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2人で、仕方なく庭に出た。

庭というか、草原というかなんというか。かろうじて塀に囲まれた草原である。やや遠くに見える山脈が、アルプスの少女を彷彿とさせた。


「お祖父さま方のお話って、何なのでしょうね」


無表情のアレクサンダーに尋ねると、ふいと顔を背けられてしまった。


「知らない。俺らには関係ない話だろう。人の話に口を突っ込むなんて見苦しいと思わないのか」


な、なんだこのクソガキめ。


「直接お祖父さま方にお尋ねしたわけでも、お話の邪魔をしたわけでもありませんわ。そこまで言われるなぞ、心外です」


すると、彼は半ばギョッとしたような表情を浮かべる。私が反論したのに驚いたようだ。

気づいたときには、アレクサンダーは好戦的な笑みを湛えた瞳で、じっと私を見つめていた。


「お祖父さまから聞いていたのと少し違うな。こっちの方が素か?」


典型的な、フラグ的なものを立ててしまったーーかもしれない。

私は、平凡でどちらかといえば控えめな令嬢、シンディ・カスターのはずだったのに! 俺様イケメン従兄とのフラグは結構です!

必死の叫び(心中)も虚しく、アレクサンダーは私の肩を軽く叩いた。

そして私から顔を背け、


「貴族の令嬢、いや、子息は、俺たちくらいの歳からもう強かな奴も多い。子供のうちに俺に取り入って、いい思いしようって奴はいっぱいいるんだよ。俺はそんなのごめんだ。俺が公爵の息子でない人間でも見てくれる人間と親しくしたいんだ」


と、低い声で言った。


「……お前は、レスリー・ハンナ・ゴードンと親しいと聞いている。だから」


ふーっと、呼吸音が聞こえた。

少しだけ、アレクサンダーがこちらに顔を向ける。躊躇うように、また背ける。私の肩に置かれた手が、少し震えた。


「従妹と言えど、会ったことのないお前を警戒していた。レスリー嬢に取り入っているだとか、逆に蹴落として王太子妃を狙っているだとか言われているのを聞いたんだ。だから、……打算的な人間だと、思っていた。しかし、違ったのだな。あれほど冷ややかな態度で反論してくるとは、少なくとも俺に取り入る用はないか」


さっきまであんなに不遜な態度だった従兄は、今や控えめな微笑さえ見せていた。


「何も知らず疑って、済まなかった。俺はどうやら自惚れていたようだ」


「…………いいえ。レスリーさんも似たようなことを仰っていましたし。私は周りの人に恵まれているみたいです」


アレクサンダーの顔が、こちらに向く。私のもう一方の肩にも彼の手が置かれて、アレクサンダーはやや背を屈めて目線を合わせてきた。


「……お前のことは、信用してもいいか」


頷くと、灰色の目に爛々とした光が戻ってくる。


「そうか、そうかそうかそうか。よし、分かった。お祖父さまの目に狂いはないな。まあ、この俺の祖父なら当然か。ありがとう、シンディ」


また俺様に戻ってる……と腰が引けるが、嬉しげな年下の従兄に気を良くしてしまう。ちょっと、単純すぎやしないかと思ったけれど。


「私は、人を蹴落として何かしたいわけではありません」


そう伝えると、アレクサンダーは私の頭をぽん、と叩いた。そして、凄みのある端正な微笑を浮かべる。


「ならいい」


「アレクサンダー様、何だかお祖父さまみたいですわね」


「……うっ。そうか」


あんなに自信満々な顔だったのが、急に胃痛に襲われたような表情になり、アレクサンダーは私から離れた。




◻︎■□



その後、やたら機嫌のいいアレクサンダーとは色々話した。

彼は社交界入りを済ませているので、割かし色々な情報を持っているのだ。


「……そういえば、先ほど仰っていた、私の噂とは?」


「さっき言った通りさ。具体的に何か言われていたというよりは、あの程度の抽象的で根拠のない妄想のようなーー社交界ではよくある噂だ。現に、間に受けているような大人はいなかった」


