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ショックで一瞬は固まったリチャードだったが、すぐに私に頷き、可愛らしくウィンクした。そして、実に自然に『ライアン』の肩を叩く。


「ライアン――その袖の金ボタン、どうやらどこか引っ掛けたんじゃないかな?外れそうだよ」


自分の袖の辺りを指し、リチャードは白々しく……そう、ええ、まあ、実にぺろっと出まかせを告げる。前もって決めていた合言葉なのか、ディックもアリエル君も、そしてサミュエルも理解したようだ。


「本当だ。恥ずかしいね、いつからだろう……」


そして数秒思案した後、


「まあ、もう少しくらい構わないだろう。いよいよ直した方がいいとなったら、少し部屋をお借りして直させてもらうよ」


と茶目っ気たっぷりに笑った。その笑顔は、まさに漫画の中で見た『サミュエル』の表情そのままだった。


「まったく、ライアンはそういうところが無頓着だからね。もう少し気を付けてもいいんじゃないかなあ……」


肩をすくめるアリエル君だが、気を取り直したようにポーリンに笑いかける。


「僕らがずっとあなたの周りを独占していてはよくないですからね。本日はお招き頂き、ありがとう。よい1年となりますようにお祈りしていますよ。では、またお会いできれば」


「そうだね。またね、ポーリン。またお茶会でもしよう」


他の人がやれば気障ったらしいと言われそうなのに、リチャードやアリエル君だと妙にサマになる。変なところに感心しつつ、私もポーリンの手をぎゅっと握った。


「今日のポーリンは、本当にいつにも増して可愛いわ。またおいしいお菓子でも食べましょうね」


「ええ、皆さん、ありがとう!では、楽しんでくださいね」


眩しい笑顔のポーリンに見送られ、場を離れる。

そして、ちょっとした集団になっていた私たちも、リチャードたちとはお別れした。


「ああ、夢のようなひと時でしたわ……」


頬を上気させ、マクシーンが幸福のため息を吐いた。すると今度は、ビビアンは無言で頷く。


「シンディさんってすごいわ。あんなに素敵な方々と、動じずにお付き合いなさっているのだもの」


いかにも尊敬するといった眼差しでマクシーンが見つめてくるので、気恥ずかしくなった私はゆるく首を振る。


「ポーリンとリチャードは幼馴染ですから、緊張はしませんけれど……レスリー様やジェラルディン様とお話しするときは、それはもう緊張しますわ。ジェラルディン様はどんなことでもご存じですし、さり気なく周りに気を遣っていらっしゃるお姿にはいつも感激しておりますの。黒髪は陽の下で見るとうっすら青く輝いて、異国の『からすの濡れ羽色』というのはきっとジェラルディン様の髪のことでしてよ。……それに、レスリー様の髪の毛は、本当に艶めいていてとろけるようですし、目の美しいことといったら!紫色の瞳は宝石にも負けないくらいの煌めきですもの。スッと切れた目の形も芸術的で、古代の彫刻家だって再現することはできませんわ」


「うふふ。シンディさんも、普段はお静かですけれど、語り始めるとすごいんですのよねえ」


「あ、あら……わたくし、いつの間に?」


私は令嬢にあるまじく――演歌歌手のごとく拳を握り、無意識のうちに、抑揚を利かせた見事な演説をしていたのだ!冷静になった後、一番恥ずかしいやつである。

ボンッと音を立てて……いや、立ててはないと思うのだが、一気に顔が赤くなる。

微笑ましいものを見る目で4人に見つめられ、タジタジになってしまう私であった。



□■□



パーティーも終盤に近付き、家が遠い人たちからスローン邸を去っていく。

まだ残っている人たちのうち、カーター家とスローン家の面々を除けば、アリエル君のお母さまであるハミルトン侯爵夫人が最も話しやすそうな相手だった。

ちょっと恰幅のいいハミルトン夫人は、今日も朗らかで人のいい笑顔を浮かべている。


「あら、シンディさん、明けましておめでとう。お元気そうで何よりだわ」


「こんにちは。明けましておめでとうございます。今年もよき年となりますよう、お祈り申し上げますわ」


「ありがとう、あなたもね。……ところで、シンディさん、今日も可愛いわね。いつもの淡い色のドレスもいいけれど、茶色のように渋い色もお似合いなのねえ。……皆さん、この子がカスター伯爵令嬢のシンディさんですよ」


