表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/53

37

活動報告ページで、キャラクターイラストを公開しています!!

よろしければ是非是非ご覧下さい!








そのまま、何となくマシュー様と世間話をしていると、アレクサンダーが飛び起きた。

ほら、うたた寝していた人が、急にビクッとなって起きる……授業中によくあるやつだ。


「お目覚めですね。おはようございます、アレックス様」


「ん、んん……おはよう」


寝起きのためか、いつもより邪気の抜けたような、かわいらしい表情だ。

灰色の目を何度か瞬かせて、前髪を雑に手で整えている。


「よく寝ていたね。大丈夫?昨夜、あまり寝られなかったの?」


マシュー様が、心配そうに彼を伺う。どうやらマシュー様は面倒見のいいタイプのようで、リチャードのような『お兄ちゃん』気質の持ち主なのだ。


「いえ、まあ、そうですね……少し」


アレクサンダーは恥ずかしそうに目線を彷徨わせ、冷めてしまった紅茶に口をつけた。


「寝不足は健康の大敵ですわ。明日は忙しいのですから、今夜は早くお眠りになったらいかがですの?」


高校生だった頃、テスト前に三徹した友達がいたのを思い出す。

真っ黒い隈をつけた彼女の、いっそ爽やかな笑顔は、社畜気味のお父様に通じるものがあった。


「そうだな……今日は早く寝るよ。新年の挨拶で方々に行かなくてはいけないしな」


ふわあ、とあくびを1つして、彼は私に向かってニヤッと笑った。


やっぱり……顔が、いい。


そう思うと、途端に頰が熱くなり、私は目を逸らした。


「あはは、初々しいねえ」


生温い微笑を浮かべながら、マシュー様が私とアレクサンダーを交互に見やる。恥ずかしいなコレ。




□■□



その半端な空気の中、結局は思い思いに過ごしていると、


「あら、みんなこっちにいたのね」


お祖母さまがやってきた。


「ねえ、シンディ、お昼の準備が始まる前に、クッキーを焼いてしまいましょう?」


ソファに腰を下ろし、ついてきた侍女が手早く淹れた紅茶を飲みつつお祖母さまが笑う。


「はい、わかりました」


ロードウィンでは、新年のクッキーを焼くのは妻と娘の仕事……ということになっている。

これは貴族でも同様で、むしろ貴族社会では、クッキーを焼けない女性は大減点らしい。恐ろしい話だ。


(聞いたところによると、古代の精霊崇拝が盛んだった頃の名残らしい。

年末に、感謝の気持ちとして精霊に捧げるものだったようで、そのために家の女主人が焼くことを求められた)


「そういえば、母の作るのとこっちのは、ちょっと違うんだよね……こっちの方がジンジャーが強くって。コニーのところは少し塩気があるけど、あれも美味しいんだよ……」


「そうですね。確かに、長兄の婚約者様の家は、かなり甘いんです。父方の叔母上がくれるのは、形がバネのようになっていますけど……」


しかし、毎年食べるだけの男性陣は気楽なものである。うらやましい。

あ、でも、バネの形っていうのは気になるけど……。


「ふふ。全く、お坊ちゃんは気楽なものよねえ――それにしても、バネ形って何かしらね?」


そっと囁いてきたお祖母さまも、私と同じことを思っていたらしい。

何だか嬉しくて、思わず笑みをこぼした。


「ふふっ……そうですわね、わたくしも気になりますわ、お祖母さま」



□■□



エプロンを借り、髪を纏めてもらった後、お祖母さまと厨房に向かう。

既に数人の使用人が控えていて、材料と道具を並べてくれていた。


「さあ、作りましょ」


「はい!」


前もって暖炉のそばに置いておいたバターに、砂糖を混ぜる。


「あら、シンディは筋がいいわね」


レシピこそ違うが、前世のバレンタインは毎年クッキー派だった『私』。

120枚くらい焼いた年もあっただろうか……2月13日は徹夜だった。

そのため、お母さまに教わったからというのもあるが、クッキー作りは割と慣れているのだ。


「ええ、お母さまに鍛えて頂いていますもの」


「まあ!あの子も小さい頃は危なっかしかったのにねえ。きちんと教えられるようになったのね」


にこにこしながらも、そんなお祖母さまこそ手際よく混ぜている。

お祖母さまのボウルを覗けば、もう砂糖とバターは混ざりきっていた。わあ、さすがだ。


しっかり混ざったら、小麦粉を加え、さらにジンジャーシロップも足す。


「シロップが甘めだから、最初の砂糖は少なめにするのよ」


「分かりました。お祖母さまのレシピの甘さの加減、わたくし大好きですわ」


「嬉しいわ。私の祖母のはかなり甘くて……母が少し甘さ控え目にしたのよ」


そんなことがあったとは。

歴史が長い分、このクッキーにも色々な物語があるわけね……。

などと考えながら、とにかく頑張って混ぜていると、次第に腕が疲れてくる。シンディ(の体)はまだ12歳なのだが……筋肉が足りないのだろうか?