「それは、子供は別、ということでございますの?」


アレクサンダーは、鼻で笑いながら肯定する。


「しかし、その噂はスローン夫人やゴードン夫人がハッキリと否定なさったから気にすることはない」


「ですが、アレクサンダー様は信じておられたのでしょう?」


うっ、と鈍い悲鳴のようなものが漏れてきたので、失礼とは分かっていたがため息を吐いてしまう。


「……実は、夫人方が否定なさるまでは、"シンディがレスリー嬢に取り入っているのを見た"という人がいたのだ。お2人の耳に入らないように噂を流していたようだが、流石に限界が来たようでな」


「……それ、どなたです?」


「ギル・ライトさんだよ」


「ライト?」


途端に顔を顰めた私に、アレクサンダーが慌てた様子になる。


「リチャード・カーターの誕生日パーティーで、お前がレスリー嬢と親しげに話していたとーー強引に自分のペースに持ち込んで、家に呼ぶよう頼んでいたと。そう言っていたんだ」


ふーん、と声に出さず呟くと、彼は自分がギル・ライトになったかのように冷や汗をダラダラ零す。


「まさか、あのライト侯爵の息子が嘘を吐くとは誰も思っていなかったんだ。しかも、嘘を吐くメリットはない。……それに、あながち嘘ではないんだろ?」


「……2人でお話したのは本当です。けれど、話しかけてきたのはレスリー様からですわ。そのギル・ライトとやらは信用できる方なんですの?」


ライト……つまりは例の男だろう。グレース憂女伯の血を引く、王家の血を引く一族の。


「ああ。ギルさんは俺の1つ年上だが、学園でも品行方正で、家柄で人を差別しない人間だと有名だ。メリット以前に、嘘を吐くような人ではないはずなんだ」


深いため息を吐き、困惑するアレクサンダー。


「……嘘というよりは、勘違いでしょうね。その方が、アレクサンダー様の仰るようなお方であるならば」


まさか前世の話をするわけにもいかない私は、無難な答えを返す。

一応それで納得してくれたのか、彼は頭を掻いた。

気まずそうに、続ける。


「……それと、後味悪いからこっちも聞くが。馬車で轢き逃げしたと勘違いされたらしいな?」


「なぜ知っているんですの?」


嫌な予感がした。頭にはあのライトの阿呆面がチラチラ浮かんでいる。


「……ライト侯爵夫人の開いたお茶会で、そんな噂があったと言った人がいたらしい。彼女は"轢き逃げは勘違いだったと聞いた"と話したらしいが、そんな噂が立つこと自体がよくないだろ。大丈夫なのか」


「し、知りませんでしたわ……」


「だろうと思った。ライト侯爵夫人が、"こんな噂が広まるなんてカスター家に失礼だから、口外するな"と釘を刺したと聞いている」


それ、マッチポンプ?と尋ねたくなるが、そうできたら、今頃苦労していないと気づきーーため息を吐いた。


「……私からも、1つよろしいですか?」


「あ、ああ。いいぞ」


じっとりとした私の目つきに圧されたのか、アレクサンダーはヘタレな反応だ。


「私がゴードン邸にお伺いしたのは、先週ですよ」


言わんとすることを察したのだろう、彼はちょっと首を傾げた。


「轢き逃げの話が出たのは、茶会と言ったが、まあ、つまるところ夜会だ。つまり、一昨日の夜のことだったぞ」


「……目撃されたのは、2時前くらいだそうです。見たのは、通りがかりの市民で、証言した紋がカスター家のものに似ていたと。ちなみに、呼び止められて間違いだったという話になったのは、遅くて5時半ごろですわ」


