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前話まで進行していた感謝祭編は、中途半端な部分ではありますが、ここで終了し、次の区切りに移りたいと思います。
今まで、私は『物語の本筋に直接関係ない『日常』の場面もたくさん描きたい』という考えのもと、本作品を執筆してきました。
しかし、今回はアレクサンダーとの場面に分量を割き過ぎ、自分でも収拾がつけられなくなってしまいました。
祖父の誕生日やお祭りのシーンなど、回収していない場面もあり、そこを残してしまうのはどうかと思ったのですが、このまま悩んで停滞するより、多少不自然でも再開する方がよいのではないか……と考えた結果です。
このような形になってしまったのは、ひとえに作者である私の力不足です。改めてお詫び申し上げたいと思います。
「来てくれてありがとう、シンディ!嬉しいわ!」
お客さんを優雅にかき分ける、美しいプラチナブロンドが目に入った。
つやつやのガーネット色のドレスに身を包んだポーリンが、私をぎゅっと抱き締める。
彼女の細いウエストを締めるリボンは銀糸のあしらわれた黒いベルベットで、まさに今日の主役と言って相応しい出で立ちだ。
「13歳おめでとう、ポーリン!それにしても、素敵なパーティーね」
「ありがとう。……そうそう、今日はリチャードも来るみたいだよ。挨拶が終わったらまた来るから、一緒に会いに行こうよ」
抱擁を解き、ポーリンと私は、下品にならない程度に周りを見回した。
そう、今日はポーリンの誕生日パーティーだ。まだお客さんはやってきており、ポーリンとスローン伯爵の挨拶まではもう少しかかりそうだが、既にかなりの賑わいを見せていた。
「もちろん。ああ、レスリー様とジェラルディン様も来られたらよかったわね。残念だけど……」
そう言って私が苦笑すると、同じことを思ったらしい彼女も頷いた。
「そうだね……じゃあ、私、そろそろお父さまたちのところに戻るわね。シンディのお母さまたちにもよろしくね」
輝かんばかりの笑顔を浮かべたポーリンが私から離れると、途端に人に囲まれる。
といっても、お茶会やパーティーでよく会う、顔見知りの令嬢か令息ばかりだ。出席する集まりがよく被るというのは、親同士もそれなりに近いもの(家格や考え方など)があるということでもあり、私の中ではポーリンたちの次くらいに親しい人たちである。
そして、もはや恒例となった会話が始まった。
「本当にお美しいわね、ポーリンさんって……気さくな方だとは分かっているけれど、あまりに神々しくて、なかなか話しかけづらいわ!」
「わたくし、先日お茶会でご一緒しましたの。思い切って話しかけてみましたら、ポーリンさんとわたくしが同じ本を読んでいることが分かりましたわ!たくさん語り合えて、本当に勇気を出してみてよかったと思いましたわ」
うっとりと語るのは、子爵令嬢2人組。雪が多い地域に住んでいて、避暑ならぬ避寒のため、冬は王都近くで過ごすらしい。
2人の言葉にうんうん頷いていた男爵令息と伯爵令息も、頬を染めて口を開く。
「感謝祭の準備中、学園でリチャードさんとアリエルさんとお話しする機会があってね。男でも惚れる紳士ぶり、というのだろうか……穏やかな微笑みに、しっとりとした気品。女性たちに人気な理由がよく分かったよ」
「私は、姉の開いたお茶会で、レスリー様とジェラルディン嬢にお会いしました。お2人ともお美しいのは勿論、学園で学ぶ身の私ですら気後れしてしまうような会話をなさっていました……ファルパス風の、高く1つに結った髪型も、素敵なものなのですね」
お互いの言葉に熱心に頷きあい、ほうっとため息を吐く。
……彼らは、私の友人であると同時に、彼らの熱烈なファンであった。言わずもがな、私も彼らの同志だけど。
「それにしてもシンディさん、お久しぶりですね。感謝祭はどうでしたか?」
「ええ、クロークスは雪がすごくって……ですけれど、晴れた後は、それはそれは美しいものでしたわ。一面の銀世界、とはよく言ったものですが、実は、綺麗な雪は、少し青っぽく見えるんですのね。知りませんでしたわ」
