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その夜見た夢は、意外にも平和なものだった。

詳しくは覚えていないが、美味しいものを食べられた気がする。


◻︎■□



目覚めると、眼前にはーー


「わっ、お、お父さま!?」


なんと、お父さまが至近距離で私を見つめていた。


「ごめんよ、シンディ。あんまり寝顔がかわいくてね」


にへらにへら、11歳の娘はそんな父の顔に微妙な気持ちです。


「……今日は、お休みですか?」


「ああ。近頃忙しかったからね。昨夜は、レイチェルとゆっくり話せてよかったよ」


それは、馬車疑惑のことを言っているのか、それともそういう方向だろうか。


「お父さまとお母さまは、仲がよろしくていらっしゃるのね」


ちょっとだけ、カマをかけてみる。


「え?ああ、確かに世間の夫婦よりは仲がいいかもしれないね。まあ、レイチェルは並みの女性とは違うからね。とても愛らしくて、気品があって、それにそそっかしくてね。ライバルも多くて苦労したが、今は本当に幸せだよ。結婚式で、何人の男が歯ぎしりしていたか、シンディにも見せたいくらいだな。あの日のレイチェルがどれだけ美しかったか表現できない自分が恨めしいよ…………」


お、おう。

気持ちが顔に出ていたらしく、お父さまは我に返る。ラブラブかよ。


「その中で、シンディも大きくなったねと話したんだよ。レイチェルが、『そのうち、社交界デビューして反抗期が来て、相手にされなくなりますよ』なんて言うものだから……」


