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そして、3日後――1年の最後の日がやってきた。
日本だったら、朝から色々な特番が放送されているだろう。
「おはよう、シンディ」
「お祖母さま、おはようございます」
両親と伯父さま夫婦は、大人の付き合いもあって一昨日の朝に帰ってしまったので、祖父母と私、マシュー様とアレクサンダーが残っている。
「今年も1年あっという間だったわねえ」
「そうですわねえ」
寒い朝に嬉しい、ジンジャーシロップ入りの紅茶を飲みながら待っていると、間もなく3人もやってきた。
「しかし、今年ももう終わりか。今日は雪が降りそうだぞ」
「ええ、そうね……シンディは、雪は初めて?」
初めて……まあ、『シンディ』は初めてだ。『私』は日本でよく見ていたので、あまり珍しくはないが……。
「そうですわね……物心ついてからは、ないように思いますわ」
「やっぱり?雪景色って綺麗なのよ、一面が銀世界になるの」
「僕たちは、ちょうど感謝祭の時期に降ると、雪合戦をしていたものだけど……ここ数年は、感謝祭には降っていませんでしたね」
口々に、雪の魅力を説いてくるみんな。確かに、『私』が住んでいたところは、一面銀世界というほどは降らなかった。2日か3日くらいで消えてしまう量の雪しか見たことがなかったから、クロークスの雪は魅力的だった。
□■□
1年の最後の日のための祈りを捧げ、朝食が終わる。
すると、タイミングを見計らったかのように雪が降り始めた。
「わあ……すごい」
雪はみるみるうちに勢いを増し、気づけば、かつてニュースで見たような豪雪地帯そのものである。吹雪みたいだ。
「相変わらず、ここの雪はすごいな」
窓際のソファーに座り、外の景色にかじりついている私に、アレクサンダーがカップを差し出してくれる。
「ありがとうございます、ええ、驚きましたわ……」
半ば上の空で答えると、彼は私の横にひょいと座った。
視界の端に彼の髪が映って、ふと意識がそちらに持っていかれる。
「わ、何だ?」
そのままアレクサンダーの顔を見ると、目が合った。
びっくりしたように彼が仰け反るのが面白くて、くすくす笑ってしまう。
窓に突いた指は冷たいのに、体はじんわりと暖かい。
「まあ、そんなに驚かなくてもよろしいでしょうに」
「いや、驚くだろう。すごい勢いでこちらを向いたぞ、お前……ねえ、マシューさん」
失念していた。
祖父母は当主夫婦として色々あるらしく、足早に退出していったが……マシュー様もいたのだ。振り返ると、本のページを繰る手を止めて、マシュー様が笑った。
「仲直りできたようで何よりだよ」
それだけ言って、また彼は小説の世界へ帰っていく……いや、私たちの話も聞いているに違いない!
アレクサンダーばかり意識していたことに気づき、きまり悪くて仕方ない。
横目で彼を伺うと、向こうも向こうで、バツの悪そうな顔をしている。
「……雪、すごいですわね」
熱くなった頰を冷やそうと、私はかじかんだ指先を頰に当てるのだった。
□■□
しばらくすると、申し訳ないが雪にも見飽きてしまったので、伯母さまに借りっぱなしになっていた本を読むことにした。
マシュー様に預ければいい、とのありがたい申し出に甘えていたのだ。
私までもが小説を読み始めてしまったので、暇そうにアレクサンダーは紅茶やお菓子をつまんでいるようだった。
そして、私がその本を読み終わった頃には、だいぶお昼の時間が近づいてきていた。
「……はあ、面白かった」
そう独り言つと、マシュー様がこちらを向いて微笑した。
「よかったね。それは僕も気に入っているんだ。シンディちゃんは歴史物語も好きなんだね」
「はい。騎士には、やはりロマンがありますものね」
「そうだね……甲冑に身を包み、馬上槍で戦うって、まさに騎士って感じだよね。まだ銃もなかった頃だから」
「ええ、そうですわね……主人公と姫君の恋もロマンチックでしたわ」
本当に素敵な小説だった。しみじみ頷くと、からかうようにマシュー様が笑う。
「やっぱり、シンディちゃんも武勇に優れた男性の方がお好みかな?」
そして、別のソファーで船を漕いでいるアレクサンダーを見た。
「アレックス様は、確か、学園では政務科で学んでおられますよね……」
