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あのお茶会事件から数日ほどは、何か起きたらどうしようかと怯えてはいたものの、自分でも呆れるほど元気に過ごしていた。

お父さま、お祖父さま、アレクサンダー、ポーリンなどなどの親戚・友人各位は激怒していたが、5月にもなると、各所の噂も鎮火してきていた。私がピンピンしていたことも、噂の鎮静化に一役買ったのかもしれない。

そんな折、その時給仕をしていたジェニファというメイドの証言により、とある事実が明らかになった。

――ライト夫人は、故意に毒性のあるローティを仕込んだケーキを1つだけ用意しており、しかも、それをレスリーに供するつもりだったのだという。メイドによれば、「これは特別な果物が入った皿だから、レスリー・ハンナ・ゴードン公爵令嬢にお出ししなさい」と夫人本人から直々に、指示という名の脅迫を受けたという。しかし、緊張から間違って私にその皿を給仕してしまったとか……。

もちろん、ライト夫人はそのことを全面否定し、全ては不幸な偶然だったと主張していると聞いている。それでも、「娘を王太子妃に」と嘯いていたことは周知の事実であるから、侯爵は妻の逮捕に同意し、自らも給料を返上、カスター家への慰謝料に充ててくれた。ちなみに、捜査の結果、イブ・ライトは全くこの件に無関係だと判明している。うん、疑って悪かったかなあ……。

まあ、いずれにせよ、ライト夫人がレスリーを殺害しようとしていたのは事実とみて間違いなさそうだ。夫人は収監、メイドはお咎めなしだったが、自主的に退職したという。

長年続いたライト家とサンディ家の歪な緊張関係は、これで何とか決着がついた、と言えるのかもしれなかった。



□■□



さて、嫌なことのあとには、楽しいこともやってくるもので。

私のエルラーツ語の先生であるメルツェーデス・ロイヒリン様が、いよいよ1週間ほどでこちらに着くと連絡が入ったのである。


「心配といえば心配ではありますが、それ以上に楽しみですわ」


「そうだね。客間の準備も十分だし、いつお見えになっても大丈夫だ。確か、2階の広い部分で床を磨き直したのだったね?」


テンションが上がる私の頭を軽く撫でながら、お父さまがお母さまへと尋ねる。屋敷の内部のことは、女主人であるお母さまが仕切っているのだ。


「ええ。長く滞在されるお客様は久しぶりだから、いい機会ですし、思い切って客間以外も磨き直すことにしたの。前回はリズだったから、今回はサラに任せたのだけれど、本当に綺麗になったわ。結局は絨毯で隠れてしまう部分の方が多いけれど、それでもせっかくのことですから」


「そうだったんだね。きっとロイヒリン殿もお喜びになるだろう。レイチェル、やはり君は最高の女主人だ」


「まあ」


晩ご飯の後、居間で家族団欒のひとときは本当に楽しい。楽しいのだが、高確率でイチャイチャタイムが始まるのだけは、勘弁してほしい。

お父さま、片手で私の頭を撫でてくださるのはいいのですが、もう片方の手でお母さまの手をさわさわ、にぎにぎと弄ぶのは、ちょっと……やりすぎではないですか?



