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勤勉なシンディは、きちんと授業のノートをとっていた。

本がぎっしり入った本棚に、授業別に並べてあって、まったく、前世での私の部屋とはえらい違いである。

ノートを見ると、授業は、3ヶ月前から一斉に始まったらしい。音楽はノートがないので分からないけど。

14歳の社交界デビューから逆算すると、まあ、こんなものなのだろう。


さて、前回の授業は何をしていたのかな。……記憶を辿ると、エルラーツの前身の大帝国の中の、大きな都市の1つだった時代のことらしい。

ノートにも、確かにそう書いてある。

ロードウィン、昔はエルラーツの一部だったのか……。

エルラーツとの仲が険悪なのは、それが理由なのかもしれない。



◻︎■□



それでも一応復習に勤しんでいると、教師がやってくる時間になった。

お母さまの言いつけに従い、教師を迎えに居間へ降りていく(ロードウィンで家庭教師をするのは、引退した貴族など身分と知識がある人が多い)。

歴史教師は、ディクソン前男爵である。


「こんにちは、お嬢ちゃん。体調はもう大丈夫ですかな?」


テノールの声が耳に嬉しい、初老の紳士ーーこの人がディクソン先生か。


「ごきげんよう、ディクソン先生。もう、すっかりよくなりましたわ」


「それは何よりですわ。……いやはや、カスター夫人。誰でもつい孫のように感じてしまうのは、年寄りの悪い癖ですね」


先生は、お母さまに笑いかけて、カップに残っていたお茶を飲み干した。


「さあ、行こうかね。……ジャック、荷物を頼むよ」


立ち上がった先生は、意外と背が高い。姿勢も良く、若々しい印象だ。そして、私を先頭に、先生、先生の従者らしい若者が階段を上っていった。



私の部屋について机の上を一瞥した先生は、予習の跡に気づいて褒めてくれた。ちなみに、先生とジャックはクローゼットから出した椅子に座っている(ジャックは部屋の隅だが)。



先生の授業は、とても面白かった。

まるでその時代にいたかのような語り口が、興味をそそるのだ。

この人なら、日本でも絶対やっていけるな……と妙に感心してしまった。

間に数分の休憩を挟み、2時間の授業はすぐに終わった。




◻︎■□



「あ、あの、先生」


授業が終わり退出しようする先生に、私は思い出して声をかける。


「何ですかな、お嬢ちゃん?」


「あの…………グレース憂女伯って、どなたですか」


緊張しながら問いかけると、先生は少しだけ首を傾げた。


「……憂女伯、…………ああ」


思い出したようで、先生は椅子に座りなおす。


「そう、確かにそうも呼ばれていましたなあ。たいそう昔の方ですわ。グレース・ニコル王女は、男どもの憧れだったそうですなあ。もう、とっくに亡くなってしまいましたがねえ……。有名ではない方なんですが、良くご存知で」


ニコニコしながら、先生は教えてくれた。


「……王女?」


その方、王女なんですか、と尋ねるとーー次第に動悸が激しくなるのを感じた。


「そう、ポール4世の時ですわ。ずいぶん好色でねえ、お妃様の他にも、側室やら、侍女やら、果ては平民でも目をつけた女人に子供を産ませておった方だったそうですよ。息子は12人、娘は17人もいましてねえ。グレース王女は末っ子の第17王女でしたわ」


すらすらと答える先生の口元を、私はついつい凝視していた。


「そんなに、子供が……?」


我が意を得たりという様子で、先生はまた笑う。


「どうやら、なぜかは分かりませんがな、お子様方はみな短命だったそうですわ。病やら、事故やら、何やらとなあ……。呪われた王とまで言われたそうですぞ、お嬢ちゃん」


先生は、私を怖がらせようとしているみたいだ。微笑して「怖いですわね」と言うと、アテが外れた先生も微笑で返した。


「先生、続きはありませんの?」


純粋に先生の話を楽しんでいたことに気づいて、思わず孫のように続きをせがんでいた。


「……そうですなあ、グレース王女の母親は、王宮の庭師の娘、つまり平民でしてな。しかも早くに亡くなったもんで、逆に邪魔にはなるまいと思われたグレース様に、王女の位を与えるのは誰も反対しなかったんですわ。ところが……」


先生は嘆息し、呼吸を整えてまた話し出す。


「お子様方が、どんどん亡くなり出しますと、王様は、グレース王女が邪魔になったようでしてな。子が減って、グレース王女が目立つのを嫌ったんでしょうな。まだ7つだった王女に、例外として女伯の位を与えて、ライト侯爵家に降嫁させたんですわ。……その後は、お子様を2人産んで、しばらくして亡くなったと聞いとります。女伯の位を与えたというのは、相当なことなんですよ」



◻︎■□



先生を見送ってから夕食まで、私はずっとグレースのことを考えていた。

早くに王家の籍から抹消されたという、王女の存在。

しかし、彼女は紛れもなく王の子で。


私にも、その血は流れている。

誰か私と同じような人がいて、その人は王位を狙っているのだろうか。

だから、私たちを焼いたのか……なーんて? そんなこと、あるのかなあ。



ぼんやりと思考の海を漂っても、答えは見つからなかった。

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