考えながら、士官候補科にいるリチャードの顔を思い浮かべる。
『シンディ』の死の後、サミュエルを守ってリチャードは死んでしまう。
本物の彼を知ってしまうと、それはどうしても阻止したい事件の1つである。
「……戦場に行かれるのは心配ですから、わたくしは、騎士や軍の方でなくてもよろしいですわ」
……リチャードの死も、私にかかっていなくもないけれど。
シンディが死ななければ、リチャードが死に急ぐようになる……なんてこともないはずだ。
「そんな心配そうな顔しないで、シンディちゃん。ごめんね」
マシュー様の言葉で我に返ると、彼は気まずい表情で私のことを見つめていた。
「僕の婚約者――コニーも同じことを言っていたよ……」
「いいえ、大丈夫ですわ。ところで……マシュー様のご婚約者様は、コニー様とおっしゃるのですね。どんな方なのですか?」
「ええと……僕より1つ歳上なんだ。しっかり者なんだけど、2人きりになると、それはもう、かわいくて……どんなお菓子よりもコニーの笑顔は甘くて素晴らしいよ」
コニーさんの話を振った途端に、マシュー様の顔がとろける。ちょっと引いてしまいそうだ。
「さ、左様ですの……やはり、お祖父さまがお決めに?」
「うん、そうなんだよ。お祖父さまには感謝してもしきれないよ……コニーがいない人生なんて考えられないな。僕は本当にツイていると思うよ。貴族に生まれて、愛し合って結婚するのは珍しいことだからね」
あまりの熱量に仰け反った私だが、後半の部分がふと引っかかった。
この前のお茶会で、レスリーは沈んだ顔で結婚の話をしていた……。
「やはり、他の貴族の方々には、あまり幸せな結婚をなさっていない方も……?」
「うん。そもそも結婚は、家同士の繋がりを持つためのものだし、仕方ない部分もあるけど……ほら、物語にもあるでしょ、『恋人がいるのに、親に政略結婚を決められて引き裂かれる』とか。まあ、普通はそこまで行かないけどね」
「そうですわね……」
あれ?
よく考えたら、漫画のレスリーも、最初に会ったときの彼女も、サミュエルとの結婚を望んでいるように思えたのに……
どうして、レスリーは婚約に乗り気でないのだろうか。
唯一障害(失礼)になりそうなポーリンも、サミュエルとはまだ接点はない。
むしろ、レスリーがサミュエルと手紙をやりとりしていたはず。
レスリーが言っていたし、リチャードからもそんな手紙が来ていた。
まさか、手紙のやりとりで幻滅したとか……そんなことは流石になかろう。
「……シンディちゃん?大丈夫?」
私の目の前で、マシュー様がひらひら手を振っていた。
「ごめんなさい、ええ、大丈夫ですわ」
「さっきからぼうっとしてるけど……何か悩み?」
私は少し迷った。
でも、レスリーのことはプライバシーもあるし、サミュエル絡みなので軽々しく言うこともできないし……
「いえ、婚約に乗り気でない知り合いがいたもので……」
「ああ、やっぱりそういう人って意外といるよね……。僕の友達でもいたよ。好きな女性がいたんだけど、泣く泣く諦めたやつとか……初対面でもう喧嘩してしまったやつとかね」
「初対面で喧嘩……その方は、そのまま結婚なさるのですか?」
反りの合わなさがすごい。私だったら嫌だわ。
「経済的支援を前提とした婚約だったからね。親同士が急ぎに急いで、半年後には結婚したよ。結婚式は見ものだったよ……って、笑っちゃいけないけど」
よほど面白い結婚式だったのだろう……吹き出さないように耐える、マシュー様の肩が細かく震えた。
「結婚式のとき、相手の両親に『素晴らしい伴侶との出会いをもたらして下さったお2人に感謝を捧げます。彼――もしくは彼女――と手を携え、微笑みを分かち合い、全てを共にすると誓います』と宣誓するんだけどね。
その2人は、『腹立たしい伴侶との出会いをもたらして下さったお2人に感謝を捧げます。彼(彼女)と手を携え、怒りをぶつけ合い、夫婦の義務としてベッドだけは共にすると誓います』と宣誓したんだ」
すごいな……
一周回って、そこまで行ってしまえば何とかなりそうな気もする。逆に仲良しじゃないか。
「……むしろ、ユーモラスで楽しい夫婦生活を送れそうですわね……」
「うん、僕もそう思うなあ……」
うたた寝しているアレクサンダーを尻目に、2人で微妙な表情を浮かべるのだった。