そして、アレクサンダーにエスコートしてもらい、輝く銀色の街を見て回ったのだ。もっとも、デートなんて色っぽい雰囲気にはならなかったが……しょっちゅうクロークスに来るというアレクサンダーは『公爵様の小さな坊ちゃま』扱いされており、街中ではずっと微笑ましいものを見る視線が向けられていたからだった。
「それは素敵ですわね!そうね、わたくしたちは、ここのところの冬はずっと王都で過ごしておりましたけれど、来年は領地で過ごすのもよさそうですわ」
お菓子を品定めしながら、女子2人がくすっと笑う。
「どうしますか。みなさんがよかったら、あちらのソファーで話しませんか?」
「ええ、もちろん。お菓子も持ってね!」
とりわけリチャードの大ファンであるという男爵令息・ブライアンが、キャンディをつまみながらも優雅な仕草でソファーを指し示す。2人はビスケットとミルフィーユを、伯爵令息のバーナードは甘党でないらしく、お茶だけ、そして私はマカロンを皿に取り、そちらへ移動する。
そして、それぞれの感謝祭、学園の様子、情報交換などを行ううちに、伯爵の、次いでポーリンの挨拶が始まった。
「ポーリン様、お美しいわ……ああ、まるでこの世に舞い降りた天使、いえ、女神……。透き通るような溌溂としたお声が、いえ、そのお声『も』素敵」
子爵令嬢2人組の片割れ、ポーリン推しのビビアンが、小声でポーリンを礼賛する。模範的なまでの限界オタクの姿であった。もう片割れ・マクシーンは、無言でガン見するタイプのようだ。これも限界オタクの一形態といえるだろう。
「それでは皆様、どうぞお楽しみ下さいませ」
美しいカーテシーを披露し、ポーリンの挨拶が終わる。ドレスの真紅の光沢は動くたびに表情を変え、清廉なポーリンの美貌に華を添えていた。
ホールの中央からは離れたソファーにいた私たちは、ポーリンを囲む人の群れが落ち着くのを待つ。
「そういえば、今日はリチャードも来るみたいですけれど。ブライアン様、せっかくですし、お話してみるのはいかがです?」
にっこり笑って話を振ってみると、ブライアンは顔を真っ赤に染めて首を振る。見よ、このピュアな反応を。
「い、いやいや!そんなの恐れ多いよ。リチャードさんやアリエルさんは、王太子殿下のご学友でいらっしゃるもの。とりわけ、リチャードさんは士官候補科でも大変優秀な成績を取っておられるようで、『王太子殿下の剣』と呼ぶ生徒もいるほどなのだから……」
「でも、一度はお話ししたのでしょう?」
「あの時は、たまたまだったんだよ。用があったから、リチャードさんたちから話しかけてきて下さったんだ。わざわざこちらから声をかけるなんて、申し訳ない」
ぷるぷると首を振りながら答えるその様子は、先程の紳士ぶりからは程遠い。でも、これが彼の素であるようなので、上品な振る舞いは練習の賜物らしい。
このままからかうか、それとも大人しく引き下がるか考えていると、ふと明るい金髪が目に入った。金髪の人はそこまで多くなく、物珍しかったからだろうか。
そして、その金髪の少年は、見慣れた令息たちと連れ立っていた。
私の視線に気づいたのか、彼は隣にいた令息――リチャードに何事か囁いている。
「……シンディ!元気だった?会えて嬉しいよ」
こちらを振り向き、リチャードがひらひらと手を振った。アリエル君と金髪の、そして鳶色の髪の令息と一緒に、こちらにやってくる。
「やあ……バーナード君にブライアン君、それにニコルソン子爵令嬢、リリエンソール子爵令嬢も。こんにちは。いつも僕の幼馴染をありがとう」
4人にも如才なく微笑みかけ、それだけでなく、周りのご令嬢からの熱視線も浴びるリチャード。潤みがちな黒い目とさらさらの髪、柔和な雰囲気は変わらないものの、士官候補科での訓練のためか、体つきが逞しくなっている。
「いいえ、こちらこそ……シンディさんはとてもかわいらしい方ですし。ふんわりした見た目と、時々現れる鋭いお言葉の対比が素敵ですの」
「私もマクシーン嬢に同意です。それに、リチャードさんのお話もいつも聞かせてもらっていますよ」
遠巻きにそわそわする子女たちの視線の中、金髪と鳶色の髪の2人は、気まずそうに笑みを浮かべている。
