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長台詞の多い回です。
この展開は前から決めていましたが、今まででは一番、書いていて不安になる回でした。
一人称視点の話のため、シンディが混乱すると感情が揺れてしまうので……
矛盾や描写の漏れがあったら、教えて下さると嬉しいです。
「ふふ、ずいぶんとお怒りみたいだね」
……やはり、聞かれていたらしい。
このままでもいい?と扉を半分開けたままにして、マシュー様が壁際にあった椅子に座った。廊下に控えた従者らしき人がちらりと見える。
「……お恥ずかしい限りですわ」
「まあ、僕はあんまり気にしないから大丈夫。母方の従弟も、たまにそうやって悪態をつくんだけど、かわいいよ」
「まあ!左様ですのね……」
地味にショックから抜け出せず、曖昧な笑みを浮かべる。従弟かあ……何歳だろう。5歳くらいかもしれない。
「ところで、シンディちゃん。アレクサンダーから手紙を預かっているけど……読む?」
マシュー様の右手に、封筒がひらひらと振られた。
淡い紫色の封筒は、私の好みドンピシャで、それがどこか腹立たしい。偶然なのか、それともあの従兄のことだから、わざとなのだろうか。
「……読ませていただきますわ」
「わかった。僕はここにいるから、意味が分からないところは聞いてね」
「承知致しました」
分からないところ……って何なんだ。奴は文章が下手なのだろうか?
気を取り直し、便箋を手に取る。
急いで書いたせいだろうか……やや雑さが隠しきれていないが、まあ、流麗と言ってもギリギリ差し支えない程度の文章である。
□■□
《シンディ。先程は本当に済まなかった。全て俺の失態だ。
お前にからかわれて、年甲斐もなく癇癪を起こしてしまった。俺も、貴族らしく仮面の1つや2つくらい使えるんだ……と見せてやりたくなってしまった。
ここで説明しておこうと思う。
お祖父さまは、ジョセフ伯父上やマシューさん、俺の兄たちなど子や孫の全員に『仮面の使い方』を教えてくれているんだ。若い頃は、交渉上手として随分鳴らしたらしい。
その中の1つが、『自分の正反対の性格を演じられるようになる』というものだ。俺の場合、正反対の性格というと、リチャード君のようになる。
それを、お前に見せてやりたくなってしまったんだ。少しだけ見せて、お前が驚いてくれたら満足だったんだが、あろうことか口説いてしまうなんて、自分の愚かさが恥ずかしい。
俺は、元々は女性が大の苦手だったんだ。それを危惧したお祖父さまが、『口説き方』も教えてくれた。実際に口説くため……というよりは、そのやり方を知ることで、気持ちの面で優位に立つためだ。
その方法も、仮面の一部としてしか使うつもりはなかった。女性不信はだいぶ治ったが、女好きにはなってない。
それを、あろうことかお前に試してしまった。
こんな風にして言うのも馬鹿馬鹿しいが、俺はお前を好いている。
だから、『仮面』をつけたとき、お前の反応が変わったのが何だか悔しかった。
『俺』が抱きしめても何も起きなかったのに――と。
いつもと反対の俺で口説けば、お前が俺に靡いてくれるのではないかと、或いはお前の混乱に乗じることもできるのではないかと……
この上なく恥知らずなことを考えた。
一生許されなくても仕方ないことをしたと思う。俺をどうするかは、シンディ次第だ。
本当に済まなかった。許してくれとは言わない。アレクサンダー・キール》
□■□
重い。重過ぎる。
アレクサンダーは、確か15歳か16歳だ。高校1年くらい。
対する私は12歳、もうすぐ13歳ということを考えると中1だ。
高1と中1か……まあ、うーん、ありえない話でもないか。
「どう?」
げっそりした私を見て、苦笑を浮かべるマシュー様(大1)。
「ええ……アレックス様が女性が苦手というのは?」
とりあえず、一番無難な質問をする。無難かって?あくまで、この中では、だ。
「ああ、そんなことも書いてあるの? シンディちゃん、イブ・ライトは知っているんでしょう?」
「はい。もちろんですわ」
意外な名前に面食らうが、大きく頷く。
