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帰り際、レスリーとゴードン夫人もライト家のお茶会に参加する、という心強い情報をゲットした。夫人に会うのもなんだかんだで久々である。瓜実顔の、柔らかな印象の美しい人だったなと記憶を巡らせつつ、その旨をお母さまにも報告した。

ライト夫人を強く警戒するお母さまも、幾分それを聞いて安心したようだった。万が一にもないと思うが……ライト夫人が何らかの暴挙に出ても、それより格上のゴードン夫人がいたら止めてくれるだろう。あるいは、イブ・ライトが私にちょっかいをかけてきたとしても、レスリーが出てきてくれるはず……多分。逆に、私がレスリーを守ることになる可能性もあるけれど。


「シンディ、何かあったら、多少はしたなくてもいいから、すぐにわたくしのところに来なさいね。少し波風は立ちますが、あなたの安全が大事だから、途中で抜け出すくらいわけないわ」


じいっと私を見つめて、声にも表情にも気遣う感情が乗っている。自分よりも私を心配してくれるのが、やっぱりくすぐったい。


「分かりましたわ。……とはいっても、イブ様がわたくしを目の敵にするといっても、せいぜいがアレックス様関連だと思いますけれど……。話を聞く限り、基本的には明るく柔らかく振舞っているそうですし、わたくしにちょっかいをかけたらアレックス様からの印象がダダ下がりだということは分かっておられると思いますわ」


そもそも、幼少期にアレクサンダーに迫って彼を女性不信(?)にさせたというが、現在はどれくらい執着しているのかも知らないのである。優良物件という意味ではマークしているだろうが、わざわざ私に絡んでくるほどの関心はない可能性だってあるのだ。


「あ……でも、以前、ライト家からの婚約の打診を、キール家側が私との仮婚約を盾に断ったことがあるのでしたか」


となると、逆恨みされている可能性もある? いやでも、聞いたところによると、ライト夫人は未だにイブを王太子妃にねじ込めないかとジリジリしているらしいではないか。


「そうね。けれど、それはライト夫人の独断で、勝手な申し込みをしたと侯爵は大変お怒りになったと聞いているわ。……ごめんなさいね、怖がらせてしまったかしら?」


じゃあ、まあ、大丈夫なのかね。

ゴードン夫人も、レスリーも、ハミルトン夫人だって来る予定なのだ。たかが伯爵夫人と伯爵令嬢に嫌がらせをしたとて、むしろ下がるのはライト夫人の評価。冷静に考えてみたら、そのリスクを冒してまで何かを仕掛けてくるほどの恨みもなかろうって。


そんな結論に落ち着いて、私とお母さまは、うふふと笑い合うのだった。



□■□



「……来ましたわね」


お母さまと2人――厳密に言えばサラとリズも付き添っているが――、豪華な箱馬車に揺られて、やって来たるはライト侯爵邸。領地持ちの貴族であるライト家の本邸ではなく、王都にある街屋敷である。聞いたところによると、ライト侯爵が領地経営をする一方で、夫人とイブはずっと王都の邸で暮らしているとか。サボりなの?と思わなくもないが、女性は領地経営のノウハウを学ぶわけでもなし、決して珍しい話でもないらしい。


「――こちらの紋、カスター伯爵家の方々の馬車でお間違いないでしょうか」


「はい、中には奥様とお嬢様がお乗りです」


そんな会話が聞こえてきて、ちらりとカーテンの隙間から馬車の外を覗き見る。

もう来客を降ろしたのだろう、入れ替わりに出ていこうとしている馬車もおり、とりあえず一番乗りは回避できたらしい。よかった。

侯爵家の使用人の誘導に従い、今度はうちの馬車が来客用の馬車止めに入る。その気になれば馬車の数台くらいは停まりそうな、でっかいポーチである。


「どうぞ、お降り下さいませ」


外からの声掛けに応じ、警戒するような鋭い目をしたサラが扉を開く。外開きの扉を開きながらスルリと飛び降り、周囲を軽く見まわした。問題はなかったようで、あくまで優雅に頷いた彼女に、使用人が足場代わりの箱を手渡す。高さのある馬車から降りるときに使うのだ。