「……そうそう、ところで、ポーリンさんが皆さんに会いたがっていましたよ。どうでしょう、今から一緒に行きませんか?」
縮こまる彼らを気遣ってか、アリエル君が爽やかに提案する。その笑顔が見える範囲にいた令嬢が頬を染めるのが、もはや気配で伝わってくる。リチャードとアリエル君は男女問わずモテており、私やポーリンを恨めし気に見てくる令嬢もいるのだ。彼女らは、レスリーやジェラルディンは自分よりも格上だと諦めているらしく、……全く、いい迷惑である。
「じゃあ、行こうか」
アリエル君を先頭に、子爵令嬢2人組とブライアンが続く。バーナードと私は、リチャードたちと話しつつ、少し後からついていく。
「そうだ。紹介するよ……ディック・ハミルトンとライアン・ハミルトン。2人は兄弟でね、ディックが子爵家の次期当主なんだ。今は故あって無位だけど、学園を出たら叙爵されると思うよ」
リチャードの紹介を受け、薄い水色の瞳を細めてディックが微笑する。
「お目にかかれて光栄です。ディック・ハミルトンです。よろしくお願いいたします」
「初めまして。ライアン・ハミルトンと申します。どうぞお見知りおきを」
一方、ライアンと名乗った金髪の彼は、同じ色の瞳を瞬かせ、恥ずかしそうに肩をすくめた。
そうか、この人たちは、アリエル君の親戚なのね……そう言われると、なんだか似て見えてしまうのが不思議である。
そんなことを思いながらも、私も『老爺キラー』の異名を付けられた笑みを見せる。
「初めまして。わたくしは、カスター伯爵家長女、シンディと申しますわ。お2人とも、どうぞ、お見知りおきを」
「オハラ伯爵が第4子、バーナード・オハラです。よろしくお願いします」
バーナードと2人が握手を交わす。
ディックとライアンは背格好が似ているが、雰囲気はだいぶ違っている。どちらかというと、ディックはリチャードやアリエル君と同じ、エレガントな雰囲気が漂うタイプ。一方のライアンは、闊達そうな丸い瞳がきらきら輝く、ポーリンと近い『少年らしい』タイプだ。
会話しつつ観察しつつ……2人とも、どうやらかなり勉強に力を入れているようだ。緊張しているのか、やや硬いライアンだが、レスリーやジェラルディンの話すような高度な知識もさらりと出てくる。
やはり、学園では色々のことが学べるようだ。羨ましいと思ううちに、ポーリンのもとへ着く。
「ポーリン。13歳おめでとう。とても素敵だよ。もう来年はデビューだね」
「ありがとう、リチャード!うふふ、なんだか不思議だわ。あっという間ね……あら、そちらのお2人は?」
軽く首を傾げたポーリンのプラチナブロンドが、さらりと滑らかに零れる。私の後ろで、ライアンが息を呑んだのが分かった。まったく、ポーリンは罪深い子である。まあ、少女漫画の主役なのだ、とてつもない美少女であるのも、至極当然かもしれない。
ポーリンからハミルトン兄弟が見えるように、私はライアンの後ろに移動する。
少し赤みがかったレスリーの金髪とはまた違う、明るく、黄色味のある金色の髪。一口に金髪と言えど、色々あるのだなあ……と思って見ていると、
――え。
ライアンの少し長い襟足の、その中でも毛先の部分。
シャツの襟に隠れるか否かの微妙な一部分だけが、金髪ではなかった。
その部分の色は、赤。――燃え上がるような、混じり気のない赤。
「あ……リチャード…………」
談笑する3人を優しく見ていたリチャードの袖を、そっと引く。
「ん?どうしたんだい、シンディ」
炎を思わせる赤髪に、清流を思わせる薄水色の瞳。
レスリーと初めて会った時以上の衝撃に、視界がぐらぐら揺れるのを感じた。
膝から崩れ落ちそうな感覚に耐え、何と尋ねればいいか頭を回転させる。
「ライアン様の、襟足」
振り返って背をかがめた彼に、本当に密やかな声で、囁いた。
それを聞いて、慌ててまた振り返ったリチャードは、そのまま凍り付いてしまう。
「どうして、この方がいらっしゃっているの――」
その先は、敢えて言わないことにした。万が一にも周りに聞こえたら困るし、リチャードは既に顔面蒼白だ。
でも、言いたいことは伝わっているはずだ。
どうして、王太子――サミュエル・ペーター・ロードウィンがここにいるのか、と。




