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馬車に揺られてスローン邸に向かう間、私はずっとお父さまの膝の上でぎゅっと抱かれていた。13歳とはいえ、小柄な体はすっぽりとお父さまの腕に収まっている。震える、というほどではないが、いつもは暖かいお父さまの手は冷たく、私が身じろぎする度に慌てたように抱き直されるのが何だか――いや、心配をかけてしまったのだ、とひしひし伝わってきて、申し訳なくて悲しかった。


「結局のところ、どこから火が出たのですか?」


サラは、どこを放火場所として選んだのだろうか。控えめに尋ねると、お母さまは同乗しているリズに視線を送り、答えるよう促した。


「1階の端……数名が普段頂いているお部屋とは別の、夜間滞在する使用人のためのお部屋のようです。小さな持ち運べる暖炉があり――明かり代わりに、毎晩火をつけておりました。何らかの理由で、そこから引火してしまったと……燃え広がるのが早く、混乱もありましたが、居間から玄関へのルートとは離れていたのが幸いでした。お嬢様も、よくぞご無事で……。お助けに上がれず、申し訳ございませんでした」


「ええ、いいのよ」


3人とも、火事は放火ではなく、不運な事故だったと思っているらしい。どうやら、サラが巧妙に火をつける場所を選んだのだと伺えた。

居間から玄関へのルートと燃えた場所は外れていたというが、3階にも火がついていたら、話は別だっただろう。2階にいる人は挟まれてしまうし、きっとパニックも大きかったのではないだろうか。実際に、漫画ではカスター邸は全焼し、僅かな使用人しか助からなかったと書かれていたし。――その助かった使用人だって、案外サラだったりするのかもしれない。

でも、結果的には、あそこでサラと問答をしたのも無駄ではなかったらしい。いくつか怪しげなことも聞けたし、お父さまにも報告するべきだろう。サラが私たちを殺そうとしたというのは信じたくなかったが、事実はどこまでも重いのだ。


「あ……あと、リズ、使用人の中に怪我人は?」


「何人か軽い火傷、捻挫をした者もおりますが、命に別条はございませんよ。皆、現在は後片付けをしているはずです」


「そう……それはよかったわ」


何度か深く頷くと、お父さまが私の頭を撫でた。

そうこうしているうちに、スローン邸の門をくぐり、玄関の前で馬車が止まる。歩いてだって行けなくもない距離だから、馬車だと一瞬だ。

扉の前には、わざわざ外で待ってくれていたらしい、伯爵と夫人が立っていた。よく知った仲だが、今回はあまりに突然のお願い。私たち3人はそれぞれ礼をとり、感謝の言葉を述べた。


「ああ、よくぞ……よくぞ皆さんご無事で。使者が来たときは本当に驚きましたが、我が家でよければ、いつまででも滞在なさって下さい」


「本当にありがとうございます、スローン伯爵。イールズに僕の兄の屋敷があるので、そちらに移るまでの間、よろしくお願いします。この恩は、必ず返します」


そして、夜も遅い――とは言っても、子供は寝るがまだ大人は起きている、という時間――ので、私はお茶とお菓子を少し頂いた後、客間の1室に通された。ポーリンにも挨拶したかったが、やはりもう就寝していたらしい。本当に着の身着のまま来てしまったので、冷静に考えると寝間着姿なのが大変恥ずかしい。

ベッドにもそもそともぐり込むと、他のおうちの匂いが香る。幼馴染のポーリンの家だけれども、泊まるのは初めてだった。それでも、なんだか安心して眠れそうな気がする。


「ヴィクター伯父さまの家かあ……」


ヴィクター・カスター伯父さまは、カスター伯爵家の長男でありながら、研究に専念したくて爵位をお父さまに譲った人だ。現在はクリシア学園に住み込みながら、文字通り独身貴族の生活を謳歌しているとか……。会ったことがないので顔すら分からないが、お父さまとやりとりしている手紙を見せてもらったことはある。少し癖のある字で書かれた、いかにも研究者気質というか、簡潔でマイペースな近況報告だった。

