22
ベッドの上でころころ転がっていると、リズが呼びにきた。夕食だ。
リズは私の状態に苦笑したが、特に咎められることはなかった。
「シンディ、だいぶ疲れたでしょう」
テーブルについていたのは、お母さまだけ。お父さま、今日も残業か……。
「ありがとうございます、お母さま。でも、楽しいこともありましたわ」
「そう? それはよかったわ。エリックも、すぐ帰ってくるようですから、少しだけ待ちましょう」
あ、残業じゃなかったのか。社畜疑惑のあるお父さまだが、毎日残業漬けというわけでもなかったようだ。
「……はい、お母さま!」
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お父さまが帰ってきた。先程の会話から、ものの5分くらいである。
食事が始まるとーーよほど気にしていたのだろうーー、お父さまが熱心にパーティーについて聞いてきた。
私も、レスリーと会ったことや、ポーリンが大人気だったことを伝えると、2人ともくすくす笑っていた。
「……しかし、レスリー様と仲がいいのが悪いとは言わないけれどね。それ相応の評価を受けることを、忘れてはいけないよ?」
一転して、諭すようにお父さまが言う。……今日、実感した。
「……はい、お父さま。私も、今日、レスリー様と親しくさせて頂くーーそのことの重大さを痛感しましたの。レスリー様は1人の女の子でもありますけれど、公爵家の将来を背負う、大切なご令嬢でもいらっしゃいますわ……」
だから、好奇の目、羨望の声、猜疑の視線。まだ11歳なのに、容赦なく向けられる。彼女に近づくことは、私もその射程に入ることでもある。
「シンディは、賢い子だから。僕らの心配を、理解してくれたようで嬉しいよ。そのことを、忘れないでおくれよ?」
「……はいっ」
その後は、努めて話題を明るい方に誘導してくれたお父さまのおかげで、至って楽しい夕食だった。
再び会話が不穏な方向に流れたのは、両親のこんな話からである。
「そういえば、ライト夫人にはお会いしたの?」
「……ええ、いらっしゃったわ。その……レスリー様とシンディのことを大変気にしておられたわ」
それはつまりーー迷惑極まりない詮索をされた、ということらしい。
すると、派手な出で立ちのライト夫人が、脳内で高笑いし始めたので顔を顰めた。
「……ライト夫人は、確か、お母さまの従妹ではありませんでした?」
私としてもあまり好きそうにはなれないが、大人であるお母さまが、家庭内とはいえ迷惑そうな顔をするのが珍しかった。
「そうね。……シンディにも、話していいかしら」
そして、一息ついて、お母さまはこんな話を始めた。
◻︎■□
私の母のクララがライト家の出身ということは、あなたも知っているでしょう? だけど、私のお祖母さまは、お母さまを産んで、しばらくして亡くなってしまったの。それから、お祖父さまは後妻を迎えて、その方は息子と娘を産んだわ。
お祖父さまは、新しい妻とその子供の方を可愛がって……お母さまのことは放っておいたそうよ。
2人の子供も、何かというとお母さまを敵視して、つまるところ、不仲だったわけね。
だから、ライト家の人々とお母さまの間に交流はないのよ。結婚した後は、話を聞いたお父さまが自分のことのように怒ったそうで……今も、関わりはないままよ。私も、社交界で出会うまで、従兄妹たちと会ったことはなかったわ。
特に、今の侯爵と夫人も従兄妹同士なのよーーああ、複雑ねーー。
そしてね、特に夫人の方が、自分の血筋をとてもとても誇っているのよ。
おば様方がなんと言っていたのかは知らないけれど、私やお母さまのことを大変嫌っているみたいだしね。
お母さまのことは、"前妻の娘でありながら公爵家に嫁いだ身の程知らず "、私のことは、"格下の伯爵家に嫁いだ残念な女"と言っていたそうよ……。
シンディとレスリー様が親しくなったことも、よく思っていないのよーー
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お母さまは、自制するように額に手を当てながらこう話した。
お父さまは知っていたのだろう、微笑しながら何度かお母さまの手をさすっていた。……こんな因縁があったとは!
