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そのまま、何となくマシュー様と世間話をしていると、アレクサンダーが飛び起きた。
ほら、うたた寝していた人が、急にビクッとなって起きる……授業中によくあるやつだ。
「お目覚めですね。おはようございます、アレックス様」
「ん、んん……おはよう」
寝起きのためか、いつもより邪気の抜けたような、かわいらしい表情だ。
灰色の目を何度か瞬かせて、前髪を雑に手で整えている。
「よく寝ていたね。大丈夫?昨夜、あまり寝られなかったの?」
マシュー様が、心配そうに彼を伺う。どうやらマシュー様は面倒見のいいタイプのようで、リチャードのような『お兄ちゃん』気質の持ち主なのだ。
「いえ、まあ、そうですね……少し」
アレクサンダーは恥ずかしそうに目線を彷徨わせ、冷めてしまった紅茶に口をつけた。
「寝不足は健康の大敵ですわ。明日は忙しいのですから、今夜は早くお眠りになったらいかがですの?」
高校生だった頃、テスト前に三徹した友達がいたのを思い出す。
真っ黒い隈をつけた彼女の、いっそ爽やかな笑顔は、社畜気味のお父様に通じるものがあった。
「そうだな……今日は早く寝るよ。新年の挨拶で方々に行かなくてはいけないしな」
ふわあ、とあくびを1つして、彼は私に向かってニヤッと笑った。
やっぱり……顔が、いい。
そう思うと、途端に頰が熱くなり、私は目を逸らした。
「あはは、初々しいねえ」
生温い微笑を浮かべながら、マシュー様が私とアレクサンダーを交互に見やる。恥ずかしいなコレ。
□■□
その半端な空気の中、結局は思い思いに過ごしていると、
「あら、みんなこっちにいたのね」
お祖母さまがやってきた。
「ねえ、シンディ、お昼の準備が始まる前に、クッキーを焼いてしまいましょう?」
ソファに腰を下ろし、ついてきた侍女が手早く淹れた紅茶を飲みつつお祖母さまが笑う。
「はい、わかりました」
ロードウィンでは、新年のクッキーを焼くのは妻と娘の仕事……ということになっている。
これは貴族でも同様で、むしろ貴族社会では、クッキーを焼けない女性は大減点らしい。恐ろしい話だ。
(聞いたところによると、古代の精霊崇拝が盛んだった頃の名残らしい。
年末に、感謝の気持ちとして精霊に捧げるものだったようで、そのために家の女主人が焼くことを求められた)
「そういえば、母の作るのとこっちのは、ちょっと違うんだよね……こっちの方がジンジャーが強くって。コニーのところは少し塩気があるけど、あれも美味しいんだよ……」
「そうですね。確かに、長兄の婚約者様の家は、かなり甘いんです。父方の叔母上がくれるのは、形がバネのようになっていますけど……」
しかし、毎年食べるだけの男性陣は気楽なものである。うらやましい。
あ、でも、バネの形っていうのは気になるけど……。
「ふふ。全く、お坊ちゃんは気楽なものよねえ――それにしても、バネ形って何かしらね?」
そっと囁いてきたお祖母さまも、私と同じことを思っていたらしい。
何だか嬉しくて、思わず笑みをこぼした。
「ふふっ……そうですわね、わたくしも気になりますわ、お祖母さま」
□■□
エプロンを借り、髪を纏めてもらった後、お祖母さまと厨房に向かう。
既に数人の使用人が控えていて、材料と道具を並べてくれていた。
「さあ、作りましょ」
「はい!」
前もって暖炉のそばに置いておいたバターに、砂糖を混ぜる。
「あら、シンディは筋がいいわね」
レシピこそ違うが、前世のバレンタインは毎年クッキー派だった『私』。
120枚くらい焼いた年もあっただろうか……2月13日は徹夜だった。
そのため、お母さまに教わったからというのもあるが、クッキー作りは割と慣れているのだ。
「ええ、お母さまに鍛えて頂いていますもの」
「まあ!あの子も小さい頃は危なっかしかったのにねえ。きちんと教えられるようになったのね」
にこにこしながらも、そんなお祖母さまこそ手際よく混ぜている。
お祖母さまのボウルを覗けば、もう砂糖とバターは混ざりきっていた。わあ、さすがだ。
しっかり混ざったら、小麦粉を加え、さらにジンジャーシロップも足す。
「シロップが甘めだから、最初の砂糖は少なめにするのよ」
「分かりました。お祖母さまのレシピの甘さの加減、わたくし大好きですわ」
「嬉しいわ。私の祖母のはかなり甘くて……母が少し甘さ控え目にしたのよ」
そんなことがあったとは。
歴史が長い分、このクッキーにも色々な物語があるわけね……。
などと考えながら、とにかく頑張って混ぜていると、次第に腕が疲れてくる。シンディ(の体)はまだ12歳なのだが……筋肉が足りないのだろうか?