「夜会は7時ごろだった。……伝わるのが早すぎないか?」


我が意を得たり。ありがたい従兄だ。

まあ、私としては、ライト家が一枚噛んでいるようにしか思えないのだが……アレクサンダーに正直に話すわけにもいかないだろう。


「その話をしていたのがどなたかは、聞いておられますの?」


「いや。母は、そこまでは流石に分からなかったと」


母ーーつまり、カーラ叔母さまか。


「そうですか……」


「恐らく、お祖父さま方もその話はしているんじゃないか? お祖父さまに、母から聞いたことは伝えてある」


お、気が利く子じゃないか。

俺様な態度は、ある程度周囲の評価に裏打ちされてのことなのかもしれない。


「…………それにしても、俺が事前に聞いていたのとだいぶ違うぞ」


「え? 何がですか?」


見極めようとしているのか、灰色の目を細めて、アレクサンダーは私を凝視する。長くて、ビューラーで上げたかのような睫毛の存在感がすごい。


「お前は、大人しく人見知りで、お祖父さまやお祖母さま相手でも怯えるような性格だと聞いていたぞ。初対面の俺と、堂々と話せるようには思えない。猫を被っていたのか? でも、それにしては急にやめるんだな。わざわざ人見知りするメリットはあるのか? これは一体……」


あ、やばいかも。ついさっきまで気にならなかったのに、自分の長い黒髪がふわふわなことを思い出して、影になった自分の姿が妙に気になる。

咄嗟に、言葉が口から出ていってしまう。



「……ぽ、ポーリンがっ、ハキハキしていて素敵だと、思ったから……」


途切れ途切れの空気の振動が、アレクサンダーの耳まで届いたらしい。

深くなる眉間の皺に身構えるとーー


「ポーリンって、誰だ?」


そっちかい。

私は、素敵な幼なじみである2人について、うんざりされるほどに懇切丁寧に説明してあげた。漫画の読者でしか分からないようなことまで口走ってしまい、アレクサンダーをドン引きさせてしまった。


「お前が、その2人が大好きなのは、よく分かったよ……」


目を逸らしながら言うアレクサンダー。ごめんって。


「も、申し訳ありませんわ……」


「いや、まあ、いいよ」


歯切れよく、とは言わないが立ち直った様子で答え、彼はこんなことを言った。


「リチャード・カーターか。来月、入学してきたら探してみるか。お前がそんなに褒めるのが、どんな男か気になる。伯父上や伯母上も気に入っているんだろ?」


「……左様でございますか」


機嫌がコロコロ変わるようで面倒……いえ、お可愛らしい従兄は、上機嫌で新学期のことを考えているらしい。


「もうすぐ、休暇も終わりだからな。来年からは夜会にも出られるし世界が広がる。有意義に過ごしたいんだ」


などと宣っている。

これいつまで続くのかな……と呆れていると、お祖父様が呼びにきてくれた。



◻︎■□



応接間に戻ると、苦笑と微笑の中間くらいの表情の両親が話し合っていた。


「あら、2人とも。お帰りなさい」

お母さまが、今度こそ優しい微笑を浮かべてくれる。お祖父さまは、私たちの頭をそれぞれ片手でわしわし撫でた。


「お前ら、仲良くしてたか? 将来の妻と夫だからな。喧嘩は程々にだぞ」


「ちょっと、お父さま! それは言わない約束……!」


「レイチェル、落ち着いて。……アレクサンダー君、シンディ、座って」



◻︎■□



「結婚?」


異口同音。私もアレクサンダーも、困惑とうっすらとした怒りを交えた口調である。


息子のいない伯爵家の一人娘と、跡を継げない公爵家の三男。

従兄妹同士だし、お互い下手な相手と結婚させてしまうよりずっといい。

だけど、この先何があるかは分からない。だから、まだ親同士の口約束。

本人達にも、まだ言わないでおこう。そんな風に話していたのに、……お祖父さまがやらかした。


「すまんすまん……」


「せめて、お母さまが帰ってくるまで待つって約束でしょう……」


「レイチェル、そう怒らないで」


珍しく しおらしいお祖父さま、珍しく眉を吊り上げるお母さま。いつも通りなのは、お父さまだけである。



先程までの雰囲気が嘘のように、気まずい空気が私とアレクサンダーの間に流れた。沈黙に包まれる応接間の中で、お祖父さまだけがしょんぼりと弁解を続けている。かわいそうだからそんな目で見ないであげて、お母さま。


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