閑話・3――とあるメイドの大晦日
書きためていた分が、ある程度の量になったので投稿します。
お休みはもう少し続く予定ですが、待ってくださっている皆様、本当にありがとうございます。
大晦日――言うまでもなく、1年の最後の日だ。
世界中の多くの人は、穏やかな夜を過ごしているのだろう……と思うが、私には無縁のことだった。
豪奢な部屋で、執務机に座った部屋の主に正対する。
「ファルパスでの、シュパールヴァッサの売り上げはどうなっている?」
「全体的に見れば、例年程度といえるでしょう。しかし、ブリュレ公爵家やその周辺など、一部の顧客がギャラハーに流れているようです」
私がそう答えると、彼は小さく舌打ちした。
「出店計画は?」
しかし、声にも口調にも感情は現れず、あくまで淡々と尋ねてくる。
対する私も、いかにもメイドらしく、慇懃に答えた。
「ファルパスで最終段階まで進めていたものが1店、構想段階だったものは3店が断念されています」
「その3店には、ロードウィン向けに企画されていたものも含まれているのか?」
「左様でございます」
それを聞いて、流石の彼も僅かに顔を顰めた。
「ブリュレ公爵家は、ギャラハーの経営者一家が遠縁に当たると判明して以降、積極的にギャラハーの商品を利用しています。ファルパスでの菓子販売はシュパールヴァッサが最大手でしたが、流石は公爵家……影響力は侮れません」
「貴族向けの菓子は、ほとんどシュパールヴァッサが担っていたからな……ファルパスの菓子文化の遅れにつけ込むつもりだったが、却ってギャラハーの菓子が新しく映ったか」
再び聞こえた舌打ちにも、私は反応を示さない。
面倒だからだ。彼は私の主ではない。
ただ、私の主が、彼に従っているというだけ。
「思った以上に、目障りだな……ザーラ、ギャラハーの店の方に手出しはできないか?」
「先日、料理の心得があるものを1人送りました。試用期間さえ乗り切れば、見習いからではありますが、正式に雇用されるかと」
「ほう。流石に仕事が早いな」
感心した、というような薄い笑みが彼の顔に浮かぶ。
青と紫、どちらともつかない魅惑的な色の瞳が細められ、じっと私を見た。
「恐れ入ります。旦那様のご指導の賜物にございますれば」
やはり、次期国王というだけあって、美貌の使い方をよく心得ている。
もっとも、訓練されている私には響かないのだが……。
「旦那様、か……いつ聞いても、君は忠誠心が厚いね」
「命を助けて頂いた恩を、どうして忘れることがありましょうか」
お互いに無感情なまま続く会話。
私は彼が好きではない。旦那様が彼に心酔しているのが、残念ながら理解できなかった。
それに、彼も私が苦手なのだ。
「では、もし、彼が僕を裏切ったら、君も裏切るということで合っているか?」
「左様でございます。……ですが、旦那様があなたを裏切るとは思えません――コルネリウス・ゲッツ・ヴィリ殿下、旦那様と志を同じくするお方」
敢えて正式な名を呼べば、ははは、と場違いに華やかな笑いが聞こえた。
それに反応を示さない私も、彼も、どちらもまるで道化のようだ。
「やはり、僕は君が苦手だ。彼は君を可愛がっているが、僕からしたら、アンゲラ嬢の方が好ましい」
「アンゲラお嬢様も、殿下に心酔していらっしゃいますご様子ですので」
苦手だ、などと言いながら、彼は私を殺したりはしない。
そんなこと、ここエルラーツの第1王子である彼には容易いのだが。
役に立てば使う。立たなければ捨てる。――今のところ、私は有用である、それだけだ。
「それにしても、早く君から『陛下』と呼ばれるようになりたいものだが」
最初の無表情が嘘のように、まるで、夜会にでも出たかのような微笑が私に向く。
彼は、安売りにならない程度に笑みを振り撒き、時には特別な笑顔を見せ、そうやって老若男女を籠絡してきた。
「ご冗談を……わたくしは一介のメイドにございます。殿下が『陛下』になられる頃には、わたくしめが御前に参上することは最早ございません」
対する私は、彼に対しても、あくまで凪いだ表情でいることしかなかった。
メイドとは、そういうものだ。
「君は相変わらずだ。まあいい……ところで、君のところのお嬢様はどうだ?聞いたところによると、エルラーツ語の教師を招くそうだが。どういうことだ?」
「申し開きのしようもございません。伯爵が独自の機密性の高いルートを使っていたようで、妨害は不可能でした。……必要とあらば、他家の者にも動くよう指示を出しますが」
自分の落ち度だから、この件は責められても仕方ない。素直に謝罪の意を示す礼をとった。
「いや、そこまでするのは様子を見てからでいい。だが、教師が誰かを早く突き止めろ」
「畏まりました」
彼は無言で頷いた。凝った細工の耳飾りが揺れる音が、微かに響く。
「……殿下。ゴードン公爵に動きがありましたので、そちらもご報告致します」
「ああ。やはりか。……話せ」
「ロードウィン国王とゴードン公爵が、3回ほど秘密裏の会談を行っておりました。レスリー・ハンナを正式に婚約者とし、数カ国に根回しをした上で対外的に発表する予定のようです。しかし、時期については意見がまとまっていません。公爵は焦っているようですが、国王はまだ慎重なままです」
最後まで聞くと、彼は不愉快そうに髪をかき上げた。
「あの時と同じ手を使おうと思っても無駄だ。エルのことを正式に打診すれば、向こうの隙を突ける。いや、いっそ訪問するか」
「……恐れながら、王女殿下はまだ14歳でいらっしゃいます。打診はともかくも、国外に出るには15歳を過ぎてからではなくては」
「……いや。分かっている。全く、厄介な慣習だ……あと1年、何とか長引かせることはできないか?」
「申し訳ございませんが、そこまでの範囲になりますと、わたくしの手には負えかねます。……ですが、レスリー・ハンナの方に傷をつけるくらいでしたら、あるいは可能かと」
「そうか……分かった。こちらで検討してから、追って指示を出す。君は、しばらくは家庭教師の特定とギャラハーの監視に専念しろ」
言葉が終わると共に、彼の美しい手がひらひらと振られた。
『下がれ』という意味のジェスチャーだ。
「承知致しました。……では、殿下。よいお年をお迎えくださいませ」
最上の礼をとり、私は、さっさと息苦しい部屋から去る。
ああ、そういえば、あの子に『よいお年を』って言っていないな――と思いながら…………