ふと、私は轢き逃げ疑惑のことを思い出した。しかし、この場で言うのはあまり得策でないような気がする。
「シンディ、そんな顔をしてはダメですよ。ごめんなさいね、暗い話をして。……ねえエリック、あなたのご家族の話もしてくださらない? シンディはあまり聞いたことがないでしょうから」
「お父さま、よかったら、私にも聞かせてほしいです!」
確かに、私はお父さまの方の家族を知らない。知っているのは、祖父母とも亡くなっていることだけだ。
「いいよ。では、次は僕の番だね」
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僕の父は、4人姉弟の末っ子でね。上は全員女の子だったんだよ。伯母たちはみんなお転婆で、幼い頃から、父は女の子が怖くて仕方なかったそうだよ。でも、そんな姉たちに鍛えられたせいか社交界では人気者だったんだ。優しい人と結婚したいという女性たちからモテたんだ、ってよく自慢していたよ。
結婚したあとは、母の尻に敷かれていたね。いつもそうだったから、よく覚えてる。
母は、ファルパスの伯爵の娘だったんだーー祖父が伯爵、祖母がエルラーツとファルパスのダブルだったーー。母はなんと、外交官でね。父もそうだったんだけど、たまたま仕事で出会って。母が一目惚れしてしまって、熱心にアプローチして、両家の家族を納得させて、それで結婚したのさ。すごいだろう。
そして生まれたのが僕、それと兄。
……えっ、シンディ、言っていなかったかい? 僕には4つ歳上の兄がいるんだよ。とても優しくて優秀なんだけど、それ以上に変わり者でね。学園に入学してから、すっかり岩石に はまってしまってね! どうしても岩石について学びたいんだと懇願に懇願を重ねて、学園時代の教授の下で働くことになったんだ。
それで、僕が家を継ぐことになったのさ。兄からは、たまに手紙が来るよ。今度、シンディにも見せてあげよう。
まあ、両親はもう亡くなっているけど。僕らが結婚してすぐ、立て続けに亡くなってしまったんだ。シンディに会ったら、きっと大喜びだっただろうね。シンディのその髪は、母にそっくりなんだから。
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「あなたのご両親は、とても優しい方たちだったわ。短い間でしたけれど、まるで、本当の両親のように接してくれたもの……」
やや涙ぐんで、お母さまが呟く。
対照的に、お父さまはどこか嬉しげだ。
「両親は、娘が欲しかったとよく言っていたからね。それにレイチェル、君は本当に愛らしいから……」
わあ、また2人の世界に入りそうだ。やめておくれよ……?
デザートは、ワッフルだった。
生クリームと果物のソースが添えられている。
「……これは、ローティ?」
苺などのベリーに交じり、半分に切られたローティも入っていた。前に見た時の淡い黄色とは違い、煮られたことを差し引いたとしても濃いオレンジ色である。
「左様でございます、お嬢様。こちらは仕入れたものでございますが、やや熟したものを使っております。赤くなっていたものは全て取り除きましたので、ご安心くださいませ」
給仕してくれたサラが、流暢に説明する。
「……赤くなったものは、ダメなの?」
「はい、ローティは熟しすぎて皮が赤くなると、毒になりますので。熟す前の皮が黄色いうちは生やケーキで、熟してオレンジになりましたらジャムやソースにするのがよろしゅうございます」
淀みない説明に、私は感嘆してしまう。お礼を言うと、サラはすぐ下がってしまった。
「赤いローティは、毒なのね……」
思わず呟くと、お母さまがくすりと笑った。
「安心なさい、シンディ。大丈夫よ」
「食当たりを思い出したのかな?」
くすくす、お父さまも便乗してからかってくる。
「お父さま、お母さま、からかわないでくださいませ!」
ついついムキになって反論してしまったが、2人はどこ吹く風。
「おっ、美味しいな。ほら、シンディ、早く食べなさい」
「わあ! 本当に美味しいわ!」
と、ワッフルに舌鼓である。
仕方ないなあ、と思いながら、私もワッフルを口に運ぶのであった。
ローティ。
今まで、地球と同じ植物・動物しか見たことがないのに、地球にはなかったローティが、やたら現れる。
偶然と言ってしまえばそれまでだが、何となく、ほんの少し、気になった。
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さて、時間の経つのは早いもので、今日がリチャードの出立の日である。
学園がある旧都クリシアは、王都の南西に位置する、歴史と威厳ある街。
かつてはこぢんまりした王宮(とは言っても"王宮としては"なので大きな建物だ)だった建物を改修し、学校や寮として使っているらしい。豪華だ……。
私とポーリンは、カーター邸でご家族と一緒にお見送りだ!
