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ひとしきり、ポーリンからお菓子について聞き出し。


なんとなく話が途切れた辺りで、私は努めて自然に切り出そうとした。

「みなさんは、イブ・ライト様をご存知ですの?」

すると、ジェラルディンが目をギュッと細めた。温和な彼女には珍しく、きつい表情だ。

「…………ジェリー」

レスリーが、心配気にジェラルディンを見やる。何だか、まずい空気だ……。

話を振ったことを後悔していると、ジェラルディンが苦笑する。

「ごめんなさい。シンディさんは、あの方のご親戚でしたね」

「いえ……はとこ、ですけれど、お会いしたこともありませんの。こちらこそごめんなさい、嫌な思いをさせてしまいましたのね……」

それを聞いて、3人が少し驚く。

親戚なのに会ったこともないというのは、なかなか珍しいからだろう。


驚きが引くと、レスリーとジェラルディンは、また妙に不機嫌な表情になる。

「シンディさん……知らないんですか」

ジェラルディンらしからぬ剣呑な雰囲気に驚くが、頷く。

彼女と視線を合わせたレスリーも、短く息を吐いてカップに口をつける。

「あの人は、シンディさんのことを悪く言っていましたのよ」

優雅な所作でクッキーをつまみ、レスリーが呟く。


「…………えっ?」


ポーリンと私の、間抜けた声が揃った。

頭の中に、轢き逃げ疑惑のことが浮かんでくる――

「なぜなのかしらね? 会ったこともないシンディさんをあれ程嫌うなど、理解に苦しみますわ」

「シンディさんのことを、『ライト家の血縁でなければこうも腹も立たないわ』と言っていました」

ジェラルディンの言ったことに、私は微妙な引っ掛かりを感じた。


……血縁――それってつまり、グレースの血を引いているってことよね?


王家の血を継ぐ私が、邪魔なのだろうか。やはり、では、火事は……



「…………グレース・ニコル」

その名が、口から零れ落ちた。

慌てて口を押さえるが、もう遅い。

グレース・ニコルという単語に反応を示したのは、やはりレスリーだけだった。

「…………確か、女伯の位を与えられた王女、でしたわね」

私は頷く。ポカンとしている2人に、グレースのことを説明する。

「……シンディ、その人の血を引いているってことよね?」

恐る恐る、私を見つめるポーリン。

漆黒の瞳は不安に揺れている。

「…………そう――ね。ライト家の血縁ですもの」

苦笑すると、ジェラルディンが少し考える素振りを見せた。

「お話ししてくれたのは、正直に言うと嬉しいです。ですが……よかったんですか」

「ああ……少し、迂闊でしたかと思いますわ。ですけれど、事情が変わったと思いますの。イブ・ライト様だけではなく――もしかすると、わたくしたちを忌むのは、彼女ひとりではありませんので」

私の言葉に、3人は瞠目する。

更に私は、轢き逃げ疑惑のことも説明した。

すると、ポーリンが軽く手を上げる。

「イブ・ライト様って、栗色の髪と瞳の、背が高くていらっしゃる美人な方でしょう?」

ジェラルディンとレスリーが、こくりと頷く。

「なら、その方、以前お会いしましたわ! ……今、思い出したの」

最後の方は、私を見て苦笑するポーリン。

確か――と首を傾げ、彼女は話し始めたのだった。



□■□



「お茶会で、たまたまお会いしたんですの。名前を聞かれて、わたくしが名乗ると、イブ様とライト夫人が『ああ、では、シンディ・カスター嬢のお友達ですのね?』と尋ねてこられました。ですけれど、そのう――お2人は名乗って下さらなくて」

それを聞いた私たちは、一斉に顔を顰めた。

なかなか……いや、かなりの無礼である。しかも、私の名前が出るあたりに何とも胡散臭さを感じてしまう。

……まあ、プラチナブロンドに黒眼のポーリンはよく目立つので、すぐ分かったのだろう。


「それで……後から、他の方にあのお2人のことを教えて頂きましたわ。どうやら、シンディのことをとても気にしているらしい――ともお聞きしました」

ポーリンは、しょんぼりと肩を落として言う。

「ごめんね、シンディ。忘れていて」

「いいえ、大丈夫よ。あなたが気にすることではないわ!」

私が慌ててしまうと、レスリーはくすりと微笑した。

しかし、一転してその表情は硬くなる。

「……ライト家には、王家の血が流れているということですのね。同じくグレース様の血を引くカスター家が邪魔、ということは――他に王家の血を引く者も疎ましく思っているのかしら?」

「…………あくまでわたくしの予想ですわ、レスリー様」

未来が分かるとは、言えない。

「いいえ、構いませんわ。ですけれど、ロードウィンの貴族なら、全く王家の血が入っていない家、というのはごく僅かなはずですわ」

大きく頷いたのはジェラルディンだ。

「シンディさんのことを、気にしすぎだと思います。しかも、疎ましいと はっきり口に出しているんでしょう? 王位をどうこう、というつもりがなくても……シンディさんにとっては危険だと思いますよ」