「アレクサンダーが、まだ8歳になったかならないかの頃ね……あるお茶会に参加したんだ。そこで、1人の令嬢が、庭の東屋にアレクサンダーを誘ったんだよ。珍しい花を見ましょうって」
「アレックス様は、その時は女性嫌いではなかったんですの?」
マシュー様はこくりと頷いて、続けた。
「うん。それで、その令嬢について行って、2人で東屋に行ったんだ。
そうしたらね、その令嬢、どうしたと思う?」
「花を見せたのでは? それがとんでもなく気持ち悪い花だったとか、あるいは虫がいたか……」
「うーん、惜しいね。令嬢はね『わたくしと結婚しませんこと?』って聞いたんだ」
「あら? ……わたくしの回答、ちっとも惜しくありませんわね」
マシュー様は『そう?期待外れっていう点では惜しいよね』と明るく笑った。この人の判定、甘い。
「アレクサンダーは、まあ、普通にお断りしたんだって。そうしたら、いきなり『こんなに美しいわたくしの何が不満なの? 王家の血を引く侯爵家の令嬢、わたくしと結婚すれば、あなたは一生いい思いができますのよ?』と迫られたらしい」
あんまりな話に、私は微妙な表情で押し黙った。なるほど、その令嬢がイブ・ライトなのだろう……。
「……まあ、尚もアレクサンダーが抵抗したら、令嬢は甲高い悲鳴を上げた――『どなたか助けて! この方、わたくしに乱暴を!』」
わざわざ声真似をするマシュー様。
19歳の男性が幼女の真似をするのは無理がありすぎるので、悪いけどちょっと気持ち悪い。くねくねしないで。
「ちょ、シンディちゃん、そんな目で見ないでよ! ……それで、2人は引き離されて別々に事情を聞かれて。令嬢がアレクサンダーを東屋に誘ったところはみんなが見ていたし、涙目で訳を話すアレクサンダーの方をみんな信じたよ。令嬢はキイキイ喚くだけだったしね」
「そして、そのことがあって、アレックス様は女性不信に……?」
「うーん、まだちょっと続きがあってね」
ため息を吐くマシュー様は、困ったように自分の髪を弄んだ。
雰囲気がどことなく重くなり、私も居住まいを正す。
「その場では、子供の癇癪として、令嬢は父親に叱られ、アレクサンダーもよくよく気をつけるようにやんわり忠告されて終わったんだ。令嬢も、普段はまともな普通の子だったそうだし。
しばらくは、カーラ叔母さんや令嬢の親も、2人が顔を合わせないように気をつけていたんだよ。この時点でアレクサンダーは、多少女の子を怖がるようになっていたんだけど、2、3年してほとぼりが冷めてね。アレクサンダーも、人目があれば普通に女の子と話せるくらいにはなっていたんだ」
よかったではないか。そう言おうと思ったが、マシュー様の表情は依然暗く、話には嫌な続きがあることが察された。
「それで、叔母さまもあまり気をつけないようになっていて、かの令嬢とアレクサンダーが同じお茶会に参加してしまったんだ。
令嬢は友達と一緒だったんだが、彼女が離れると、友人たちがこう声をかけてきたんだ……『あなたがアレクサンダー・キール様? あなた、イブ様に無礼を働いたんでしょう?知っていましてよ。東屋に連れ込んで……。そんなことをなさるなんて、三男ともなると教育がなっていないのかしら?』。まあ、要約したらこんなところらしい」
あまりの罵詈雑言に、私は愕然とした。人間として最悪だろう。
アレクサンダーの気持ちを思うと、腹が立ってくる。
「さらに別の1人が『イブ様の御身に触れることは許しませんが、わたくしならよろしくてよ?』と彼を散々にからかって……アレクサンダーは、彼女たちに囲まれて、物陰の方まで着いていくしかなかったらしい。だけど、隙を見て命からがら逃げ出したんだって……。話を聞いた彼の兄や叔母さま、最終的にはキール公爵も加わって、その取り巻きたちは社交界を追われたらしい。男爵令嬢や、果ては庶民の娘も紛れ込んでいたらしいよ。アレクサンダーも三男とはいえ公爵家の息子、金目当てというか、既成事実が欲しかったらしい。手引きしたのは、もちろん……」
最後の方は、流石にマシュー様も顔を歪めながら話していた。
アレクサンダー、よく女性不信だけで済んだな……人間不信にならなかったのが不幸中の幸いだろう。