正直、サミュエルについて不安はあるのだが……そこは、原作通りに行くことを祈っておくだけにした。
「リチャード、気をつけてね。勉強のしすぎで体を壊さないようにね?」
「ありがとう、シンディ。大丈夫、きちんと休みもとるから」
「行ってらっしゃいリチャード!リチャードを見習って、私もお勉強を頑張るわ!」
「うんうん、ポーリン、それなら僕ももっと頑張るよ」
見てください、リチャードのこの包容力!これが年上の余裕かしら。……いや、うちの俺様従兄アレクサンダーも年上だったわ。
その後、家族で別れを惜しんだり、早くも学園に戻ってしまっていた兄フレッドへのお土産を追加されたり……旅立ちにありがちな光景を目にして、ポーリンも私もにこにこしていた。
……もっとポーリンは悲しがるかと思っていたが、彼女は、リチャードが未来へ踏み出したことに憧憬の念を抱いたらしい。ますます素敵になっていく"お兄ちゃん"を、我が事のように誇っていた。
これが、ポーリンのいいところよね。
思わずにんまりしてしまう。が、
「あっ、シンディ、もう行っちゃうんだね……」
ポーリンの視線を追うと、リチャードが馬車に乗り込んでいた。
私たちにも手を振ってくれて、「ばいばい」と笑っている。
やや遠慮しつつもカーター家の皆さんの横に並び、走り出した馬車に手を振った。何度かみんなでリチャードの名前を呼んで、馬車が見えなくなるまで手を振ったのだった。
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リチャードがいなくなってしまい、まあ、淋しいは淋しいのだが、そうも言っていられない。
火事を回避しなくてはいけないのだ。
しかし、私自身のせいで、ポーリンとレスリーは早くも知り合いになってしまった。
それに、火事を回避するといっても、火事自体を起こらないようにするのか、私たちが死なないようにするのかで話は別だ。
まだ何も決めてなかったなあーーと肩を落としてしまう。
1つ朗報と言えるのは、さっきお母さまが、「ジスレーヌと会えることになった」と伝えてきてくれたことだ。
日付は10日後。場所は、なんとギャラハー洋菓子店特別客室ーーつまり、VIPルームだ。
ギャラハー洋菓子店の隣には、飲食のできる建物があり、その2階にはVIPルームが2部屋あるらしい。先進的だなあ、と思う。チョコも扱っているし。
ウィーラスからは、ゲーンズボロ男爵家の領地は遠いため、気を遣ってくれたようだ(その点、ギャラハーは王都にあるのでありがたい)。
そのおかげで気分は上々。
久しぶりの音楽の授業にも気合いが入るというものである。
音楽教師のグリロッティ先生は、家庭教師には珍しく、若い女性だ。芸術の盛んな国イティアニアから、修業を兼ねて来ているらしい。元気いっぱいのお姉さんだが、ここ数ヶ月は骨折で苦しんでいたという……。
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「久しぶりね、シンディ! あなたも私も元気になってまた会えて嬉しいわ!」
まだ訛りが残っている、元気溌剌な挨拶に、私は相好を崩した。
私の周りには歳近い女性がいないので、先生のことは姉のように感じているのだ。
「お久しぶりです、先生。もうお体は大丈夫ですの?」
「スィええ!もう問題ないわ、ありがとう。……さあ、今日は新しい曲にいたしましょうね。『ライラックの乙女』よ。私のとても好きな曲なの。先生が送ってくださったのよー」
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授業が終わった後、先生はウィンクを1つくれて、また颯爽と帰っていった。相変わらず魅力的で、オーウェンがぽうっと見惚れていた。
そうそう、ジスレーヌに会えるのよね。何をどう話せばよいのだろうか。
"王家の血を引いてますか?"とストレートに聞くのは、さすがに憚られるし。聞き出せたらベストだが……せめて、親密度は上げたい。あと、チョコについても聞きたい。
あとは、純粋にゲーンズボロ家の歴史が気になっていた。
叙爵されたのは、ジスレーヌの曽祖父と、割と最近である。
その理由は、孤児たちを救い、教育を施して、商業を発展させたこと。
元から、地元の名士的存在だったと思われるが、やっぱり爵位があるのとないのは別物である。
うーん、あとは、お菓子も気になる。
どんなものが売っているのだろうか。あわよくば食べさせてもらえないだろうか、なんて……?