□■□



両親の衰えることを知らない愛情に当てられ、まもなく私はササササーっと退散した。

階段を上って部屋に戻り、ベッドでお祖母さまおすすめの喜劇小説を読んでいると、サラがランプを消しに来た。


「あら、もうそんな時間だったのね。お父さまとお母さまは、もうお休みになった?」


「旦那様と奥様は、もう少し居間でお話されるそうですよ」


「そうなのね。相変わらず、仲睦まじくていらっしゃるわ。ねえ?」


同意を求めたが、1つ目のランプを消すのに集中していたのか、それとも敢えてか、華麗にスルーされてしまった。残念だ。

スベったような気分になり、ふう、とため息を吐いているうちに、もう1つのランプも消され、私の部屋は真っ暗になる。……まあ、さて、今日はもう寝るか。


「ありがとう、サラ」


「とんでもございません。それでは、失礼致します」


「ええ……おやすみ」


しかし、いざ寝るとなると、何だか水が飲みたくなった。

事務的に挨拶をして出ていこうとするサラをよそに、ぼんやりと見える水差しにを引き寄せようとする、が、


「あっ」


少し手元が狂ったようで、水差しを自分に向けて傾けてしまった。ほんの少しだが、寝間着に水が零れる。ぱちゃっとごく小さな水音がして、サラが慌てた様子で戻ってきた。もう出ていく直前だったようで、開きかけのドアからランタンの光が一筋入ってくる。なるほど、もしかして、あれを持って廊下を移動しているのかな?


「お嬢様、お着替えを」


ぼけーっとしていると、戻ってきたサラが控えめに囁く。


「え? ああ、大丈夫よ、ほんの少しだもの」


「ですが、あのようなことがあった後。今は回復なさっているとはいえ、お風邪など召されては困ります」


暗いので自信は持てないが、少しだけ眉間にしわが寄ったように見えたので、私は素直にお願いすることにした。ベッドから降り、薄暗い中で着替えさせてもらう。ところが、ふと彼女と触れたとき、僅かに嫌な匂いがした。こっそりと鼻から息を吸うと、油のような――え、油?

彼女は厨房の仕事は担当しないメイドだし、何よりも、こんな匂いをさせていたことは今までなかった。まさか、と思わず震えると、


「……やはりお寒いでしょう」


とサラはなんてことのないように言う。でも、まさか。ほら、きっと、床磨きのときに付いたに違いない……そう、疑いより、否定してほしい気持ちの方が強かった。


「サラ。あなた、油を使うようなことをした?」


「もう今日は使わないお部屋のランプを消していましたが……何か?」


私に寝間着を着せ終わった彼女の手つきも、少し沈むような声も、いつもと同じだった。しかし、なぜか私の震えが止まらない。

やっぱり体が冷えたのかも、と笑って誤魔化そうとした時。


「……お嬢様はお変わりになりましたね。聡明になられて、わたくしとしては残念です」


「え」


「最近はあまりおっしゃっていませんが、一時期、お嬢様が非常に火事を恐れていたことは存じております。その頃からでしたでしょうか、お嬢様がお変わりになられたのは。一体、何をお察しになられたのか……。レスリー・ハンナ・ゴードン公爵令嬢との交流に、エルラーツ語まで。わたくしはとても残念です。旦那様も、奥様も、お嬢様のことも、わたくしはかなり好きだったのですが……」


立ち上がり、いつもの無表情のままで、サラはそっと一歩下がった。


「わざわざ露悪的なことをする趣味はないのですが、お察しの通りです。わたくしは、この階と1階、合わせて数か所に火を放ちました」


いざ予想が当たると、ぞわっと鳥肌が立つのだった。

だって、3階と1階に火がつけられては、私はもちろん、2階にいるはずのお父さまとお母さまは……。使用人たちも、少なくとも1階の火事には気が付くだろうし、お母さまたちを助けに行くだろう。しかし、放火した場所次第では、火事に気付いたころには手遅れという可能性だってある。1階の方は鎮火できても、3階の火が残ってしまえば?

それに、床磨きの際に、油を……どの範囲まで磨いたのか定かではないが、何もしていない状態よりは燃えやすいのではないだろうか。


「そんな」


焦燥だけでなく、そもそもなぜサラが、と疑問が湧く。でも、思い当たるのといえば、


「サラ。まさか、あなた、ライト家の者……というわけではないわよね? ライト夫人は、イブ様を王太子妃にするだけでなく、自分たちを王妹の、王家の血を継ぐ一族だと称している、だから……」


「……お嬢様の父方のお祖母さまにあたる方は、ファルパスの伯爵令嬢でしたよね? となると、恐らくファルパス王家の血も少なからず入っていたことでしょう。つまり、お嬢様にはファルパス王家の血が流れていると考えることもできるわけです」


