35
恥ずかしさのあまり、しばらくぷるぷる震えていたのだが……マシュー様はそんな私を、ふわふわの笑顔で見ているだけだった。
「うん、何だか、アレクサンダーがシンディちゃんを好きになった理由が分かった気がするよ」
……と思っていたら、さらりと言われまた私は狼狽する。
「ま、マシュー様?」
「想像できないかもしれないけど、あの件があったときのアレクサンダーは本当に辛そうだったからね……。シンディちゃんは――僕らが身内だからっていうのもあるんだろうけど――、振る舞いが他の令嬢と違うってよく分かった。悪い意味じゃないよ? そういうところに、アレクサンダーは惹かれたんだなあって」
「…………左様ですか」
いまいち褒められた気がしないが、マシュー様の表情からすると、かなりの褒め言葉のようだ。
「やっぱり、お祖父さまの采配は見事だね」
「……アレックス様とわたくしを引き合わせたのが、お祖父さまですものね」
「うん。お祖父さまは、『最高の仲人』って言われているんだよ?」
「えっ。そうなんですの?」
初耳だ。
驚きを隠せないでいると、マシュー様は言う。
「お祖母さまが、実家のことで結構苦労したからね……。自分の子供は、本人と家もまともな相手と結婚させたいって言って、性格やら何やらまでみっちり調べて結婚相手を見繕ったそうだよ」
「では、ジョセフ伯父さま方も?」
「そうそう。性格がぴったりの相手を紹介されて、父も母もびっくりしたんだって」
「それで『最高の仲人』というわけですのね……。確かに、わたくしの両親も永遠の新婚夫婦という感じですわ」
妙なことに感心しつつ、2人でうんうんと頷き合っていると、
「……あ、来たね」
「来た……?どなたですの?」
マシュー様が、いそいそと立ち上がる。
「………………ああ、マシューさん、ここにいらっしゃったんですか……って、え、ここ、シンディの部屋ですよね……?」
半開きの扉から顔を覗かせたのは、たちまち顔面蒼白になったアレクサンダーだった。
「ま、まだお取り込み中でしたか……っ、申し訳ありません、部屋で待ちます」
踵を返そうとする彼を、
「ううん、僕の用は終わったよ?」
マシュー様が引き止める。
どうやら、アレクサンダーはマシュー様を探していたらしい。私とだいぶ話し込んでいたからね……。
「シンディちゃん。僕はここで」
そう言って立ち上がるマシュー様に、私も立ち上がって頭を下げる。
連れ立って去っていく2人……と思いきや、
「じゃあ、あとは2人でどうぞ」
「えっ、マシューさん!約束が違いますよ……!」
「んー?なんのことかなー」
アレクサンダーを私の部屋に押し込めて、マシュー様は颯爽と去っていってしまったのだった……。
□■□
残された私たちは、形容のしようがないほど気まずい空気の中、立ち尽くしていた。
「……お座りになりますか?」
「ああ……ありがとう。失礼するよ」
そのやり取りの後、また無言が続く。
俯いたアレクサンダーの顔に掛かる濃い茶色の髪に、何だか目を奪われてしまって唇を噛む。
「…………お手紙、拝読致しましたわ」
何とか発した私の言葉に、彼はバッと顔を上げた。
端正な顔が真っ赤に染まり、薄い灰色の目は限界まで見開かれている……血管は大丈夫なのだろうか?
「……その、済まなかった、本当に」
見開かれていた目を今度は伏せ、ぽつりと彼が言う。
「いいえ……」
「いや、正直に言ってくれて構わない。俺は愚かな人間だ」
「はあ…………普段の俺様アレクサンダー様はいずこに?」
軽くため息を吐く。よほど堪えているらしい。――彼らしくない。
いや……私も、きつく当たりすぎてしまったのかな……?
