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食当たりから、早3ヶ月ーー
ご令嬢としての生活に、違和を感じることは減ってきた。
私とシンディは、同じ魂を持っているというような感覚がある。憑依したというよりは、器は違うが中身は同じ、という感じだろうか。
そのおかげか、伯爵令嬢としては自信がないが、『シンディ・カスター』としてはだいぶ自然に振る舞えるようになっていた。
ポーリンとリチャードとも無事仲直りし、スローン家のお茶会では、いつも砂糖たっぷりのローズジャムクッキーが供される。カーター家にも1度招かれ、楽しく過ごした。
火事さえ回避すれば、いち令嬢として平和に生きられるかも! とご機嫌な私を、再びピンチが襲った。
昨日の夜、珍しくお父さま経由でやってきた、2週間後のあるお誘いである。
それは、リチャードの、13歳の誕生日パーティーだ。
社交界デビュー前の子供の誕生日パーティーなので、あくまで内輪の集まりではある。あるのだが……
15歳になっている彼の兄は社交界入りしているし、その友人達(くどいようだが社交界入り済み)が来る可能性も高い。
また、リチャードも、次男とはいえ侯爵家の令息である。
それなりのご身分の人たちが来る可能性もーー残念ながらかなり高い。
……つまるところ、いち女の子というよりも、『伯爵令嬢シンディ・カスター』のピンチなのであった。
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令嬢として恥ずかしくない程度のマナーは押さえているが、時々ハメを外してしまう(殊に楽しい場では)ポーリンは、スローン夫人にみっちりしごかれているらしい。
一方で、うちのお母さまはどうも楽天的なので、私もお願いしてポーリンと一緒にしごいてもらっている。
その甲斐あって、令嬢としてのレベルはだいぶ上がったと思う。
そして、他のお客さんの情報もゲットすることができた。
「他のお客様ね……。リチャードのお兄様のご学友が、5人ほど招待されていると聞いたわ。学園の生徒ですから、貴族のご令息ばかりでしょうね。あとは、お城に出入りする貴族も多くいらっしゃるはずよ。特に、カーター侯爵は顔の広いお方だから、公爵クラスの方がいらっしゃってもおかしくないわね。……ポーリン、お菓子をそんなに頬張るもんじゃありませんよ?」
ちなみに、学園というのは、13歳から17歳の貴族の男子が通う、全寮制の『クリシア学園』のことである。この学園は、旧都クリシアにあるのでこの名がついている。
リチャードもそのうち学園に入るのかなあ、と思うと一抹の淋しさを感じてしまう。
そして、公爵クラスの人と聞いて、1人ふと脳裏に浮かんだ人物がいた。
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そして、やってきたリチャードの誕生日。
パーティーは、お昼前からスタートである。
私とポーリンも上品な程度にオシャレして、カスター家とスローン家で1つの、大きな屋根なし馬車でカーター邸に向かった。
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やがてパーティーが始まると、私やポーリンも色々な人に挨拶された。
立食形式なので、お互い話しかけやすくなっているのだ。
主役のリチャードは、場が盛り上がってから出てくるのでまだいない。
挨拶してくるのは同世代の少女が多いが、それだけでもない。特に、快活で人目を惹く容姿のポーリンは、少年達にも人気だったのである。
私はというと、やや垂れ目がちな緑の瞳と、ふわふわした黒髪の相乗効果なのか……お年寄りに大人気だった。小柄なせいもあるかもしれない。
会場は、カーター邸の居間と食堂の間の壁が取り払われ、学校の体育館ほどの広間になっている。
私たちは、マナーの範疇でお菓子を(たくさん)食べたり、他のご令嬢とおしゃべりしていた。
その中の1人、クラリベル・ディクソン男爵令嬢ーーディクソン先生のお孫さんだ!ーーが、頰を染めながらこんなことを言う。
「ねえ、今日は、レスリー・ハンナ様もいらっしゃるそうですわ! 是非、お目にかかってみたいのですけれど……」
ん、レスリー・ハンナ……?
「あら! 才色兼備で有名な、ゴードン公爵の……?」
「そうですわ! 王太子殿下の婚約者候補、そう勝手に思っておりましたけれど、よくよく考えましたら、カーター侯爵のご令息のどちらかでも、不思議ではありませんよねえ……」
クラリベルと、もう1人の令嬢ーー男爵令嬢らしいーーは社交界入り済みなため、こんな話題に詳しいらしい。
「レスリー様って、どなたですの? 恥ずかしながら、わたくしまだ疎くて……」
キョトンと尋ねるポーリンをよそに、私は途端に胃が痛くなってくるのを感じた。
レスリー。レスリー・ハンナ・ゴードン公爵令嬢と言ったら――
「才色兼備で名高い、ゴードン公爵の1人娘でいらっしゃる方よ。私もお会いしたことはないけれど、それはそれは美しい方って有名なの。家格も申し分ないし、お年もちょうど殿下の2歳下で、婚約者の筆頭候補間違いなしという話よ」
そうなのだ。
少女漫画のヒロインにライバルは付きもの。サミュエルの婚約者候補としてポーリンの前に立ち塞がるのがレスリーである。とはいえ、高潔で思慮深いレスリーは、いわゆる悪役令嬢などではなく、本当に、ただシンプルに、ポーリンにとっての越えるべき壁だ。
いや、そもそも2人は、高嶺の花の公爵令嬢と一介の伯爵令嬢であるため、原作では、15歳になった初めての夜会で初対面となるはずだが……
どこにレスリーはいるのだろう?
漫画を読んでいた私は知っている。巻頭カラーも飾ったことがあるほどの、金髪に紫色の目をした、ずば抜けた美貌の公爵令嬢だ。
目立たないはずはないのだが、いかんせん人が多すぎる。
視線を巡らせているとーー
「あら、シンディさん。どうなさいましたの?」
クラリベルが不思議そうに声をかけてきた。
「ええと……、ご挨拶したい方がいらっしゃったのを、今思い出しましたの……」
これは、我ながら苦しい言い訳である。どう切り抜けようかと思っていると、
「シンディ、確か、私のお母さまと後で話したいって言ってたわね? お母さま、さっきはあっちにいたわ」
ポーリンが示した方向には、妙な人だかりがあった。ナイス!
「ポーリン、ありがとう。……それでは、わたくし、失礼いたしますわ。また後で、お探ししてもよろしいこと?」
2人の令嬢も、好意的な挨拶を返してくれた。逸る気持ちを抑え、あくまでゆっくりと歩き出した。
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私は、レスリーと接触しようとは、微塵も思っていなかった。
とりあえず、今日の出で立ちだけを見てきて、ポーリンと会わせないようにーーむしろ避けるつもりだったのだ。
人だかりにそーっと近づいて、落胆。
輪の中心にいたのは、カーター侯爵だったのである。リチャードとよく似た黒髪黒眼の、渋いおじさまだ。
眼福ではあるけれど、探していた人ではなかったので、その場を離れる。
「……はあ」
ため息が漏れて、急に疲れた気がした。まだ1時間も経っていないが、慣れない場だったからだろうか。私のメンタリティは問題ないのだが、体の方は参ってしまったようだ。
外気に当たろうと、ふらりと庭に出る。カーター邸の居間にはテラスがあり、さらにそのまま庭に出られる造りなのだ。
盛り上がったパーティー会場を離れた酔狂な人は私だけのようで、何回か深呼吸をすると気分は落ち着いた。
「あら……あなたも抜け出して来ましたの?」
……背後から聞こえた、その澄んだ声さえなければ。




