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授業やら調べ物やらをしているうちに、あっという間にパーティーの日になってしまった。
ちなみに、ディクソン先生とはクラリベルの話、マレット先生とは普通教育の話をしていた。
クラリベルの話からジスレーヌの話に繋げたかったが、流石に彼女のことはよく知らないらしかった。残念。
「お嬢様、よくお似合いですこと……」
「本当ですわ。白いドレスが、お嬢様の黒髪を引き立てていますわね。旦那様と奥様のお子様ですものね」
今、私はメイドさんたちに手伝ってもらい、お祖父さまからもらったドレスを着ていた。それはいいのだが、私が主役か!?というくらい褒められている。確かにシンディは愛くるしい少女だし、ドレスもよく似合っている。
だけど、『自分』のことだと思うと恥ずかしいのである……。
「シンディ、準備はできました?」
上品にドレスアップしたお母さまが、顔を覗かせる。
リボンで髪を結い上げてもらった私は、にっこり笑った。
「はい!」
今日も、私とお母さま、ポーリンとスローン夫人の4人で同じ馬車だ。
4人できゃいきゃいとお喋りする。
「今日は、どなたがいらっしゃるのかしらね?」
「ごく親しい人だけでしょう。聞いたところによると、リチャードと同い年のご令息も何人かいらっしゃるそうよ」
「ねえ、シンディ。どんなお菓子がでるかなあ?」
「……うーん、タルト?」
「2人とも、食べ物の前で我を忘れてはダメですよ」
「はーい」
と、こんな調子だ。
それにしても、こんなに頻繁にパーティーを開けるって、ずいぶん裕福なんだろうな……まあ、貴族だから当然なのかしら。
◻︎■□
会場に入ると、既に何人かが到着していた。見慣れない少年たちなので、リチャードと同時に入学する子たちだろう。
全員と一通り挨拶を交わしたが、彼らはポーリンを気に入ったらしく、あれこれ話しかけている。
1人の少年は気を遣ってか、私にも会話を振ってくれた。いい子だ。
彼はアリエル・ハミルトンというらしい。侯爵の次男ーーつまり、リチャードと同じ立場のようだ。
他の奴らがポーリンに首ったけなのを見て、やや苦笑しつつも、私のドレスを褒めてくれた。めっちゃいい子だ。
(ちなみに赤髪碧眼ではなかった。某人魚とは関係ないようだ……)
「ところで……今日、レスリー・ハンナ・ゴードン様もいらっしゃるとお聞きしたのですが、本当でしょうかね?」
アリエルが、リチャードに似た優しい微笑を浮かべて首を傾げる。
最初、何のジョークかと思ってポカンとしていたが、本気らしい。
「そーーそうなのですか?」
「僕も、母から聞いただけですけれど。あり得そうじゃないですか。聞いている方、いるかなあと思って」
もしかして、言外に、『あなたなら聞いてないですか?』って言ってません?
「いえ……残念ながら、存じ上げませんわ」
「そうですか……一度お目にかかってみたいんですよねえ。前回のパーティーでは、お見かけすることもできなくて」
「もし本日いらっしゃるようでしたら、お話できるかもしれませんわよ」
そう言うと、彼は顔を真っ赤にしてしまった。アリエル君、かわいい子でもあるのか。
そうこうしているうちに、来客がどんどんやってきた。どんどんと言っても、私とポーリンと6人の少年を含めて、子供が20人いないくらいだろうか(しかも、そのうちの7,8人は誰かの弟妹=ちびっ子みたいだ)。
同世代の人は少ないな、まあ、内輪って言っていたしーーと客たちを見ていると、
「…………え」
皆の視線が、同じ方に向いていた。
◻︎■□
とろけた蜂蜜のような髪、涼しげな紫の瞳。今日も今日とて、彼女は絶世の美女であった。
そんなレスリーは、目敏く私を見つけてにこにこし始める。
それをどう勘違いしたのか一斉に頰を染める男たち……
「わあっ、シンディ、あの人がレスリー様?本当にお綺麗ね、私もお話してみたいな……」
げ、ポーリンもかよ。
私は笑い返しながら、内心冷や汗が止まらない。おかしい。2人はまだ出会わないはずだったのに。なんで。
しかし、すたすたこっちへ歩いてくるレスリーを避けるなんて、とんでもない。
「こんにちは、シンディさん。お元気ですの?」
「……レスリー様、ご機嫌よう。お気遣い頂き嬉しいです。わたくしは至って元気ですわ」