いつもよりずっと小さく見える彼を見て、申し訳なくなってきた。
「リチャードはリチャードで、それはもちろん好ましいと思っておりますわ。だって、彼はポーリンとわたくしの『お兄ちゃん』ですもの。……ですが、アレックス様はアレックス様です。無理にリチャードのように振る舞うのは、何だか変ですわよ?」
ゆっくりと、アレクサンダーの視線が私を捉える。目が合って、切なげに彼が笑う。
「わたくしは、いつものアレックス様の方が好きですわ。わたくしも、きつく当たってしまって、ごめんなさい」
沈黙が落ちる。
「怒っていないのか……?」
しばらくまた無言が続いて、ようやくアレクサンダーが聞いてくる。
「からかわれたことについては、怒っておりますけれど?」
「怒ってるのか……」
「ええ。悔しいんですもの。……あと、そうですわね、口説かれたことも、少し」
途端に、またバツの悪そうな表情になるアレクサンダー。
「…………嫌だっただろう。俺などは」
その言葉には、普段の不遜さとは真逆で、それでいて彼らしくすらある……自嘲が籠っていた。
「……違いますわ。その……好きでもないのに口説くだなんて、"勘違いしてしまうからやめて下さい"と言いたかったのです」
「シンディ、違う……好きでもないなんてことは……っ!」
「手紙は読みましたから……そんなに、その、悲しげな顔をしないで下さいまし」
捨てられた子犬のような表情に、私は己の口下手さを呪った。
この人に、こんな思いをさせたいわけじゃないのに…………
「……わたくし、アレックス様に口説かれて、アレックス様のことを、この人は男性なんだって。手紙を読んで、あの時かけられた言葉が、もしかして本心なのかもしれないって思って。わたくしのことを抱きしめたのも、アリエル様のことで不機嫌になったのも、わたくしのことを好きだからなのかしらって思ったら…………」
マシュー様に言うより、何億倍も恥ずかしい。
――暑い。熱い。顔に血が上って、そのままその血が沸騰しそうだ。
そのくせ、体の芯は、怖くて死人のように冷えている。
目線をどこにやればいいの?
声がどうにも震えてしまうわ。
アレックス様の顔が見れらない。
きっと私、すごくみっともないわ。
「……シンディ」
「な、何ですの」
「照れているのか?」
「見れば分かりますわ」
彼の顔を見ると、いっそ腹が立つほどに驚きを浮かべていた。
イケメンなのに、もったいない間抜け面だ。
そのアレクサンダーの間抜け面を見て、冷静さを取り戻した私は、ふいと目を逸らす。
「何ですの?」
「いや、……確かに、お前が思ったことは全部合っている。お前が好きだからだよ」
ストレートに言い切られ、仕方なくまた目線を彼に向けた。
「好きだよ。俺はお前が好きだ」
心臓が、一度大きく鳴った。
にやり、と見事な俺様スマイルを浮かべるアレクサンダー。
目は好戦的な光を帯び、綺麗な形の唇は弧を描いている。
覗いた八重歯は猫科の肉食獣を彷彿とさせるし、ああ、完璧なくらいの美形従兄である。
やっぱり、こんな表情が彼には合っている。これが一番彼らしい。
「ただの従兄よりは、少しくらいは意識してもらえるようになった……のか?」
嬉しそうに、けらけら笑う彼を見て、私はどこかほっとする。
……よかった。
「……やっぱり、アレックス様は、アレックス様らしくいてほしいですわ。その方が、ずっと、いいですもの」
すると、気が緩み、本音がぽろっと出てしまう。
「お褒めに預かり光栄だな」
アレクサンダーはまた笑う。
ちらちら瞬くように光る灰色の瞳に、目が釘付けになりそうだ。
「本当に、卑怯な手に出て済まなかった。お前が許してくれるなら、俺は、お前に惚れてもらうように精進するよ」
ふと笑うのをやめて、真剣な表情で、アレクサンダーがひざまづいた。
突然のことに面食らうが、私は彼に手を伸ばした。
「アレックス様との気楽なやり取りは好きですわ。ですが、わたくしをからかうにしても、程度は守って下さいまし。……今回は行き過ぎですわ、多分」
恥ずかしかったティータイムを思い出し、自分が意外と怒っていなかったことを確かめる。
この人、王子様みたいだな……と心の片隅で思いつつ、そう言い終わる。
「もちろんだ。許してくれるか?」
「ええ」
「ありがとう」
お礼の言葉を口にしながら、彼が私の手を取り、額に当てた。
――あれ、これって、どういう意味があったんだっけ……。
指先に感じたアレクサンダーの体温に、また心臓が跳ね上がる。
「……お前、まさか、意味が分かっていなかったのか?」
ゆっくり立ち上がったアレクサンダーが、呆れた口調で言う。
「…………うふふ」
「……図星か」
無言で微笑すると、彼は額に(自分の)手をやった。
そんな顔しないで、ちょっと腹立つ。
指先に残った甘い痺れを感じながら、
「じゃあ、アレックス様はご存知ですの?」
いつも通り悪態をつくと、
「ああ。言わないがな」
アレクサンダーも、またいつものように笑うのだった。