「シンディの方も、もうだいぶ混ざったわね。これ、入れてね」
筋肉の上げる悲鳴を無視して、無心で混ぜるうちに、やっとお祖母さまからOKが出た。
お祖母さまが示したのは、シロップに漬けられていたであろうジンジャー。
小さく刻まれたそれらをボウルに開け、今度は軽く混ぜる。
「いい具合ね」
「よかったですわ」
ふう、と一息つくが、まだまだこんなものでは終わらないのだ。
バレンタインもなかなかのハードワークだったが、新年のクッキーは尋常じゃない量を作らなくてはいけない。
「さ、この調子でどんどんいきましょうね」
「ええ、そうですわね。まだまだこれからですわ!」
「そうそう。その意気よ、シンディ」
気合いを入れて大きく頷くと、私たちは、また新たなボウルを引き寄せるのだった。
□■□
……はあ、終わった。
腕が見事に動かなくなった頃、オーブンではジンジャークッキーの第三陣が焼かれていた。
火加減の調整は、料理人とお祖母さまがやっている。曰く、12歳のシンディはまだ危ないとのこと。
することがない私は、お祖母さまから味見係に任命され、第一陣と第二陣のクッキーの味や焼き加減を確かめている。
当然ながら味は抜群だし、焼き加減も全く問題ない。
本当はたくさん食べてしまいたいが、そうもいかず……数枚食べて後はお預けになってしまった。暇だ。
だるーくなった腕を、下品にならない程度にこっそりぷらぷら振る。
目の前の素敵なクッキーを見ながら――ああ、美味しそうだなあ、お菓子ってやっぱいいなあ――、ふと思い出した。
「お菓子……プレゼント……1月……ポーリンの誕生日……あああ……」
なんて自分は薄情な奴なんだ。
確か、ジスレーヌに頼んで、ギャラハーでちょっと豪華なお菓子を買おうとしていた……はずだった。
しまった、まだ間に合うだろうか。親友の誕生日を忘れるなんて。
いや、正確には、日付はもちろん覚えていたのだ……そう、プレゼントを忘れていた。
「あっ、シンディ、どうしたの?顔が真っ青よ……!」
血の気が引いているのが自分でも分かったが……お祖母さまがふと私を見て、大慌てしている。
「友人の誕生日プレゼントを、忘れていましたの……ギャラハーのお菓子をあげようと思っていましたのに……」
「あら、まあ。そのお友達の誕生日はいつなの?」
「1月の22日ですわ」
情けなさに項垂れる私に、お祖母さまは優しく言う。
「ギャラハーの既製品なら、まだ間に合うわよ。それか、うちの領で買っていくのはどう?感謝祭の時期は、クロークスにも珍しいお菓子がたくさんあるのよ」
「感謝祭……そうですわね!ありがとうございます、お祖母さま」
一縷の望みを取り戻し、私はほっと息を吐いた。よかった……。
「ええ、どういたしまして。雪が止んだら、きっとすぐ始まるわよ……明日のお昼くらいにはね。そうしたら、アレックスと行ってらっしゃいな」
「えっ……アレックス様と、ですの?」
最後の一言に慌てて顔を上げると、どこかお祖父さまに似た笑顔のお祖母さま。
「せっかくだもの、デートしてらっしゃい」
…………もしかして、この前の一件をご存知なんでしょうか。
「……わ、わかりましたわ」
デートですって、デート。
雪の積もった綺麗な街並みで、ああ、彼なら、スマートにエスコートとかしてくれそうだな……そう、俺様オーラ全開の微笑みを浮かべて。
「ん…………デート?」
前言撤回。
「どうしたのシンディ、真っ赤になって」
「お祖母様さま……」
「なあに?」
「デート、ですの?」
「ええ。2人で、感謝祭を見てきなさいな」
2人で。感謝祭。アレクサンダーと……デート。
「……や、やっぱりわかりませんでしたわ」
恥ずかしい。顔が溶けそうだ。
一瞬、何か脳内で妄想的な何かが生まれてしまっ……て、ないよね。
「アレックスなら、きっと余裕の表情でエスコートしそうねえ。シンディも、そう思わない?」
「ソウデスワネ……」
……恥ずかしさのあまり、片言になってしまったのも、仕方ない――よね。




