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気を取り直し、各貴族ごとのデータがまとまった本を開こうとしたとき。
控えめなノックの音が聞こえた。
返事をすると、入ってきたのはメイドの1人、サラだった。
彼女は私に、トレイに乗せた手紙を差し出し、「ポーリン・スローン様からお手紙でございます」と丁重に告げた。私が「ありがとう」と言うとサラは微笑んで、またしずしずと退出していく。
……ポーリンかあ。
お茶会で窮地に陥ったことを思い出し、私はついつい嘆息した。
封筒はシンプルだがいかにも上質そうで、金の箔押しがされていた。
これ、やっぱり本物かなあ、さすが貴族は違う……と庶民らしいことを考えてしまう。その勢いで、ハサミを手にとって端からチョキチョキ開けていった。ペーパーナイフなど、生憎使えないのである。
そして、無事開封できた私は、手紙に書いてあることに目を通していく。
あと、こう言っては悪いけれど、ポーリンは意外と綺麗な字を書くようだった。
◻︎■□
《こんにちは、シンディ。お元気?
先日は、おかしなことを言ってごめんなさい。後でお母さまに尋ねたら、あの日はいつもよりローズジャムにたくさん砂糖を入れていたそうです。だから、シンディも食べられたんじゃないの?ってお母さまは言っています。
ねえ、シンディ。私は、あなたが怒ったりショックを受けていないか心配です。怖くて何も言えなかったんだけど、今日からお祖母さまたちに会いにいくのでしばらくウィーラスを離れたの。今、私はお祖母さまの屋敷でこれを書いているから、明日には着くかしら?
そう、つまりね、ちょっと離れたところにいるから、正直になれるんじゃないかと思ったの。
私は、あなたの親友だし、これからもそうでいたいと思っているわ。
戻ってきたら、またお茶会にお誘いします。
あなたのよき友 (でありたい)、ポーリン・スローンより。愛しいシンディへ》
◻︎■□
と、こんな内容だった。
ローズジャムクッキーについては、普段の味を知らないので、はあ、としか言えないのだが……
ポーリン、お母さんに言ったの!?
一体、何と尋ねたのだろうか。
微妙に頭が痛くなってきて、何回めか分からないため息を吐く。
それにーー
ポーリンは、シンディを信じている。
今や、私はシンディとはだいぶ違う人格の持ち主だ……ポーリンの感じたものは本物で、私は、今までの『シンディ・カスター』ではない。
こんなにも、彼女は真剣に考えてくれたというのに。
気づかないうちに、ため息を連発していた。打ち明けるべきか、否か。
しかし、面倒ごとは、カスター家焼失に抗うだけにしておきたい。
「待てよ……」
むしろ、打ち明けることでカスター家の危機を救えるのでは?
協力者はいても構わないし、カスター邸から近いところに仲間がいるとなれば、最悪初期消火に当たってもらうのもアリかもしれない。
私たちが助かれば、あとは何とかポーリンとサミュエルを引き合わせる、そうしたら私は平和に暮らすだけだ。
どうしようかな……
とりあえず、ポーリンたちがウィーラスに帰ってくるまで待つとしよう。
ああ、……この手紙、返事を出した方がいいのかな?
散らかっていた机を片付け、ポーリンからの手紙を置き。
便箋はーー机の引き出しにある。
それを開くと、薄紅色のレターセットが入っていた。かわいらしい。
手紙なんて久々である。
ペンを持って、私は文面を思案するのだった。
◻︎■□
小1時間経ってようやく書き終えた手紙をリズに預け、さあ調べ物の続きだ。
そう思っていたら、お母さまに突然告げられる。
「お茶会で潰れてしまった分の歴史の授業、今日の午後からになったわ。
え、聞いていない? そうよね、ごめんなさいね、突然決まったの」
なんということでしょう。
突然って、教師の都合は一体大丈夫なのだろうか……
それに、午後からというと、お昼を食べてすぐである。
お昼までは、あと1時間ほど。
知らぬ間に、ふーーーっと、特大のため息を吐いていた。