一度言葉を切って、サラは冷たい青灰色の目をこちらに向けた。


「ですが、例えばファルパスの王位を狙う人間がいたとして、お嬢様を邪魔者と見做しますか? 殺したらライバルが1人減ると思いますか? そんなことはあり得ませんよね。ほとんどの貴族には、多かれ少なかれ王家の血くらい入っています。しかも、王家は後継者に困ってもいないのですから、尚更です。それはロードウィンでも同じ……つまり、お嬢様がおっしゃるのは、その程度の理論なのですよ」


声にも表情にも感情は一切宿らない。

ただ、諭すようにゆっくりとサラは語る。


「ライト家の関与を疑ったのは、悪くありません。まあ、夫人には、元から奥様やお嬢様への敵対感情がありましたから、無理からぬ推測でしょう。ただ、わざわざ手の者をカスター家に忍び込ませる、あるいは忠実な使用人を裏切らせるほどの力も恨みも、あの人たちにはありません。むしろ、レスリー・ハンナ・ゴードンへの苛立ちを募らせているようでしたよ?」


「……あの時の毒入りのケーキ」


レスリーに出すはずが、間違えて私の前に置いたと……給仕したメイドが話していたはずだ。


「半分正解であり、半分は不正解です。あれは、お嬢様とレスリー・ハンナの両方を同時に害せる手でしたね。毒を食べたお嬢様が死んでしまえば伯爵家は喪に服し、メルツェーデス・ロイヒリンは来訪を取りやめる羽目になりますし、本来それを口にするはずだったレスリー・ハンナは大いに傷つくでしょう。口さがのない人間はどこにでもおりますし、結果的に友人を身代わりにしたと嗤われる可能性もあるでしょうね。それに、お嬢様が死なずとも、似たような噂は立ちます。つまり、多少は彼女に傷を負わせることが可能なのです。レスリー・ハンナを邪魔者扱いしていたライト夫人ですから、彼女を殺そうとしたというのも有り得そうな話です」


レスリーを殺すのはさすがに大事になるから、毒は私に食べさせ、レスリーの評判だけを損ねようとした……? いえ、それより、サラは夫人の仲間ではないのなら、なぜあの事件の裏を知っている? 


「それに、ロイヒリン様がここに来るのが、何がそんなに不都合なの?」


もう1つ気になったことを尋ねると、サラは初めて、にいっと微笑んだ。


「お嬢様は知らなくともよいことです」


では失礼致します、と言って、寝巻きを持ち上げた彼女は……部屋を出て行こうとする。嘘、だってもう屋敷には火がついているはず。


「サラ、あなたさっき、火をつけたと言ったじゃない。どういうこと、逃げられるつもりだというの?」


「わたくしを心配なさるとは……随分な余裕ですね、お嬢様」


こちらを振り返らず、サラは静かにドアを大きく開けた。確かに、まだ火は回ってきていないようだ。今、私も部屋を飛び出るべきだろうか? そうしたら揉み合いになるかもしれないが、うまくすると屋敷の外には出られるかも……


「それでは、おやすみなさいませ」


一瞬の逡巡が、いけなかった。


するりと廊下へ出たサラが、足元に置いてあったランタンを投げ込んできたのだ。ガチャンと側面のガラスが割れたのと同時に、ドアが閉まり……何かで塞ぐような重い音。


ランタンのガラスが割れ、火が床を舐める。思ったよりはだいぶ小さいけれど、炎が、ゆっくり広がってくる。

私の喉から笛のような空気音、次いで甲高い悲鳴が溢れ出た。

叫びながらへたり込みそうになったが、私は足を叱咤して水差しの中を覗き込んだ。軽く揺らすと、まだ少し、水が入っている。水差しを持ち上げる手が、火に近づく足が震えて……


「……!」


声にならない声を上げながら、火に水をぶっかける。


鎮火したかと思われたが、這い出るように、一瞬の暗闇からまた火がちらりと燃え始めた。消えなかったんだ。


「水、もうないよ……」


諦めと共に声が漏れる。悲鳴を上げたせいか、緊張のせいか、声は掠れていた。


このまま死んじゃうのかあ……ごめんなさい、みんな。

私がみんなの運命を変えてしまって、その後始末もしないまま死んでしまうなんて。

……あと、アレックス様にも、ごめんなさいって言いたかったな。好きですよって言えばよかったな。


「……ははは」


炎から目を背けるように、私は後ろを向いた。分厚いカーテンを開ければ、窓から星空が見えるはずだ。


ベッドによじ登り、ジャッと音を立てて重いカーテンを引く。星空が目に入り、そこでようやく気付いた。


窓から逃げればよいのではないか?