なーるほどね。それでこっそり覗きに来たと。


「お父さま、それ、私が社交界にデビューした後でしたら危なかったですよ?」


苦笑して頷くお父さまの後ろに、人影が現れる。

ドアから覗いた顔は……


「エリック。わたくしは、確かに『娘を堂々と可愛がれるのも今だけです』とは言いましたが、覗けとは言っておりませんことよ……?」


途端にお父さまは居住まいを正し、振り返って満面の笑みのお母さまを見る。


「ごめんって、レイチェル! 僕は連勤明けでどうにかしてた、許してー!」


哀れなるお父さまの悲鳴が、はた迷惑にも私の部屋に響き渡った。



◻︎■□



その後、とりあえず平和に朝食を済ませた。

今日は授業がお休みの日だ。ディクソン先生、最近忙しいらしい。


「今日は、1日のんびりできるわねえ」


お母さまが、薄くて綺麗なカップを口につける。いい香りのお茶に、顔を綻ばせて。


「そういえば……お義父さまとお義母さまが来たんだよね。僕はお会いできなかったけれど」


「そうね、1週間前かしら?シンディにってドレスを頂いたわ」


お父さまは、困ったように腕組みする。


「お礼を言うのを忘れていたよ……。ローティのお礼は伝えたが、こちらも早い方がいいよね……」


「あら、でも、いいのよ別に。シンディに直接会って、お礼を言われただけであの人たちは充分なんだから。手紙だけ出しましょうか?」


お母さまは苦笑する。確かに、お祖父さまのあの感じからすると、お父さまからの手紙よりは、孫に一言笑顔でお礼を言われた方が嬉しいだろう……


「なら、1度伺うかい? 近いうちに来なさいと、この前言われたから」


そこに、お父さまは思わぬ話を投下してきた。

えっ、とお母さまと私が戸惑うとーー


「レイチェル」


お父さまは、お母さまの耳に近づいてこしょこしょこしょ。


「…………そうね、それなら、仕方ないわ……」


困ったような、嬉しいような、呆れたような表情で、両親の同意が成立した。まじですか。


「きょ、今日行ってもよろしいんですか?」


冷や汗をかきながら尋ねると、


「早い方がいいわ……誰にとってもね。どちらにせよ、クロークスまでは何日もかかるから」


お母さまの、恐ろしくも美しい笑顔にーー私の汗は止まらないのだった。



◻︎■□



そうと決まればすぐ行動。

使用人のみんなもテキパキ動いてくれたおかげで、1時間と経たぬうちに、……私たちはすでに馬車に揺られていた。

サンディ公爵領のクロークスは、山あいにある肥沃で平和な土地だ。


北へ北へ、馬車はゆったり進んでいく。馭者は、ゴードン邸へ行った時と同じ、オーウェンだ。


「すごい……」


高い高い山脈が、遠くに見えてきた。この南北に長い山脈が、クロークスまで続いているのだという。

日本の山を思い出した私は、ちょっと気をよくして微笑んだ。



□■□



間に休憩を挟みつつ、国の北端に領地を持つサンディ公爵家への旅路は1週間ほどを要した。

お父様は、バッチリ休暇を取っておいていたらしい。つまり、クロークス行きを提案した時点で決まっていたと……


「懐かしいわあ、もうすぐね」


「この前来たのは、いつだったかな。新年の挨拶だったかな?」


……新年というと、まだ私が前世を思い出していない頃だ。

遠いということもあり、なかなかウィーラスとクロークスを行き来することはないらしい。シンディ的には、祖父母といえど、遠いクロークスに住む公爵夫妻はちょっと怖いらしいーー特に祖父が。毎回、祖母にはすぐ慣れるが。

確かに、あのお祖父ちゃんはちょっと怖いかもなあ。11歳のシンディでも、妾の意味や祖母の違う従兄弟の存在、母の異母妹とかが分からないわけもないだろうし……。

まあ、いい人ではあるんだけどね。



◻︎■□



村を通ったり、綺麗な川を越えたりして進んでいった。所々、岩があったり道がガタついたりするが誰も気にしない。

しばらく行くと門があり、見張りの人にお母さまが挨拶する。眩しそうな笑顔をした門番は、素早く屋敷への伝令を命じる。

そして、私たちはすぐ通してもらった。


数分後、公爵邸が見えてきた。

ゴードン邸は豪奢な造りだったが、サンディ公爵邸はまた違う。

装飾は最低限だが、土台の薄茶のレンガと白い木の壁、それに濃い茶色の屋根のコントラストが効いている。窓枠は屋根と同じ色で、まとまって見えるのはこれのおかげだろうか?

そして、かなり大きい。

ゴードン邸は、大きさで言えば『ほどほど』だった(王都滞在用の別宅だからだそう)。

こちらは、横にも長ければ2階建てで、さらに両端には3階分くらいの塔がある。すごい。


「さあ、着いたわ!」


少女に返ったように、お母さまが馬車から降りる。苦笑するお父さまは、私の手を取って降ろしてくれた。


「素敵ねー……」


塔を仰ぎ見ると、澄み渡る青空と広がる山脈をバックに映えている。スマホ欲しい……。

これは所謂『イン×タ映え』ではなかろうか?


「シンディ、今日は緊張していないのかい?よかったよかった」


お父さまが、私の頭をぽんぽん撫でる。怪しまれた?


「この前お会いしたばかりなので、なんとか……」


これが無難か、と思う答えを返すと、お母さまが微笑んだ。


「お父さま、喜ぶわね。あの人、あれで意外と気にしているのよ? シンディに懐かれないって」

あ、そうだったんだ。かわいいお祖父ちゃんだな。


「さあ、行こうか」

馬車を置いてきてもらうように頼み、私たちは屋敷の扉の前に立つとーー


「よく来たな!」


にっこにこのお祖父さまが、自ら扉を開けてくれたのだった。



◻︎■□



「ウチの見張りは皆優秀なんだよ。すぐ伝令が来たぞ。……おっ、旨そうなケーキだな。ありがとうな、エリック君。クララは、あと1時間もすれば帰ってくる。待ってやってくれよ。さあ、応接間はこっちだ」


公爵らしからぬ軽い口調で、お祖父さまは私たちを応接間に通した。

古参の執事やメイドさん方は、もう仕事の完遂を諦めているらしく、


「相変わらずよねえ、お父さま。こういう時は、必ず自分で案内したがるわよね。口を出すと怒るもの」


「左様でございますね。しかし、皆、旦那様のこのようなところも含めて慕っておりますからねえ。お嬢様ーー失礼いたしました、カスター夫人も変わらずお元気なようで何よりです」