「シンディの方も、もうだいぶ混ざったわね。これ、入れてね」


筋肉の上げる悲鳴を無視して、無心で混ぜるうちに、やっとお祖母さまからOKが出た。

お祖母さまが示したのは、シロップに漬けられていたであろうジンジャー。

小さく刻まれたそれらをボウルに開け、今度は軽く混ぜる。


「いい具合ね」


「よかったですわ」


ふう、と一息つくが、まだまだこんなものでは終わらないのだ。

バレンタインもなかなかのハードワークだったが、新年のクッキーは尋常じゃない量を作らなくてはいけない。


「さ、この調子でどんどんいきましょうね」


「ええ、そうですわね。まだまだこれからですわ!」


「そうそう。その意気よ、シンディ」


気合いを入れて大きく頷くと、私たちは、また新たなボウルを引き寄せるのだった。



□■□



……はあ、終わった。


腕が見事に動かなくなった頃、オーブンではジンジャークッキーの第三陣が焼かれていた。


火加減の調整は、料理人とお祖母さまがやっている。曰く、12歳のシンディはまだ危ないとのこと。


することがない私は、お祖母さまから味見係に任命され、第一陣と第二陣のクッキーの味や焼き加減を確かめている。

当然ながら味は抜群だし、焼き加減も全く問題ない。

本当はたくさん食べてしまいたいが、そうもいかず……数枚食べて後はお預けになってしまった。暇だ。


だるーくなった腕を、下品にならない程度にこっそりぷらぷら振る。

目の前の素敵なクッキーを見ながら――ああ、美味しそうだなあ、お菓子ってやっぱいいなあ――、ふと思い出した。


「お菓子……プレゼント……1月……ポーリンの誕生日……あああ……」


なんて自分は薄情な奴なんだ。

確か、ジスレーヌに頼んで、ギャラハーでちょっと豪華なお菓子を買おうとしていた……はずだった。

しまった、まだ間に合うだろうか。親友の誕生日を忘れるなんて。

いや、正確には、日付はもちろん覚えていたのだ……そう、プレゼントを忘れていた。


「あっ、シンディ、どうしたの?顔が真っ青よ……!」


血の気が引いているのが自分でも分かったが……お祖母さまがふと私を見て、大慌てしている。


「友人の誕生日プレゼントを、忘れていましたの……ギャラハーのお菓子をあげようと思っていましたのに……」


「あら、まあ。そのお友達の誕生日はいつなの?」


「1月の22日ですわ」


情けなさに項垂れる私に、お祖母さまは優しく言う。


「ギャラハーの既製品なら、まだ間に合うわよ。それか、うちの領で買っていくのはどう?感謝祭の時期は、クロークスにも珍しいお菓子がたくさんあるのよ」


「感謝祭……そうですわね!ありがとうございます、お祖母さま」


一縷の望みを取り戻し、私はほっと息を吐いた。よかった……。


「ええ、どういたしまして。雪が止んだら、きっとすぐ始まるわよ……明日のお昼くらいにはね。そうしたら、アレックスと行ってらっしゃいな」


「えっ……アレックス様と、ですの?」


最後の一言に慌てて顔を上げると、どこかお祖父さまに似た笑顔のお祖母さま。


「せっかくだもの、デートしてらっしゃい」


…………もしかして、この前の一件をご存知なんでしょうか。


「……わ、わかりましたわ」


デートですって、デート。

雪の積もった綺麗な街並みで、ああ、彼なら、スマートにエスコートとかしてくれそうだな……そう、俺様オーラ全開の微笑みを浮かべて。


「ん…………デート?」


前言撤回。


「どうしたのシンディ、真っ赤になって」


「お祖母様さま……」


「なあに?」


「デート、ですの?」


「ええ。2人で、感謝祭を見てきなさいな」


2人で。感謝祭。アレクサンダーと……デート。


「……や、やっぱりわかりませんでしたわ」


恥ずかしい。顔が溶けそうだ。

一瞬、何か脳内で妄想的な何かが生まれてしまっ……て、ないよね。


「アレックスなら、きっと余裕の表情でエスコートしそうねえ。シンディも、そう思わない?」


「ソウデスワネ……」


……恥ずかしさのあまり、片言になってしまったのも、仕方ない――よね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