それにしても、伯父さまが屋敷を持っているというのは初耳だった。独身の伯父さまだし、手紙も寮から届くというから、てっきり学園の職員寮が唯一のおうちだと思っていたのだ。無位貴族だし、社交もしていないのに屋敷も一応持っているとは、さすが貴族……と妙なところで感心してしまう。


明日、とりあえずお父さまに全て話そう。

そう決めて、ゆっくりと目を閉じた。



□■□



それからの数日は目まぐるしく、お父さまを捕まえるのが思った以上に大変だった。伯父さまの屋敷、勤め先である王城、ロイヒリン様の宿泊先など、部屋に籠ってほうぼうに手紙を出していたからである。

もちろん、私やお母さまも、各々の知り合いに手紙を書いたり、運び出された調度や衣類を確かめたりと、後片付けに追われている。あ、ポーリンとも仲良くしているし――サラは屋敷の片付けを手伝っているというが、姿を見せてはくれていない。

しかし、約束を何とか取り付け、2人きりで話したいと念を押した。


「失礼します、お父さま」


どうぞ、と柔らかい声で返事があり、お父さまがわざわざ扉を開けてくれた。お父さまが書斎代わりに使っている客間の前室で、向かい合って座る。


「どうしたのかな、シンディ?」


首を軽く傾げ、顎に手を当てて微笑むお父さま。気のせいかもしれないが、本当に少しだけ、生え際が後退しているように見えなくもない……いや、照明の具合が今までと違うせいかもしれない。まだアラフォーだもの。


「……火事のこと、なのですが」


「うん」


今日は、サラのことを言うために来たのだ。こちらを冷徹に見据える彼女の青灰色の目、私を抱き留められたときの柔らかさを思い出し、ふーっと息を吐いた。


「あの火事ですが、サラが。サラが火を放ったのです、お父さま」


じっとお父さまを見つめ、はっきりと言い切る。濁せば濁すほど言いにくくなるのは分かっていたし、火事のことは抜きにしても、彼女は随分気になることを言っていた。

どういう反応が返ってくるかと身構えたが、お父さまは優雅に目を細めたまま、特に動揺した様子もない。信じてくれていないのか、と背筋が冷える。


「そうか、じゃあ、彼女の言っていたことは本当だったんだね……」


どうしたら信じてもらえるのか、と内心冷や汗をかいていると、お父さまがゆったり言った。


「実は、翌朝早くに屋敷の様子を見に戻ったんだ。もちろん、日が出てすぐから片付けが始まっていたんだけれど、僕もできるだけ早く自分で見ておきたくて。そこに彼女もいたよ。既にね、彼女からすべて聞いているんだ」


驚きのあまり、目が大きく見開かれたのが自分でも分かった。

まさか、自白までしていたとは。


「でも、あまりに突拍子がないように感じたのも事実でね。火をつけたのは彼女だった、ということ自体は、まあ、理解できるし、普通だったらすぐに牢に入ってもらうことになるよ。ただ、彼女は自分がエルラーツの密偵だと言っていて……仮にそれが事実となると話は別だ」


「え、エルラーツの密偵?」


おっと……? 更に爆弾発言が投下されて、私はぎこちない動きで首を傾げた。密偵?


「エルラーツのグリューン公爵家に勤めるメイドのザーラ。それが、彼女の本当の名前らしいよ」


憂いのこもった眼差しで、お父さまは机の方に広がった紙の束を見る。


「本当だったらすぐにでも憲兵に……と思うけど、残念ながら、まだまだ国内にはエルラーツの情報が十分じゃないからね。裏を取るためには、ロイヒリン殿に会って頂くしかない。シンディも気になることは多いと思うけれど、少し我慢していてくれる? 全く、エルラーツの密偵を知らずに雇っていたとなると……。でも、僕は、何かあっても絶対に君とレイチェルは守るから。頼りない父親で、ごめんね」



□■□



それからさらに数日。本当だったら今日か明日にもロイヒリン様に会っていただろうが、お父さまとダルリンプル侯爵の仲介もあり、王都に滞在してもらっているそうだ。

後処理に追われ、そのまま王宮での勤務を再開することになったお父さまと別れ、お母さまと2人で伯父さまの屋敷へ向かうこととなった。もう少し朝早く出発してもよかったのだが、ありがたく朝食を頂いてからの出立となった。


