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まさか、ポーリンがサミュエルのことを好きになるなんて。
衝撃が冷めやらぬまま、あっという間に1か月が経ってしまっていた。元々、私の誕生日パーティーの準備もあってごたごたしていたのだ。
「それでは、お嬢さま、お召し替えの時間です」
『ライアン』が私のパーティーに来ないというのは、お母さまに確認済みである。彼自身を疎ましく思う感情はないが、彼の正体を知ってしまった以上、あまり顔を合わせたくないというのが本音だった。
帰省から帰ってきたサラを始め、メイドたちが真剣な顔で私をドレスアップさせていく。
「髪飾りはいかがいたしましょうか」
「ええと……そうね、ドレスがグレー系だけれど、髪飾りもそちらに合わせたら少し地味よね。柄の色に合わせたものにしてくれるかしら?」
「かしこまりました」
今日のドレスは、ブルーグレーのタフタにピンク、青、白の小花模様という愛らしいデザイン。ウエストをマークするリボンも敢えての白で、淡い雰囲気に仕上がっている。私の黒髪が浮かないか心配だったが、靴が黒だったので大丈夫だろう。
こちらはいかがでしょう、とサラが取り出した髪飾りはピンクゴールドで、ふわふわとした黒髪に映えそうだ。頷くと、まもなく私の髪にピンクゴールドのクレマチスが咲いた。花芯の部分にはブルートパーズが埋め込まれており、タフタにも私の緑眼にも調和している。ドレスも髪飾りも、お祖母さまからだ。
準備を終えて、2階の居間へ降りていく。
「シンディ、可愛いわね。よく似合っているじゃない。13歳、おめでとう」
「ありがとうございます、お母さま」
お揃いの緑色の目を細めて、お母さまがぎゅっと抱きしめてくれる。お母さまは、誕生日の日は朝から何回も「おめでとう」を連発してくれるのだ。
今日も、朝会ってすぐ、朝食のとき、着替える前……と。
「来年は社交界デビューか……その時のドレスは僕が注文させてもらうよ。もう考え始めてもいい頃かな」
「あら、お父さまったら、気が早くていらっしゃるのでは?」
お父さまも、私の頭をぽんぽんと撫で、隙あらばとお母さまの肩を抱く。2人も2人で、さりげなく小物や色合いを揃えた装いなのだから、まったく微笑ましいったらない。
13歳、2月。……漫画の通りに進んでいくのであれば、火事はあと3か月に迫っていた。
□■□
「お誕生日おめでとう、シンディさん」
「こんにちは、ハミルトン夫人。本日はわたくしの誕生日パーティーにおいでくださって、ありがとうございます」
「ええ。わたくしも、聡明なお嬢さんと繋がりを持てるのは嬉しいわ。ところで、今度のライト家のお茶会にはいらっしゃるの?」
2階には、居間と食堂を兼ねた部屋と、パーティーなどの際に使う広間がある。私たちが頃合いを見てそちらに行くと、既に多くの人が集まっていた。私たちに視線が集まり、目配せし合って順番にいろんな人たちがやってくる。最初に来たのは、この場で一番格上のハミルトン侯爵夫人だ。
恰幅のよい夫人は、カスター家――というよりも母方のサンディ家――とライト家の確執は流石に知らないらしく、あくまで世間話といった様子で尋ねてくる。まさか、断り切れず嫌々行くと言うこともできず、
「ええ、母とともに伺おうかと思っておりますわ」
とにっこり笑う。いかにも楽しみです、という雰囲気が出るように、小さな手を組みながら。
そんな調子で大人の相手を一通り終え、お母さまとお父さまにバトンタッチすると、様子をうかがっていたのだろう、ビビアンとマクシーンの子爵令嬢コンビと、おや……ポーリンの3人が近づいてきた。
「ありがとう、3人とも。来てくれて嬉しいわ!」
「どういたしまして。……ねえ、シンディ、今日のドレスもとても似合っているわ。髪飾りも綺麗ね。ねえ?」
「本当に、素敵です。シンディさんの綺麗な目に、ドレスの色がちょうど合っていますもの」
「あら、そう言ってくれると幸せだわ」
わずか1ヶ月しか経っていないものの、この前よりも2人とポーリンの距離は縮まっているらしい。そのまま少し雑談し、3人と別れて他の人とも会話していく。
ライアンは来ないが、リチャードとアリエル君は来るはずだ。いつもだったらすぐに来てくれると思ったんだけどな……。
さり気なくきょろきょろしていると、あ、カーター夫人と、幾度か会ったことのあるお父さまの部下だという男性と4人で話している。今の会話が終わったらそちらに行こうかと思っていると、目が合った。リチャードがお茶目なウィンクを飛ばし、目ざとい令嬢が表情を緩ませている。
