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吹雪は、相変わらずの勢いだ。
明日、お母さまやお父さまは来られるのだろうか?
最初は物珍しかった吹雪だが、今はもう若干鬱陶しく感じていた。
全てのクッキーを焼き終え、暇な私は昼食を待つのみである。
窓の外――ごうごうと音を響かせる吹雪を無感動に見つめる私に、アレクサンダーが上機嫌で近づいてきた。
「ああ……やっと課題が終わったよ。シンディ、こちらまでクッキーのいい香りがしていた。楽しみだ」
何やら、冬季休暇の課題をやっていたらしい。アレクサンダーは随分と余裕そうだな……と自分の高校時代を思い出し、彼に尋ねる。
「アレックス様。学園の課題というのは、どのようなものなんですの?」
「何だ、興味があるのか?……そういえば、シンディは数学や歴史も得意だと聞いたが」
「いえ、得意というほどでは……歴史は興味もありますし、先生の授業がわかりやすかったおかげですわ」
これは本当だ。ディクソン先生の授業は面白く、長い授業でも全く飽きなかった。
……数学に関しては、前世の記憶があるから得意なだけです、と言い訳したいのを飲み込んで、にっこり笑う。
「なるほどな。……課題、気になるようなら持ってきてやろう」
□■□
「これは……難しいですわね」
アレクサンダーが持ってきてくれた課題を手に、私は唸った。
簡単に言うと、『亡くなった先代から引き継いだ領地が赤字経営だった。どうやって立て直すか?……なお、先代から一切の詳細は知らされていなかったとし、違法行為は手段として用いることはできない』という問題である。
「確か、政務科というのは、領地経営を主に学ぶのでしたね」
「ああ、そうだな。……まあ、俺のような次男以下――継ぐ領地がない令息は、仕事探しか、あるいは結婚後に活かすわけだが」
くすりと笑って、彼は私の隣の椅子を引いた。
「これは、過去実際にあったケースをベースにしている。一緒に配られた資料もだ。ちなみに、問題のモデルになった領主は、領地の経営を立て直すことに成功しているぞ」
その説明よりも、とんとん、と問題文を叩くアレクサンダーの指に目が行ってしまって――綺麗な手の形をしているな、とぼんやり思う。
「……聞いていたか、シンディ?」
「…………聞いておりましたわ」
嘘ではない。半分くらいは聞いていたつもり……である。
「あ……アレックス様は、どのようにお答えになったんですの?」
アレクサンダーの手に見惚れていたなんて――追及されたら恥ずかしいのは私なので、少しだけ話を逸らす。
「俺か……最も基本的な方法の1つと言えるが、領地の目玉といえるモノを伸ばすことにした。この領地では養蜂が行われていて、気候としてもかなり向いている」
彼は資料を見せてくれて、その領地で行われる産業のページを手で示す。
「先代はほとんど目を向けていなかったようで、ごく近くの領主相手に僅かに売っていただけ。しかし、蜂蜜を採れるのはこの地方ではこの近辺のみだ。どうやら、花の種類の問題らしいが――」
□■□
「――と、まあ、そういうわけだ」
20分近い熱弁を振るってくれたアレクサンダー。私からしたら物珍しく、それと同時に興味深かった。
「アレックス様、すごいんですのね」
純粋に尊敬の眼差しを向ければ、もうすっかり見慣れたドヤ顔が返ってきた。この従兄も、相変わらずだ。
これでも、外ではふんわりと微笑を返すらしいが……マジですか?
「まあ、俺が言ったのはあくまで理想論だがな。実際には、ここまで上手くはいかないだろう。習ったことをそのまま使っただけだからな」
ドヤ顔から少し渋い表情になり、彼は軽く首を振った。
……まあ、確かに、そうかもしれない。
「ですが……わたくしでは、このようなプランを考えることすらできませんわ」
自分で言っておいて、何だか少し落ち込んでしまう。
習っただけとはいうものの、説明してくれたときのアレクサンダーはイキイキしていた。
……それを見て、ずっとできなかった物理の問題を解けたときの達成感を思い出したのだった。
高校生の時はあんなに嫌だったのに、勉強できることが羨ましい日が来るとは……。
「いや、それは仕方ないだろう?お前は、領地経営の勉強なんてしていないんだ」
肩を落とした私を気遣ってか、彼はぽんぽんと私の頭を叩いた。
その手の暖かさと声の穏やかさに、少し気分が浮上する。
「それに、ロードウィンの令嬢は誰も学園に通っていないだろう?お前が不出来なわけじゃない。だから、そんなに気落ちするな」
……しかし、その言葉が、再び私の心を動揺させた。
当たり前のように学校に通っていた日本とのギャップに、まだ納得がいっていない。
「……それは、そうですけれど」
納得いかずに反駁してしまうのは、相手がアレクサンダーだからだろうか。
私は、どうも、彼相手には素直になりすぎてしまう。
「どうした?」
「……わたくしは、勉強できるアレックス様が羨ましいのですわ」
ふわり、と私の髪を指に絡めて、不思議そうにアレクサンダーはこちらを凝視した。
長い睫毛で影が落ちた瞳が間近に迫り、私はつい目を逸らす。
「なぜだ?……女は、長子でも爵位や領地を継ぐことはできないだろう? 家庭教師でも目指しているのか?」
心底不思議、という気持ちが声から伝わってきた。そして、その声に嫌悪感がないことに安堵する。
でも、分かってくれないことが少し悲しくて。
「……なぜ、でしょうね?」
――ロードウィン人として、彼の反応は当たり前のものだった。
もっとひどい対応をしてくる人がいるというのも、想像に難くはない。
「……シンディ…………」
「ごめんなさい、アレックス様。……うまく説明できないのです」
彼を困らせたことが心苦しくて、せめても……と私は微笑した。
一度離れた彼の手が、その暖かさが、もう恋しかった。
「お話、興味深かったですわ。よろしかったら、また聞かせて下さいません?」
私は、今度は彼の目をしっかり見つめる。
……見開かれた灰色の瞳が、ゆっくりと弧を描いた。
血の色が透けた暖かい色の唇から、八重歯が覗く。
「もちろんだ。……精々、俺の話についてこれるようになるんだな」
優しくて、そして自信ありげなその表情に目が釘付けになる。
……ああ、私は。
「ええ、分かりましたわ。精々、わたくしの飲み込みの早さに驚いて下さいまし」
「よく言ったな。それでこそ、俺の従妹だ」
そのまま、2人で笑い合う。
その楽しさに、胸の中で、ゆったりと何かが形をとりそうになった時。
「ああ、げほんげほん。
アレクサンダー。課題終わったみたいだね――っ、と、そんなに睨まないでおくれよ」
「……睨んでいません」
自室から戻ったマシュー様のわざとらしい咳払いに、私たちは慌てて距離を取るのだった。