「…………クズですわね」
感情のままに吐き捨てると、マシュー様は薄く笑った。
「僕もそう思うよ。だから、お祖父さまが『口説く』練習をさせるのも、最初はみんな反対したんだ。でも、それで次第に自信を取り戻す彼を見ていたら、何だかホッとしちゃってね……。だけど、今回のこれは際どいよ。アレクサンダーは、自分がされた行為を、シンディちゃんにしたと言うこともできる。シンディちゃんが望むなら、僕はお祖父さまに伝えるよ」
その言葉に、ようやく私は事の重大さを理解した。
私は喧嘩のつもりだったが、出方次第では、彼が無理矢理私に手を出そうとした――なんてことになりかねないのだ。
指先が震えるのを感じる。
俯いてしまうが、ぐっとこらえてマシュー様を見る。
「わたくしは、アレックス様を処断して頂きたいわけではありませんわ。もちろん、彼に下衆な目的があったとも思っていませんし……ただ、何でこのようなことをなさったのか、知りたかっただけですの」
微笑を浮かべたままの彼に、正直に伝える。
「わたくし自身も、どうしてこんなに不愉快なのか、考えましたの」
「そう……答えは出た?」
「はい」
目線で促され、私は、指の震えが羞恥によるものに変わったことに気づく。
「……わたくし、アレックス様にときめいてしまったのです。彼の本心ではない行動と知っていて、それでも胸を躍らせてしまいましたわ。それがひどく悔しくて――心を弄ばれたように思ったのです。『思わせぶりなことをしないで』というやつですわ」
ふい、と思わず視線を外す。マシュー様の顔は見えないが、おそらく微笑んでいることだろう。
「……あのとき、アレックス様のことを、殿方として意識してしまいました。演技と分かっていたのに。
急に、男の人に見えてしまった。最初は、アレックス様の悪戯に引っかかったのが悔しいだけでした。ですが、次第に、その……わたくしのときめきを返して下さいまし、なんて言ったらおかしいですけれど、そんな風に。アレックス様が、わたくしのことを好いていると錯覚して、色々紐付けてしまった自分が恥ずかしかったのです。そうなると、わたくしがこんなに混乱しているのに、涼しい顔のアレックス様に腹が立ちましたの」
「なるほど?」
「つまり……ただの勘違いと、喧嘩ですわ」
長い台詞を言った私は、ふう、と息を吐いた。酸欠だ。
羞恥で火照った顔に、対照的に冷え切った手を当てる。
そんな私の様子を、いつの間にか温かくなった笑みで見つめていたマシュー様が、質問を投げてくる。
「シンディちゃんは、アレクサンダーのことを好きになっちゃった、ということ?」
「う……、好きになったというよりか、男性として見るように、させられてしまいましたわ」
せめてもの意地を貼り付けた返答にマシュー様は笑い、次の問いだ。
「アレクサンダーが、もし本気でシンディちゃんを口説いていたら、応じる?」
口を開きかけて、すっかり忘れていた手紙が目に入った。
待て、確か、そこには――
「『お前を好いている』」
口から、ぽろりとその文句が零れた。
これは、告白なのだろうか。
「えっ、アレクサンダー、そんなこと書いていたの? 僕、知らなかったんだけど……」
目を剥いたマシュー様に、手紙を見せる。ごめん、アレクサンダー。
「わあ、どさくさに紛れて告白かあ。……いや、話の流れからして避けられなかっただけだろうけどね?」
自分が告白されたかのようにあたふたする彼を見ていると……そうだ、私が告白されたのだ。
あのときの言葉が本心だった可能性に、ようやく至る。
気づいたことが、じわじわと脳に染みて……何てずるい奴なんだ、と冷えた頰がまた熱くなる。
「シンディちゃん、アレクサンダーのこと、どう思う?」
あのときのときめきは、一過性だと、そう答えようとして口を噤む。
精神的には歳下だとナメていたが、うっかり、恋愛対象になってしまっていた従兄。
『恋愛対象には、入っている』ともう一度脳内で繰り返せば、どんどん顔が熱くなっていく。
では、好きか?
彼に、恋をしているか?
「…………真剣に口説かれたら、あるいは、オチるかもしれませんわ」
精一杯の言葉を捻り出して、私は顔を覆った。