□■□



この部屋は3階で、地面からは決して近くない。しかし、このままでは、どの道焼死である。そんなの、どう考えたってお断りだった。

バルコニーがあれば簡単だったのだが、生憎私の部屋にはバルコニーもなく、窓も基本的に開かれない。鍵だけは開けられたが、窓は大きくて重いため、非力なシンディでは開けるのは難しい。力一杯窓を押しながら、目では窓ガラスを叩き割るものを探していた。私が振り上げられるもので、ガラスを割れるものでなくてはいけない。


火は先程より大きくなっているが、水を掛けたのが幸いし、なんとかその場に留まっている。すぐに窓を開けられれば、助かるかも。


左から右へと視線を走らせていると、机の端の裁縫箱が目に入った。普段は使っておらず、もっぱら飾りのようになってしまっているが、確か、大きな裁ちバサミが入っていたはずである。窓を叩き割るのは難しくても、ハサミで一点を何回も突くか、釘を打つように何かで打ち込めば、あるいは……?

裁縫箱があるのは、ベッドから遠い方のサイドだった。床に降りる勇気はなくて、そろそろと机によじ登り、天板を這う。時折威嚇するように炎がぼっと膨らむのが恐ろしく、裁ちバサミを取り出す手が滑稽なほど震えていた。じわりと広がっては水に阻まれる炎を見て、サラはもう逃げたのだろうかと、場違いな感想がぼんやりと浮かぶ。


裁ちバサミと、空になった水差しを持って、再びベッドの上に立った。

左手で持ち手と刃の間を握り、窓に宛てがう。身長の関係上、窓の真ん中ではなく、1番下……窓枠ギリギリが狙いやすい。右手は水差しのくびれた部分を持ち、底でハサミを打ち込めるよう構える。


まず1回。

まずまずの衝撃が来た。もう一度構え、刃先が窓枠にずれないように気をつけて叩き込む。水差しがハサミに当たる金属音が何回か響き、背後では炎が揺らめいているのが影の揺らぎで感じられた。

できるだけ素早く数回打ち込んでいると、パキッという音と共に、ガラスにヒビが走った。


「よっしゃ……」


思わず呟きが漏れる。

どれくらい時間が経ったのか、分からない。ただ、周りを湿らせたとはいえ、炎との距離がまだあることを考えれば、せいぜい10分程度ではないだろうか。

息を整え、更に打ち込むと、どんどんヒビが広がり、細かな破片が舞い始めた。目を瞑り、息を止めてまた数回……手応えを感じ、薄く目を開く。すると、蜘蛛の巣状とまでは言えないものの、窓の上端近くまで走った亀裂もある。


窓は大きい。下半分だけでも割れたら、なんとか滑り出ることはできるだろう。このまま続けてもいいが、下半分にはヒビが満遍なく入っているように見える。

一か八か。


「おらあああぁ――」


柄の悪い叫びを上げ……私は勢いよく振りかぶり、水差しを窓に叩きつけた。

手から水差しが抜けるのとほぼ同時に、ばしゃん、と鈍い水音のような衝撃音。外に向かって砕け落ちていくガラスに、歪な多角形のような大きな穴。窓を突き破った水差しが落ちたのだろう、遠くで硬い音が聞こえた。


今しかない。

窓の下半分がほとんど砕け散り、十分に飛び降りられるだけの穴が開いている。飛び降りて無事かは分からないが、賭けてみるだけの価値はあるだろう。

……恐怖からか、それとも達成感からか、今の私はアドレナリンが全開のような気がする。この根拠のない興奮が収まる前に、と私は腹を決めた。

軽く飛んで、鉄棒の「ツバメ」のように窓枠にしがみつく。上半身を思い切り乗り出し……このままでは頭から行ってしまう気もするが、まあ、いい。

できれば足から着地できますように、と願いながら、私は窓から手を離した。


お母さま、お父さま。自分だけ先に逃げる娘を許してくれますか――?


