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伯母さまから聞く私たちの噂は、アレクサンダーやスローン夫人から聞くものとは、また少し違っていた。
どことなく、遠慮がないというか、やや穿った見方が多い。
「わたくしは、お付き合いする相手がレイチェルさんと少し違うのよ。どちらかというと、腹に逸物ある方のほうが多いんですのよ」
もちろん、悪い意味ではないのだろう。
しかし、何となく語弊があるような、ないような言い方に私が微苦笑を浮かべると、お祖母さまが補足してくれる。
「カーター家やカスター家のような街貴族や、王都やその近郊に常駐しているような貴族は、基本的には王城での仕事に密な関わりが必要なの。つまり、『仲良くある』ことが大事なのよ。
反対に……とは言えないかもしれないけれど、うちのように基本的には自分の領地――辺境のことが多いけれど――にいる貴族たちは、領地の経営・管理がとても大切。あと、王家に近くなりすぎるのもよくないのよ。だから、お互いに牽制しあったり、監視……って言ったら物騒すぎるかしら?そんなところがあるのよ」
「……そうなのですね」
笑ってこくこく頷くと、2人も表情を緩めた。無知を咎められたりは、しないらしい。よかった……。
□■□
その後も、メレンゲとお茶を楽しみつつ談笑する。
「うらやまいしいですわ、シンディちゃんはほとんど来年が社交界入りでしょう……若いですわねえ」
「そうよねえ、まったく……」
などと、2人はしみじみ私に言ってくる。12歳、若いですよね。中身はJKの私からしても、若いです。あはれなり。
「シンディは、社交界入りしたらどうするつもりなのかしら?」
「……あ、ええと」
ふわふわ笑うお祖母さまに、私は少し考えてから返事をした。
「……できたら、王宮仕えをしたい、ですわね…………」
『王国と炎』では、幼なじみ2人を失い引きこもりになった失意どん底のポーリンが、一生を捧げるつもりで王宮勤めを始めていたはず。
私はそこまでネガティブな理由で志望しているわけではなく――僅かでも社会経験を積み、自力で稼ぎたいからである。
「あら!素敵ですわね。わたくしもシンディちゃんくらいの頃は憧れていましたわ。華やかな王宮、美しい王家の方々……というのは半分冗談で、令嬢としての箔がつきますものね」
紺青の瞳を優しく細め、伯母さまは何かを懐かしむように言う。
きっと、まだ少女だった頃を思い出しているのだろう。
申し訳なくはあるが、令嬢らしいシンプルな解釈をしてもらえて安心した。
□■□
ほのぼの女3人でのお茶会が終わり。
私は自室に戻り、伯母さまに借りた本を持って窓際に座る。
最近流行っている歴史小説らしい。
「うっ…………お腹が、きつい」
しかし、お腹が苦しくて集中できず。
いくらコルセットのないロードウィン・ドレスでも流石に食べ過ぎたようだ。メレンゲがさくさく軽いからといって、油断してしまった。
涼しい風に当たろうと窓を開ける。
すると、風に乗ってマシュー様の声が聞こえてきた。
「……それにしても、お祖父さまにそっくりだよね、アレクサンダーは」
「……よく言われます」
答えるアレクサンダーの声も届く。
彼らはまだ話しているらしい。向こうも窓を開けているのだろう。
「お祖父さまは、アレクサンダーとシンディちゃんを猫可愛がりしているよねえ。年々丸くなっていない?」
……確かに、猫可愛がりされている。
以前贈られたドレスを思い出し、私は1人頷いた。
「そう……ですね。特にシンディは唯一の女孫ですからね。目の色も、伯母上譲りですし、かわいいですよね」
「うん、シンディちゃんってかわいいよね。ちっちゃくてふわふわしてる」
「ふわふわ?……髪ですか?」
そんな会話を聞いてしまい、顔が一気に熱くなる。恥ずかしい。
マシュー様の言い方は、どこかお父さまと似たような匂いがする『かわいい』である。
アレクサンダーの『かわいい』も、それだけのつもりだろう。
しかし、抱きしめられたことや、彼と2人きりだった先程のことが思い出され、深読みしてしまいそうになる。
自意識過剰、ダメ、ゼッタイ。