面倒見のいい侯爵夫人は、一緒にいたご婦人方に私のことを紹介してくれる。

略式の礼をとり、できるだけ上品に見えるように挨拶する。すると、合格ラインに達せたのだろう、優しく言葉をかけられた。12歳――前世ではまだ中学1年のひよこ相手でも、貴族は厳しいのである。

それでも、最近はレスリーやジェラルディンの振る舞いを見て参考にしたり、スローン夫人から時々アドバイスをもらったりしているので、そんなに恥ずかしい振る舞いはしていないはずだ。



ご婦人方と少しお喋りをしているうちに人はどんどん減り、お開きとなった。

お母さまとカーター夫人、リチャードと一緒に帰ることになっていたので、ポーリンとゆっくり話しつつ、玄関ホールで待たせてもらう。


「ああ、疲れたなー。14歳になってデビューしたら、もっと大変になるんでしょう。緊張するわ」


「そうね……でも、ポーリンはこの1年で本当に素敵なレディになったと思うわ」


ふざけてポーリンの肩にもたれかかれば、花のかんばせをドヤ顔に変え、優しく髪を撫でてくれる。1ヶ月しか誕生日は変わらないが、ポーリンは、自分がお姉さんだと主張してくるのだ。かわいい。


「ふふふ。嬉しいな。でもね、私、庭で猫を追い回したり、クッキーをつまみ食いするの、今も好きなんだよ?もうしなくなっちゃったけど……」


「……懐かしいわね。私は、ポーリンのそういうところも大好きよ。だから、無理して変わらないでね」


姿勢を正して、ぐっと私は身を乗り出す。目を瞬かせ、一瞬きょとんとしたポーリンだったが、すぐに笑顔になった。


真珠のような肌は少し上気し、漆黒の瞳は星を浮かべたように輝いている。

血色のいい唇がきれいな弓形を描き、少し歯が覗くのも魅力的だ。


息が止まりそうなほどチャーミングな笑顔に、思わず私の心臓もバクバクだ。


「嬉しい!ありがとうシンディ、私も大好きよ!――そうだ、それでね、私……」


「どうしたの?」


ぎゅっと抱き着いてきたポーリンは、困ったように視線を彷徨わせる。


「ねえ、シンディは、キール公爵令息のことが好き?恋してる?」


「えっ?ああ、まあ、そうね、多分、……好きよ」


突然の話題転換についていけない私だが、この前のことを思い出し、ぽろりと本心が――そう、本心が出た。認め切れていなかっただけで、とっくに私は恋に落ちていたのだ。


「そっか……好きって、どんな感じ?」


私が何か言う前に、秘密だよ、と人差し指を口に当て、


「『貴族令嬢の仮面も被りつつ、生来の爛漫な気質も失わない――まさに素敵なレディですね』って言われたの。すごく嬉しかったのよ!」


「……なるほど。そう言われて、恋に落ちちゃったのね?」


「きっとそうだと思うの。心臓がドキドキするわ」


コクコクと頷くポーリンに、高校生だった頃を思い出す。

久々の恋バナに顔がにやけるのを抑えつつ、心の中でチェシャ猫みたいに笑いながら問いかける。


「素敵じゃない!よかったら、誰なのか聞いても?」


『王太子妃候補で、絶世の美女と称されるレスリー・ハンナ・ゴードンに勝るとも劣らない、類稀な美貌の持ち主』たるポーリンのハートを射止めたのは、いったい誰なのだろう。

漫画ではサミュエルと結ばれるポーリンだったから、もし彼女が物語と同じく、サミュエルに恋をするなら応援したい……と思ってきた。レスリーも、漫画ではサミュエルにぞっこんだったはずが、なぜだか結婚に躊躇いを感じ始めているようだし……。


「ええと、ね……」


でも、決めたのだ。相手が誰であろうとも、ポーリンの恋を応援すると!さあ、言ってごらんなさい!


「あの方よ。シンディも話していたよね――ライアン・ハミルトン様」


「…………ふぇっ?」


思わず口を半開きにしてしまった私を……ポーリンは真っ赤な顔で見つめてくるのだった。

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