風を切る音。ふわふわとした長い髪と寝間着の裾が、風圧で後ろにたなびくのを感じて、

開いたままの私の目に、澄んだ星空と、迫る地面、



――そして、どうしてなのだろう。

ある人物が、驚愕の表情を浮かべて駆けてくるのを見た。



「まさか、お嬢様が窓から飛び降りるとは思いませんでした」


柔らかく、鈍い音とともに、身体が急停止する。


「どうして……」


私は、私たちを焼き殺そうとした張本人――青灰色の目を見開いたサラに抱き留められていた。


「あ……お父さまと、お母さまは」


抱き留められたまま、じっと見つめ合ったのち、ようやく私は言葉を発した。何の実感もまるでない。彼女の凍り付いた顔越しに見える星空が、非現実感を助長している。ただ、辺りの焦げ臭さに気づくと、ああ、燃えていたんだな、と訳の分からない納得感もあった。

少し待ったが、何も答えてくれないサラの腕から抜け出そうとすると、玄関の方から


「旦那様と奥様はご無事です、お嬢様はそちらに――?」


とリズの声が聞こえてきた。いるわ、私も大丈夫よ、と大きな声で返事をすると、ハッとしたようにサラが身じろぎした。ゆっくりと彼女は立ち上がり、困惑する私をお姫様抱っこしたままで、まるで大切なものを運ぶように歩き出した。


「あの時、わたくしは噓を言いました。1階に火をつけたのは事実ですが、3階はまだだったのです。お嬢様のお言葉を無視し、予定通りに……1階の火に気づかれる前に、3階の火をつけるべきでした。無論、お部屋から下がってからすぐに、予定していた場所に向かいました。ただ、その前にお嬢様の部屋から窓を割る音が聞こえ――お恥ずかしながら、まったく予想外だったのです。気が動転して、わたくしは時間を無駄に消費してしまいました。予想通り時間の損失が大きく、1階の火は早々に見つかり、消火と並行して旦那様と奥様が救出され、あとはお嬢様だけと……お気づきではないでしょうが、お嬢様が窓を割っておられる間に、旦那様と奥様は無事に屋敷の外へ案内され、お嬢様のことを心配なさっていたのですよ」


私は何か言おうとしたが、それよりも先に地面に降ろされ、彼女は玄関の前で涙ぐむリズに私を預けた。リズは安堵した表情で私をエスコートする構えを取り、


「火事が早く見つかったので、旦那様と奥様にはお早く避難して頂けました。お2人ともご無事ですよ。門の前で、馬車に乗ってお嬢様をお待ちです」


と微笑んだ。抱っこ致しますか? と聞かれ、いえいえと私は首を振り、尋ねる。


「いえ……馬車?」


「左様です。夜遅くではありますが、火事発見と同時に早馬を出したところ、スローン伯爵が客間を提供してくださると、大変快くお返事してくださったそうですよ」


リズにエスコートされ、私はのろのろと門の方へと向かう。外に停まった馬車が見えてきて、思わず屋敷の方を振り返ると……。


星が煌めく夜空を背景に、遠目ではいつもと変わらない我が家。

お父さまもお母さまも生きていて、私も生きているらしい。


13歳の5月。

もしかして、私たちは打ち勝ったのだろうか。

喜ばしいことのはずなのに、全く、いえ、少しは嬉しいけれど、でも、わーいわーいと叫ぶような気にはなれない。


ねえ、サラ。青灰色の目をしたメイド。どうして? と思わずにはいられなかった。


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