私とレスリーが、親しげ(?)に言葉を交わしているのを見て、周りが息を呑んだのが分かった。
ポーリンのキラキラした視線も感じる。レスリーも同様に感じたらしく、
「そちらの方は、どなたですの?」
「この子は、わたくしの友人の、ポーリン・スローン伯爵令嬢ですわ」
一歩下がってポーリンを示すと、ポーリンは優雅にカーテシーをした。
「ご紹介に預かりました、ポーリン・スローンでございます。お会いできて、私は大変運がよろしいようですわ」
心底嬉しいといった笑顔で、ポーリンは自己紹介する。
(基本的に、立場が上の人が名乗ってから下の人が名乗るべきだが、今回はレスリーが「誰?」と聞いたからセーフかなと判断したのである)
失礼ながら、ポーリンのこんなに礼儀正しい姿は初めてだ。要点は抑えつつ、彼女の魅力の快活さ、天真爛漫さは消えていない。
微笑したレスリーも、カーテシーを返してみせた。一様に静まった人々がこちらを気にしている中、私は『歴史が変わる』瞬間をクラクラする頭で見つめていた。
「急にごめんなさいね。初めまして、わたくしはレスリー・ハンナ・ゴードンと申しますわ。身分は、公爵令嬢でございます。どうぞ、お見知り置きを」
にっこり、婉然とした笑顔のレスリーに、ポーリンも私も見惚れてしまう。
まあ、本当は、そんな場合じゃないんだけれど……。
私は、素早く周りに視線を走らせた。
入り口付近にいて、私たちから遠い人たちは一応、一応だが"気にしてないよ"という雰囲気を醸し出しながら社交しているらしい。
ちびっ子たちは、素で気にしていないし。周りの男どもはもう仕方ない。
時計を見ると、開始予定の時間まで、あと10分を切っていた。
時間になれば、まずカーター夫人が出てきて挨拶、その次にリチャード(と、在宅ならカーター侯爵)が出てくる。
リチャードの口上の後、パーティーが開始ということになり、彼や夫人も輪に加わるという流れのはずだ。
主役のリチャードが出る前に、必要以上の盛り上がりを見せてしまうのはよろしくない。程々に、だ。
……レスリーだって、分かっていないわけはなかろう。
実際、彼女はきちんと周りに挨拶を済ませてから私たちの方に来ている。
分かっていないのは、むしろ周りか。
「ねえ、レスリー様がいらっしゃるなんて……。もしかして、王太子殿下ではなく、リチャード様と……」
「先日のお誕生日パーティーにもお見えでしたわね。それに、あの隣にいらっしゃるの、あのお嬢さんがカスター家のご令嬢ですわよね?」
聞こえてんぞ。ちらりと、喋っていた若い女の子ーー私たちと同年代ーーを見る。声がでかいよ、あなたたち。
「……シンディさん」
ポーリンと談笑していたレスリーが、ほんの少しだけ眉を顰めた。
極々小さな声で、
「わたくし、迂闊でしたわね……。母は、今日は後から参りますの。それまで待っていればよかったわ……あなた方にも、好奇の目を向けさせてしまいましたもの」
そう言うと、私とポーリンに礼をしてそっと去っていった。気配を消していたらしい侍女が1人、彼女の後ろについていた。
◻︎■□
私の感覚からすると、別にいいじゃないかと思うが、そうはいかないのが貴族の世界。
「……すごく素敵な人だったね、レスリー様。でも、ほら見てあの人」
ポーリンが、顔を近づけ、声を潜めて教えてくれる。
彼女が示した先で、レスリーがある婦人に熱心に話しかけられていた。
「あの人、ライト侯爵夫人よ。レスリー様が王太子殿下とご結婚されるって、そう噂だったのに、リチャードに興味があるような感じにも見えるから。あわよくば、ご令嬢を……って」
「王太子殿下に……?」
うん、とポーリンが頷く。
その婦人は、すらりと背が高く、かなり豪華なドレスを着ていた。髪も最新流行に結い上げていて、まあ、言ってしまえば派手である。
次第に客が増えていく中でも、ライト夫人はよく目立った。
(お母さまやスローン夫人は、私たちから離れたところにいてよく見えないが、よくよく考えたら、お母さまと私、ライト一族の親戚かあ……)
……とにかく厄介だな、ライト一族。
「それで、ご令息とレスリー様も結婚……って運びになれば、万々歳だよね」
ポーリン、こういう噂もちゃんと仕入れているらしい。確か、スローン夫人が噂好きなのよね。
「ご令息って、ギル・ライト様?」
「そうそう。シンディよく知ってるね」
「ああ、従兄が学園で知ってるみたいなの」
