る。

本人にその自覚がないのも、いつものことだった。


通路の向こうから来た客が、一度こちらを見てから道を空けた。

子どもだけは足を止めかけたが、親に手を引かれて、名残惜しそうに振り返る。


「ロアとは、付き合い長いのか」


横目で見ると、ホエモリは前を向いたまま答えた。


「獣仔だからな。それなりに」

「それなり、か」

「生まれは、私が先だ」


言い方だけは妙に真面目だった。

ロアも、ヒヨリも、ホエモリも、見た目で年を測れる相手ではない。

毎朝窓を叩きにくる小さな影が、自分よりはるかに長い時間を知っている。

そう思うと、少しだけ足元がずれる。


ホエモリは何も言わずに歩いている。

気づいているのかいないのか。

その顔からは読めなかった。


駅へ向かう階段の手前で、モノレールの到着を知らせる音が鳴った。

階段を上がると、レールの上を白いモノレールの車体が滑り込んでくる。

朝の光を拾った窓が、ゆっくり速度を落としながらこちらへ流れてきた。


ホエモリは、隣に立ったまま動かなかった。

扉が開くと、先にホエモリが乗り込んだ。

窓際の床へ伏せる。

大型の荷物を置くために空けられている場所だったが、ホエモリが収まると、そこは最初からそのための場所だったように見えた。


続いて乗り込み、隣に立つ。

車内の視線が少しだけ集まる。

何人かは物珍しさで近くまで寄りかけたが、そこで止まった。

睨まれたわけでもない。

ただ、ホエモリのまわりには、踏み込ませない距離がある。


扉が閉まる。

モノレールが動き出すと、スタッフズ・ガーデンの棟はすぐに後ろへ流れた。

居住塔の窓、低い店の屋根、通路を歩く客の列。

朝の光に拾われたものが、ひとつずつ短く切れていく。


最初の停車で、車内の光が少し暗くなる。アース・デプスだった。

次の駅では逆に、窓の向こうの緑だけが近くなる。フォレスト・リトリート。

ホエモリはそのあいだ一度も動かず、ただそこにいるだけで、車内の空気を少し変えていた。


二駅分、ほとんど話さないまま過ぎたころ、車内表示がファントム・アーケードへ切り替わった。

モノレールの車体が速度を落とし、ファントム・アーケードに着いた。


ホームを下りると、駅前には日本家屋を模した建物が並んでいた。

古い街に見えるよう整えられているのに、近くで見れば材も角も新しい。

軒先の提灯も、店の上に這うネオンもまだ灯っておらず、昼のファントムは夜の顔を眠らせたまま、客だけを先に迎えている。


通りの奥に、人が集まっていた。

輪が二重にふくらみ、その外で子どもが背伸びをしている。

大人も少しずつ位置を替えながら、視線だけを中心へ寄せていた。

朝のうちから、そこだけ空気の集まり方が違う。


真ん中で、赤い尾が大きく振れた。

ロアだった。


朝の神社で見た曖昧な赤とは違う。

小柄な狐型の体が、石畳の上にはっきり影を落としている。

けれど先に目を引くのは、毛並みより、輪の中心を引っ張る動きのほうだった。

子どもの前で一度しゃがみ込み、次の瞬間には横へひらりと跳ぶ。

尾の火が弧を引いたあと、少し遅れて歓声が上がる。


朝の神社では、輪郭のあやふやな獣仔に見えた。

けれど今は、客の視線をどこへ向ければいいかまでわかって動いている。

ホエモリが踏み込ませない距離を作るなら、ロアはその逆だった。

人の目が集まる場所を、先に作ってしまう。


こちらに気づいたロアが、ぱっと顔を上げる。


「待ってたよ! ホエモリもちゃんと来たんだー!」


ホエモリは耳をひとつ動かしたあと、わずかに目を細めた。

もう面倒ごとに巻き込まれる気配だけは察している顔だった。


ロアはそんなことには構わず、輪の中からするりと抜けて、まっすぐホエモリのそばへ寄ってくる。


「レンもごくろうさまー! お昼にカナと合流だね!」

「俺は先に仕事を済ませる」

「はーい! 頑張ってー」


ロアはそこで会話を切って、もう次の流れへ気持ちが移っていた。

尾の火を機嫌よさそうに揺らしながら、ホエモリのまわりを半歩だけ回る。


「じゃあホエモリは、みんなと遊ぼう」


ホエモリは低く息を吐いた。

それを返事と受け取ったのか、ロアは子どもたちのほうへ振り向いた。


「ほらほら、こっち。今日は特別だよー」


ホエモリはもう一度だけ低く喉を鳴らし、それから重い足取りで人の輪の中心へ向かった。


輪の脇を外れる。

表の通りから少し入るだけで、客の声が壁一枚ぶん向こうへ下がる。

その瞬間だけ、足の置き方が元へ戻った。


客の目に入る場所は、提灯も看板も、点いていない時間まで見せ物になるよう整えられている。

けれど、その奥へ回れば、壁の継ぎ目や配線の逃げ道が先に目につく。

こういう場所のほうが落ち着くようになったのは、いつからだったか。

考えればわかる。だから、考えなかった。


通路の端に、目立たない扉があった。

表の木格子に合わせた外装だけが貼られているが、取っ手のまわりだけは何度も使われて、少しだけ色が落ちている。

向かうのは、うつし世めぐりの保守口だった。


端末をかざすと、扉の奥で短い解除音が鳴った。

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