間近に迫った美形従兄の表情を、頭から振り払おうとかぶりを振った。
「髪もだけど……雰囲気?」
「俺も、最初はそう思っていたんですが……シンディは、割と気の強いところもありますよ」
どこか辟易したようなアレクサンダーに、私は内心『いやお前の方が気が強いよ……』と念を送る。
あの時だって、気の強くて俺様なアレクサンダーが、あんな切なげな表情で迫ってきたから――って、いや、やめなさい、自分。もうやめ。
伯母さまの本を開き、目を通し始める。集中集中。
「あれ、シンディちゃんと仲良かったんだ? あんまり今日は話していなかったよね……?」
しかし、自分に言い聞かせたのも束の間、マシュー様の言葉が胸に刺さる。
「…………実は、怒らせてしまって」
いつもの飄々とした様子が一転、急にトーンの下がったアレクサンダーの声が聞こえた。
「………………顔も見たくないと言われてしまいました」
自嘲するような響きが、ここまで届いてくる。
自業自得でしょう、と言ってやりたい気持ちに僅かな亀裂が入る。
「そうなの……喧嘩?」
マシュー様は、従弟を気遣うように静かに尋ねた。
ああ……窓、閉めておけばよかった。
今からでも閉めればいいのだが、好奇心が勝ってしまい手が動かない。
私が逡巡している間も、従兄2人の会話は続く。
「表情や態度が分かりやすいと言われてしまって……腹が立ってしまったんです。それで、その――お祖父さまに教わったのを…………シンディに」
「お祖父さまに教わった?……ああ、あれかあ。『自分の正反対の性格を持つ』っていうやつでしょ。ん?まさか……アレクサンダーは、口説く練習もしたよね。まさかとは思うけど、それも試したの?」
「……はい」
お祖父さまに?自分の正反対の性格を持つ?のを教わった?
しかも、口説く練習だと?
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。全く意味が分からない。
「僕も教わったよ。懐かしいなあ……『本性の使い分け』だけだけどね」
……また更に分からなくなった。
今、きっと鏡を見たら、私は百面相しているみたいになっているはずだ。
「俺だってそういうこともできるんだぞ、なんて……むきになってしまったんです――愚かすぎました」
アレクサンダーが、ぽつりと言った。
ああ、分かった。
自分だって、仮面をちゃんと使えるんだぞ……って私に見せたかったんだ。
口説く練習については知らんが。
「そうしたら、シンディがすごくびっくりして……上手くできているって調子に乗って。それで」
「…………もしかして、かわいいとかも言っちゃったの?自分で作った雰囲気に呑まれて口説いたりしちゃった?」
呆れたように、マシュー様が聞く。
しばしの沈黙が、全肯定を表していた。
□■□
私は、結局いたたまれなくなり、窓を閉めた。聞かなきゃよかった!
私は一体、1人でどきどきしたり困ったり怒ったり、馬鹿馬鹿しいこと この上ない。
何のことはない、仮面と口説く練習の練習台にされただけだったのだ。
やはり絶交宣言は正解だったようだ。
「畜生……」
令嬢らしからぬ独り言を吐き捨て、ベットに倒れ込んだ。
□■□
馬鹿みたい。
アレクサンダーは、全然本気なんかではなかったのだ。
私の反応を見て、大方面白がっていたのだろう。
あんなに悲しそうにしているけれど、私を怒らせたのは自業自得。因果応報だ。私が怒ることくらい、分かっただろうに。ざまあみやがれ。
だって、あんな風にアレクサンダーが振る舞うなんておかしかったじゃないか。あまつさえ、私を口説くなんて。
どうして、あの時、私は拒めなかったのだろうか。
アレクサンダーになら、唇を奪われてもいいと……思っていたのだろうか?
どうして、ときめいたりなんか、してしまったのだろう――
「馬鹿にしやがって、あの野郎!」
□■□
気づくと、うつらうつらしていたらしく、アレクサンダーに向けて罵声を上げていた。
廊下に響いていたらどうしよう……顔から血の気が引いていく。
すると、ドアがノックされた。
誰だ。やばい。
そう思うが、仕方なく返事をする。
「シンディちゃん、今、時間ある?」
「……ま、マシュー様?」
なんと、まさかのマシュー様だった。