音もなくサラがそれを扉の前に置くと、今度は強度を確かめるようにリズがゆっくりと降りた。


「それでは、奥様、お手を」


「ええ」


いかにも貴族らしく、お母さまが全く足元も見ずに馬車から降りる。次にサラが私をエスコートしてくれた。

ありがとう、と言う代わりに微笑むと、サラもほんの少しだけ、青灰色の目を細めた。


玄関を入ると、また別の使用人――恐らく執事――が待っており、軽く私たちの名前を確認してから、控えていた侍女たちの1人を呼ぶ。どうやら、招待客1組につき1人、案内役をつけるらしい。どんだけ広い屋敷やねん、と突っ込みたくなるが、私も知らん顔でお母さまについて行く。従者はここでお別れで、従者用の控え室に行くか、馬車で一旦帰るか選ぶようになっているとか。2人は控え室に行くだろう。


「カスター伯爵夫人レイチェル様、ご息女シンディ様のおいでです」


侍女に案内され、3階の広間に通される。大きな長方形のテーブルが2つ並んでいるが、見た感じ、片方が大人、片方が令嬢と分けられているようだ。主人の席には、それぞれライト夫人とイブが座っている。

席も決まっているのだろう、今度はこの場についているメイドがさっと近づいてきて、お母さまと私をそれぞれ座らせた。座ってみると、結構2つのテーブルは離れているようだ。


「いらっしゃいまし、シンディさん。おいで頂きありがとう」


もう着席していた4、5人の雑談がふわりと止まり、イブがにっこりと笑った。



□■□



程なくして、全員が揃ってお茶会が始まる。合計10組ほどの母娘、それに数人の夫人(もしくは妙齢の未婚女性?)が1人で参加しているようだ。この中で最も格が高いのは、言わずもがなゴードン家の2人。次いでハミルトン夫人、ライト家母子という様子である。子爵・男爵令嬢と思しき人もいるが、イブの取り巻きに徹しているように見える。

さて、そのイブは、家格では侯爵家だが、今回のホストであること、集まった令嬢の中では年上の部類であることを考慮すれば、レスリーに対してそこまで遠慮することはないようだ。栗色の柔らかな髪にはマゼンタピンクのリボンが結われ、可愛らしさの中にどこか貴族然とした高慢さが見え隠れするその様子は、ジスレーヌが言っていたように、存外魅力的に思えた。髪と目がなめらかな栗色なのが、彼女の小悪魔的な――「あざとい」振る舞いに素朴さをプラスし、うまく相殺しているようだ。ライト夫人は今日もごてごてと着飾り、言葉の端々に感じの悪い高慢さが滲み出ているが、内心はともかく、イブはそれをあまり感じさせない。


「そういえば、わたくし、先日ギャラハーの新作菓子を頂きましたの。父の誕生日祝いに、父の好きなフルーツケーキをアレンジしたものをいくつか作って頂きまして、今日はそのうちの1つを召し上がって頂きたく思いますわ」


そう言って、小鳥のさえずりのように明るく話すさまは、レスリーの淑やかさとも、ポーリンの爛漫さとも違う、どこかおっとりした雰囲気。高校のクラスに1人はいるような、なんとなく見え透いた……しかしそれゆえについ共感のようなものを抱いてしまう、作り物のあざとさ、乗りやすいマウントである。


「まあ、ギャラハーに。さすがイブ様ですわ」


王室御用達でもある高級菓子店に「いくつか」ケーキのアレンジ案を出させる余裕に、取り巻きらしき令嬢たちが、下品にならない程度に賛美を浴びせた。私を含め、一部の令嬢が私の左隣に座るレスリーの様子を窺うが、彼女は、ごく純粋に楽しそうに、にこっと笑った。


「とても素敵ですわね。きっと、さぞや侯爵もお喜びになるでしょう。そのようなものを食べさせて頂けるなんて、嬉しいですわ」


その言葉を満足そうに聞き、イブは軽く手を挙げ、使用人に合図した。袖に付いたリボンの僅かな揺れが止まった頃には、しずしずとメイドたちが皿を持って現れてくる。

私とレスリーの後ろにもメイドがやって来て、左手の皿を私に、右手の皿をレスリーに給仕し、見事に音もなく去っていった。


「美味しそうですわね。色々なフルーツが入っていて、彩りも鮮やかですわ」


各々の前に置かれたケーキに、誰ともなく感嘆の声が漏れる。

流石ギャラハー、と言うべきだろうか。久しく見ていない豆腐一丁くらいの大きさのスポンジには丸い穴が開いており、そこにクリームが詰められている。クリームにはアラザンと砕いたナッツらしきものが振られ、独特な、可愛らしい見た目である。