「シンディ、何かあったら、ううん、何もなくても手紙をちょうだいね。私も書くから」


「ありがとう、ポーリン。向こうに着いたらすぐに書くわ。いつか招待したいもの。来てくれる?」


漆黒の目を潤ませ、ポーリンが私をぎゅっと抱きしめる。ポーリンはすらりと背が伸びていく一方で、私は彼女の胸に収まってしまう。ずっと優しい幼馴染のぬくもりを堪能しつつ、彼女のプラチナブロンドをそっと撫でた。


「それでは、失礼致しますわ。本当に、皆様にはお世話になりました」


「ええ。道中お気をつけてくださいまし。遠くなるのは寂しいけれど、これからもいつでもまた遊びに来て頂きたいわ、レイチェル」


「そうするわ。本当にありがとう」


カスター夫人とお母さまも、少女時代からの友人である。私たちはそれぞれに別れを惜しみつつ、馬車に乗った。

見慣れたスローン邸、見慣れたウィーラスが遠ざかっていくのを眺めつつ、お母さまがそっとカーテンを閉める。イールズは王都から見て北西にある。ここからそう遠いわけではないが、途中で宿に泊まることになっている。貴族の乗る馬車も利用する街道沿いには、裕福な平民だったり、無位貴族だったり、ともかく富裕層の運営する宿、ないしは貸し出されている屋敷が多くある。長距離の移動の際は、通り道に泊まれるような知人の屋敷がない場合も多く、そういう貴族向けの商売として盛り上がっているのだった。



□■□



結局のところ、イールズに到着したのは翌日、ちょうど晩ごはんを食べるような時間だった。休憩は適宜取りながら来たが、それでも馬車に乗りっぱなしだったので、いささか疲れた。お腹もすいているが、宿から伝令を出してもらえるサービスを利用し、出発と予想できる到着時刻を伝えてあったので、たぶん夕食を準備してくれているはずだ。


「お母さまは、イールズに来るのは初めてですか?」


「いいえ、お義父さまとお義母さまがご存命だった頃、何度か伺ったことがあるわ。シンディも、ここが山沿いにあるというのは知っていたのだったかしら? 素敵なところでしょう。ここを隠居した後の住まいに選ぶ気持ちは、たしかに分かるもの」


イールズは、山沿いにある小さな領地だった。お父さまに聞いてみたところ、かつての領地を返上し、宮中伯として屋敷の土地だけを賜っているカスター家だが、隠居した前当主が住む場所がないということになり、ごく小さな土地を王家から借りているらしい。借りているとはいえ、カスター家の者が王宮でしっかり働いている限りは賃料も激安なのだとお父さまは言っていたが。


「そうですわね。お屋敷も、カスター家の本邸ということになるのでしょうか、あちらとはまた雰囲気が違って、わくわくしますわ」


そんなことを話しながら、馬車から降りる。

もうだいぶ暗くなっているが、目の前に建つイールズのお屋敷は、なんとなく田舎風の、素朴なデザインのように感じられる。規模が小さいせいもあるかもしれないし、表面が荒くなったレンガ壁や、若干ガタガタしている玄関ポーチまでの道のせいかもしれなかった。


「おかえりなさいませ、奥様、お嬢様。夕食の準備は整いましてございますので、いつでもお申し付けくださいませ」


「久しぶりね。ありがとう、それでは着替えてから夕食にしてもらおうかしら」


玄関ホールを入ると、数人の使用人が待ち構えていて、一斉に挨拶してくれた。私にとっては、初めましてだ。

そんな私の心の声が聞こえたのか、


「みんなは初めてかしら? この子がシンディよ。かわいい子でしょう? 目の色はわたくし譲りですけれど、髪の感じがお義母さまに似ているの」


とお母さまは私を前に出し、紹介してくれた。軽く私も礼をして、自分で改めて名乗る。


「初めまして、わたくしがシンディ・カスターですわ。しばらくお世話になるから、どうぞよろしくね」


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