□■□



その後は、何となく年頃の子供にありがちな、仮想敵に対してのシュミレーションめいたものを話したりしていた。


ライト家の悪意が私だけに向いているのなら、まあ、まだいいが、本当に王位を狙っている場合、レスリーも危ないのだ。

ゲーンズボロ家には接触できたが、ブルースター家についてはよく分からない。


そんなことを考えながら、帰り支度をしていると、ジェラルディンに声をかけられた。

「シンディさん。少し、よろしいですか?」

「ええ、もちろんですわ」

少し緊張した表情が気になったが、私は笑顔で頷く。

「これを、ぜひ読んでいただきたいんです。手紙の内容は、どうか内密に」

何か話があるのかと思った私は、面食らった。しかし、差し出された封筒をそっと受け取った。

「分かりましたわ。ありがとうございます」



□■□



その後、やや急いで馬車に向かった。

既にポーリンが乗っていて、私に手をぱたぱた振っていた。

「シンディ、どこに行っていたの?」

「あ、ああ……ジェラルディン様から、これを」

ジェラルディンから受け取った、何も書かれていない封筒を見せる。

「あ、だから手渡ししたかったんだね」

ポーリンは納得して頷いた。


(何も書かれていない封筒には、『この内容は内密に』という意味がある)


ポーリンが頷く、その度に、しゃらりと髪が揺れる様は美しい。――ポーリンは、優美な姿と快活な性格のギャップから、令息たちに大人気である。

更に、ポーリンとレスリーが親しくする様は眼福だと、これまた大人気だ。


……まあ、ポーリン本人は、"色気より食い気!"なのであるが。



□■□




家に戻り、お母さまにお茶会の様子を報告する。

楽しく会話していたが、私がライト家のことを切り出すと、お母さまは渋い顔をする。

「…………確かに、それではあまりにも不躾だわ。困ったわね……」

この様子だと、お父さまに報告が行くのだろう。


「シンディ、どうしましょうね。やっぱり、無理に行くことはないのよ?」

気持ちを落ち着けるためか、紅茶の香りを吸い込んで、お母さまが言う。

「……先日、お母さまが誘われたお茶会のことですわよね?」

「ええ……」

なんと、たまたまお茶会で出会ったライト夫人から、私も込みでお誘いされたらしい。

今までのことがあるので断りたかったお母さまだが、そうもいかない。

ライト家は格上の侯爵家であり、表向きでは何の問題もないのだから。








ちなみに、この場のお茶請けは、大ヒットを飛ばした『王太子のタルト』のお手頃版である。

高価だった青いキャンディを比較的安価なべっこう飴に変え、金粉を使用しないスタイルに。チョコレートも、ビターから苦さ控えめに改良したというこのタルト、王家の許可を得て『サムのタルト』としてレギュラー商品になっているのであった。



□■□



結局、お茶会には参加しようと、2人で結論を出した。お母さまは不安げだったが、むしろ私はありがたいと思っている。

ライト家に接触するチャンスが、やっと来たのだから。



自室で、ジェラルディンからの手紙を開いた。

内容は、挨拶などもなく簡潔に記されていたのだが……中身を見た私は、目を剥いた。



《ファルパスのブリュレ公爵家には、ロードウィン王家の血が入っているそうです》



更に、簡単な家系図と、ジスレーヌにも伝えてある旨も記してあった。



□■□



家系図によると、ジスレーヌの6代前の女性・アリスのこと。

アリスの母は、何と王の娘らしい。グレースの父・ポール4世に近い時代の王のようだ。母(アリスの祖母)は貧しい子爵令嬢だが、彼女は王女の位を与えられていた。

王女は国内の争いを避けるため、ファルパスの王家に嫁ぐ。

しかし、子を産めず、名ばかり王妃として冷遇された。夫が亡くなると、側室の子である新王に追われ、ロードウィンに帰ってくる。

彼女は、ある侯爵と再婚し、アリスを産むが、すぐに亡くなってしまう。

侯爵の後妻に疎まれたその娘は、王女の兄の公爵が不憫に思い、引き取る。

そして、経緯は不明だが――恐らく、ファルパス側の罪滅ぼしとして――ブリュレ公爵家に嫁いだのだった。



□■□



手紙を読み……私は微妙な気持ちでいっぱいだった。

うまく形容できないが――ああ、ままならないな、と。

貴族や王族は、薄情すぎる文化も時には持っているものだと、分かった気でいたが……グレースの時もそうだったが、思ったよりずっと、淡白なのかもしれない。


「……でも、いや、」


思い当たって、呟く。

この世界は、漫画の世界だったんだ。

失念するほど、私はこの世界に順応していたのだと思う。


決まっていたことなのだろう。

カスター家も、ライト家も、ゲーンズボロ家も――王家の血を引いているというのは。

作者によって決められていたのだ。

たまたま、私が気づいた。

もしかしたら、これは大きな鍵ではないか。


あとは、ブルースター家だけ。

しかし、この一族は、総じて社交界嫌いらしい。エルラーツとの国境付近を代々守る、武の一族だという。


……やっぱり、簡単には会えないんだろうなあ。



□■□


気を取り直し。

夕食まであまり時間はないが、ライト夫人主催のお茶会の対策を立てる。

「…………まあ、イブはいるはずよね」

学園在学中のギル・ライトはいてたまるか、なので、ライト家からは母娘の参加のはずだ。


さらに、あとの客も問題だろう。


ライト夫人とは、意外なことに、ハミルトン夫人が懇意にしているらしい

(というより、ライト夫人がなかなかの嫌われ者なので、対等に親しくしてくれる相手がハミルトン夫人くらいしかいないのである)。


となるとハミルトン夫人は来そうだし、ライト侯爵家のネームバリューに釣られた人々は一定数いるというし。

怪しいのは、ライト夫人の腰巾着かしらね。


……もう少し、ポーリンやレスリー以外の人とも関わっておけばよかったなあ、なんて…………



後悔、先に立たず。

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