「でしょう? こちらのフルーツソースには、たくさんの果物が使われていますの。生のものもありますし、砂糖漬けも入れて、季節の違う果物も使って下さったのよ」


自慢げにイブが言うとおり、最も目を惹くのは、ぐるりとケーキを囲むようによそわれた薄紅色のソースだった。少し深さのある器に盛られているため、ケーキの下部はしっとりと浸されていて、美味しそうだ。

ぱっと見て色や形で分かるのは、桃、半分に切られた葡萄、ミカン……くらいだろうか。あ、違うな。これ、葡萄じゃなくてローティだ。


「さあ、皆さんお召し上がりになって」


「それでは、頂きますわね」


イブの声に、レスリーがゆったりと答え。そわそわしていた令嬢たちが、興奮を隠しつつ口に運び始める。

おいしい、と小さな囁きが左から聞こえる。目が合って、レスリーは私に可愛らしく微笑んだ。目を閉じて微笑む様子は、どこか幼い魅力がある。


それでは、私も。


「……ああ、とても美味ですわ」


スポンジはしっとりふかふか、クリームは柔らかいのに脂っぽくなく。アラザンとナッツの食感も楽しいし、確かにフルーツソースも絶品だ。とろりとした質感と自然な甘みがじゅわりと広がって、目元が緩むのを感じた。

二口め、ちょうど口に入ってきたローティを咀嚼する。お祖父さまのところから送られてくるものとは少し時期が外れているけれど、フレッシュな食感からして、生のローティのようだ。もしかして、地方によって採れる時期が違うのだろうか。

薄ピンクに染まっていたそれをもぐもぐと食べていると、ふと、舌に刺激が走った。

痺れるような違和感が、舌に喉に、次第に広がってくる。痺れに近かった刺激は次第に痛みとなり、息が苦しくなるのを感じる。


何だ、これは?


咄嗟に視線を走らせるが、誰も私の異変には気づいていない。イブをじっと見つめても、全くの無反応、というか、談笑している。毒でも盛ったか? でも、それなら、こちらを多少は気にしたっていいじゃないか。

誰かに助けを求めるべきか、それともやり過ごすべきか。ケーキのせいじゃなくて、私個人の体調のせいという可能性もある。そうだったら騒ぎにはしたくない。


「……」


そんなことを思ったのも束の間、腕と足が震え始めた。同時に猛烈な眩暈が私を襲い、地震でも来たかのように世界が揺れ始めた。尋常じゃない、痙攣と言うべき強さの震えに、かたかたと私の周りで音が鳴る。私の痙攣が伝わっているようだ。


「あ」


いち早く気づいたのはレスリーだった。上がり始めた周囲の悲鳴を視線で止め、大声で何かを指示している。でも、あ、あれ、聞こえない……? すさまじい勢いで揺れる視界、何か叫んでいるはずのレスリーの声も、悲鳴も、駆け寄ってくるお母さまの声も、聞こえない。

押しつぶされるように目を閉じようとしたとき、


「頑張って吐きなさい! 吐ける? 口は動かせる? まだ飲み込んでないんでしょ、早く……」


誰かの声が聞こえた。聞こえるはずのない声であることが、却って私を奮い起こした。痺れ、震える唇を叱咤し、ぱかんと口を開ける。

口から酸っぱい液体が零れるのと同時に――視界の揺れと痙攣に耐えかね、私はついに椅子から転がり落ちた。

床に伸びてしまっても、眩暈と痙攣は続く。時折大きく手足が跳ね、床を叩くが、その痛みよりも、舌と喉の痛みが強い。なんにもきこえない。


けど、ああ、とりあえず、吐けた……


少しだけ口唇の痛みが引くのを感じながら、ついに私は目を閉じた。

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