「やあ、シンディ。先月ぶりだね、13歳おめでとう」
「ありがとう、リチャード。珍しいわね、すぐに来てくれないのは……。まあ、社交界デビューしたら、その方が当たり前になるのでしょうけれど」
咎めるというよりは、どこかからかうような口調で言うと、リチャードとアリエル君が目を合わせ、くすくすっと笑った。
「実はね、学園で君の従兄殿に声をかけられてね、キール公爵のところの」
どちらが言うのか視線だけで押し付け合った後、密やかに教えてくれたのはアリエル君だった。
「学園、ですの?……アレックス様は政務科、お2人は士官候補科ですわよね、わざわざ従兄が?」
学園に通っている男の子たちは、パーティーや社交イベントのときは、休みを取ってそちらに来ることができる(貴族ってそんな感じなんだ……と思ったものだが)。つまり、今日もわざわざ学園を休んで来てくれているのだ。この前はそんなこと言っていなかったから、ここ1か月の間に何かあったらしい。
「まあ、ふふ、ちょっと牽制されてしまってね。愛されているね、シンディ嬢は」
「……うちの従兄が大変失礼致しました」
恥ずかしったらありゃしません。2人には、きっちり謝罪しておきました。
わが家にアレクサンダーを呼ばないのは、単純にキール公爵邸からわが家が遠いからである。それがいけなかったのだろうか……いや、大人げないな、従兄よ。
□■□
その後は特に恙なく、パーティーが終わり。というか、アレクサンダーがアリエル君とリチャードに嫉妬して、恥ずかしくも牽制までしていたという信じたくない事実に呆然としているうちに、終わってしまったのだ。社交界デビューをしていない子供のパーティーは、さして長くないものなのである。
夕食の場でお母さまに告げ口して差し上げようかと思ったが、結果的に私も巻き沿いになってしまうのでやめておいた。ということで、夕食の場は大方平和的な話題が上っている。
「シンディが優秀だという話は、どうやら色々なところに広まっているらしいね。これでエルラーツ語まで身につけたら、ずいぶん重宝されるのではないかな。エルラーツ語を話せる女性はほとんどいないから、この先もっと交流が増えたとき、高貴な女性につく通訳が足りなくなるだろうから……」
親バカの留まるところを知らないお父さまが、楽しそうに私のことを褒め称える。前世の知識があるからで、私自身はとくに賢い方でもない。地頭で言うのなら、ポーリンの方がよほどいいだろう。
エルラーツ語の習得は私も真剣に目指しているが、教師の方になんと頼んでいるのか……ハードルが上がっていないか心配である。
「ええと……エルラーツの引退した外交官の方よね?確か、そろそろいらっしゃるのでしょう?」
頬に手を当て、お母さまが確認する。それに優しく頷いて、
「そうだよ。ダルリンプル侯爵から改めて詳しく聞いたところ、僕も知っている人だったよ。驚かせようと思って、最初には教えてくれなかったんだ。女性で……確か、伯爵令嬢だったかな、僕より、3、4歳上だが、故あって未婚だと聞いているよ。メルツェーデス・ロイヒリン殿という人だ――今はイティアニアにいるらしくて――こちらに来るのは、5月とお願いしているよ」
5月!
それを聞き、久しぶりに、首を絞められたかのような焦燥感が襲う。スプーンを取り落としそうになり、指の震えをごまかしたくてぎゅっと握る。
エルラーツからの来客と、火事というワードが、結びついていくのを感じた。
ただ、そのメルツェーデスという人が私たちを殺すのか、彼女はあくまでトリガーなのか、分からなくて。
ライト夫人あたりが、私やお母さまを邪魔に思って仕掛けてくるのではないかと思っていたけれど、もしかして、違ったの?
そうだ、そう、現在、外務大臣のダルリンプル侯爵と、その右腕のお父さま。お父さまがいなくなったら外交に穴が開くと、そんな話が漫画であったことも、思い出していたのに。
外交……ロードウィンの目下の問題は、長年の敵国だったエルラーツとの今後。平和条約があってもまだまだ万全じゃないと、お父さまが言っていたじゃない。
お父さまがいなくなれば、ロードウィンの外交は不安定になる。そうしたら、エルラーツは喜ぶのではないか?
実行犯が何者かは置いておいても、無関係とは思えない。あるいは、いえ、あるいは。
「シンディ?」
その声には曖昧に返事をしたけれど、……ううん、とりあえず今は、ご飯を楽しみたい。
「ぼうっとしてしまって、ごめんなさい。実は、リチャードとアリエル様が……」
悪いけれど、やっぱり、アレクサンダーには尊い生贄になってもらうことにした。すまんな、恨むなよ。