私たちがそんなことを話している間も、レスリーは捕まっていた。夫人、ぐいぐい行くな……と呆れ返っているとーー
「皆様、ようこそお越し下さいました。本日は、愚息リチャードのためにお時間を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます」
カーター夫人が、ゆっくりと進み出てきた。その後ろに、リチャードもいる。
リチャードは、今回もやや緊張した様子だが、スムーズに口上を述べ始める。生臭い噂をしていたのも忘れ、ポーリンと私はリチャードに見惚れてしまった。
今日は、前回よりもくだけた場なので、さっさとリチャードと夫人も場に入っていく。
彼は、アリエル君たち(既に私たちから離れていた)の方に行ってしまったらしい。ちょ、ちょっと淋しいよ……。
「リチャード……」
「あーあー……」
2人して、ヘコむ。何だかんだ、私たちはリチャードが大好きなのだ。
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それでも、まあ、つつがなくパーティーは進んでいた。
レスリーに注目していた人たちも、主役のリチャードが現れてからはそちらに釘付けだ。男の子同士で盛り上がっているリチャードを、数人のご令嬢が、熱っぽい目で見つめている。
私とポーリンのところにも、何人か人が来て少し話していく。
ちなみに、ハミルトン夫人とも話したが、ふんわりおっとり優しいママ、という雰囲気の人だった。お母さまやスローン夫人とも意気投合していたようなので、これからお付き合いしていくかもしれない。
「……ポーリンさん!」
「俺とお話ししませんか?」
「あっ、抜け駆けかよー」
端っこに移動して、お菓子に集中していたポーリンのもとに、先程の男の子たちがやってきた。
「僕たちばかり、リチャードと話しているわけにもいかないので」
アリエル君が、くすりと笑って私の横に立つ。目を白黒させているポーリンの取り合いには、我関せず、かしら。
ぴっと示されたリチャードの方を見ると……
「ああ、あれですとなかなか苦労するでしょうね」
「リチャードは『優良物件』ってやつですからねえ」
女の子に囲まれていた。時々、切なげな視線が送られてくるが、ごめん、助けてあげられない。
まあ、みんな必死、というか。
こういう場は、婚約者を探すのに打ってつけだ。それに、彼女たちも招待されて来ているはずなので……つまり、アプローチをかける権利は充分にあると言えなくも、ない。
「リチャードも、大変ですねえ」
「僕らまだ、社交界入りもしていないんだけどね……」
あら、アリエル君も同じような目に遭ってるのかな?
などと思っていると、彼は気遣わしげにポーリンを見た。
すると、ポーリンは、リチャードの数倍庇護欲をそそる、気の毒な表情を浮かべていた。
「…………シンディー……」
原因は明白だ。
ご令息方あんたたち、ポーリンに馴れ馴れしすぎなのよ。
「ごめんなさい……」
口々に謝る男の子たち。
ポーリンの横には、苦笑するカーター夫人が立っていて、涙目のポーリンを撫でていた。
"ほんと、あんたらしつこいのよ!"とは言えませんからね。カーター夫人が執りなしてくれて本当によかった。
もう、うちのポーリンは、繊細な子なんだからね!!
◻︎■□
「……はあ、疲れた」
何とか無事にパーティーが終了して、自室のベッドの上でごろごろごろ。
残念ながら、リチャードとはあまり話せなかったし。
ああ、もう思い出したくない。胃が痛いよ……。
ポーリンとレスリーも仲良くなってるし……あの2人、性格は正反対だと思ったけれど、案外気があったようだ。
2人の出会いを、私がうっかりしたせいで4年も早めてしまった。これが、吉と出るか凶と出るか。
でも、正直、2人が対立するよりはマシなのではないか、とも思ってしまう。
とりあえず、リチャードとサミュエルがどうなるのかが気になるな。
あとは、アレクサンダーが下手に絡みに行ったりしなきゃいいけど……。
あの従兄、妙にリチャードのこと気にしていたし。
でも、リチャードを気にしていたと言ったら、レスリーもそうだ。これ、リチャードのことを好きになる流れだったらどうしよう。いや、悪いとは言わないけれど。
ふかふかの枕に顔を埋めてーー叫び出したい衝動に、私は必死で耐えるのであった。