「あら、いいのよお嬢様で。いつも言っているけれど、屋敷のみんなに呼ばれたら、却って恥ずかしいわ」


などとお母さまとの昔話に花を咲かせていた。それでいいのか。


「シンディ、あのドレスは着たか?」


「はい、着てみました!」


「お、そうかそうか。どうだった?」


「どちらもとても綺麗で、肌触りも良かったです。ありがとうございます、お祖父さま」


実際、シンディにとてもよく似合うドレスだった。社交界デビューの時のドレスも、どっちかと同じデザインにしたいくらいだ。


「そうか!」


お祖父さまが破顔する。そこに、お父さまが小声で付け加えた。


「シンディは、社交界入りのドレスも同じデザインにしたいと言っていましたよ。こんなにドレスで喜ぶのは、初めてです。ありがとうございます」


えっ、それだとねだってるみたいじゃん! と非難がましく見上げるとーー、


「……」


感極まったのか、お祖父さまは目をウルウルさせていた。あら……。



◻︎■□



広い応接間には、先客がいた。窓の方に視線をやって座っている、私より少し歳上くらいの少年だ。


射し込む陽光に艶めく濃い赤茶の髪、横顔からちらりと見える瞳はグレー。


「お前は初めてだろう。こいつがアレクサンダーだよ」


私の頭をぽん、と叩き、少年を指差すお祖父さま。


その声で気づいたらしい、アレクサンダーは素早く立ち上がり、こっちに歩いてきた。


「こんにちは、お久しぶりです。伯父上、伯母上」


彼は、優美な美少年・リチャードとは違うタイプの美形だ。


子供っぽいいたずらっ気と、青年になりかけの甘い野性味が、絶妙な分量で混ぜ合わされた、気の強そうな顔立ちの男の子。

爛々と輝く瞳が、俺様オーラを醸し出している。


まあ、私の精神年齢よりはまだまだお子ちゃまだが。3年後に期待しよう。



「アレクサンダー、こいつがシンディだよ」


お祖父さまにぐいと押され、私はアレクサンダーの前に立った。


「初めまして。シンディ・カスターです」


「こちらこそ、初めまして。アレクサンダー・キールです」


口調こそ丁寧だが、完全に舐められているのがすぐ分かった。確かに、私だってまだ11歳なんだけどさ、14歳だって似たようなものよ。


「アレクサンダー君、また背が伸びましたか。1年ぶりだからかな」


お父さまが、アレクサンダーに尋ねる。微妙な口調は、関係の薄さなのか家柄の問題なのか。


「はい、この1年でかなり。成長期ですかね」


「男の子は、この時期ぐっと大きくなるものね。カーラは元気?」


「はい、とても元気ですよ。伯母上にお会いできないのを、悔しがっていました。よろしくお伝え下さいとも」


大人への対応も如才ない雰囲気だが、隠しきれない俺様オーラが私の方まで流れてきている。思わず首を傾げてしまうと、お祖父さまが席につくよう促した。


「さあ、お前たち座れ座れ。クララが帰って来ちまうだろ」



◻︎■□



かくして、アレクサンダーを加えた謎メンお茶会がスタートした。

アレクサンダーの、学園での話は面白かった。お父さまやお祖父さまも通っていたというので、話が盛り上がっている。


「来年は、王太子殿下ご入学ということで、学園中大騒ぎですよ。先生方も緊張しておられますし」


おっ、その辺は私も興味あるなあ。

リチャードも来年だからね。


「王太子殿下と同じ歳だと、やっぱり大変なんでしょうか……」

尋ねてみると、


「この子のお友達も、来年入学なのよ」


とお母さまが付け足してくれた。


「学園では、王族だから特別扱いということはないそうです。ですけど、警備の面や行事の面では苦労しそうだって先生はおっしゃっていました」


すると、お祖父さまが大きく頷く。


「先王の弟殿下と同じ時期に在学していたんだよ、俺もな。5年ごとの創立祭だけは生徒以外も入れるようにするから、その時は大騒ぎだったのを覚えてる。普段も、アレクサンダーの言うように特別扱いはナシだし、生徒もそう言われる。まあ、これが案外難しいみたいだがな」


渋い顔のお祖父さまと頷きあう、アレクサンダーとお父さま。

そりゃあ、大変だろうな……



「……そういえば、そのシンディさんのお友達という人は、何というお名前ですか?」


「ああ、リチャード・カーターよ。カーター侯爵の次男ね」


……あれ、雲行きが怪しいぞ。

2人は出会わないはずなんだけど!


「カーター……あっ、フレッド・カーターさんの弟ですか?」


「そうそう! とても優しくていい子なの。シンディも仲良くしてもらっているわ。まあ、でも、学年が違うと関わらないかもしれないわね」


「そうですね。すれ違っても分からないかもしれません」


なんだ、大丈夫かな?

あんまり原作と変えてしまうとマズいからね。気をつけなきゃ。

小さく息を吐いてカップに口をつけたときーーお祖父さまが言った。


「そうだ、アレクサンダー、シンディ。ちょっとお前たち、庭でも見て来ないか? 俺たちは、ちょっと大人の話があるんでなあ」


アレクサンダーとよく似た、獰猛な笑みを浮かべて、苦笑いの両親を手で制し。

そんなお祖父さまの迫力に押され、……私とアレクサンダーは素早く立ち上がったのだった。

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