表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大地に祈りを  作者: 葉琉
17/17

17.幸せをみんなで

「ああ、久しぶりに聞いた気がするな、シャルの説教」

 長い説教が終わった後のフェリクスは、幸せそうな表情を浮かべている。

 最初は確かに神妙な顔をしていたはずだ。

 うなだれ落ち込む様子に、リタたちは同情さえした。

 だが、今はどうだろう。

 怒られていたはずのフェリクスは、顔を上げ、目の前のシャルをじっと見つめている。

 何故そんなに嬉しそうなのかと問い詰めたくなったリタたちだが、シャルの矛先がこちらに向いては困るので、沈黙を貫いた。

 それに、今は二人の邪魔はしない方がいい。

 シャルは言いたいことを言った後だが、フェリクスの方にも、話したいことはたくさんあるだろうから。

「シャル。君に聞いてほしいことがあるんだ」

 シャルから視線は逸らさず、フェリクスは語りはじめる。

 全ての思いを吐き出すかのように。

「私はね、ずっと王宮で考えていたんだ。どうやったら君と一緒にいられるのだろうかと」

 まわらない頭で、必死に考えた。何が一番いいのか、何をすればいいのか。

 シャルは、側近でもなんでもいいから側にいたいと言ったが、本当にそれでいいのだろうか?

 自分は、シャルとどうなりたいと望んでいたのだろう。

 ただ傍にいればいいのか、それだけで満足するのか。

「かつては王子である自分だから、君もついてきてくれるのだろうと思っていた」

 二人が婚約したときは、まだ互いに子供だったから、これが政略結婚だと頭ではわかっていても、感情ではよく理解できていなかった。

 フェリクスもそのころはまだ王太子ではなかったし、母親も、寵姫と呼ばれてはいるがたくさんいる側室の1人にしかすぎず、そんな自分の婚約に、なんらかの意図があるなどとは、考えてもみなかったのだ。ただ、婚約前から知っていた年の近い女の子が、フェリクスと一緒に遊んだり話をしたりすることの方が嬉しかった。

 気が強く、男の子のように剣を持って駆け回るシャルは、フェリクスの憧れだったのだ。

 強くて奇麗で、まるで風のよう―――幼い彼の憧れが淡い恋心に変わるのに、さほど時間もかからなかった。

 だが、シャルはどうだったのだろう。

 手の掛かる泣き虫のフェリクスにいらいらして、喧嘩になったこともある。

 それでも、彼女は自分を見捨てなかった。父親さえもあきれるほど愚鈍な自分に、辛抱強くつきあってくれもした。

 それは、政略結婚が当たり前だと育てられてきた彼女が精一杯歩みよってくれているおかげなのだと、卑屈に思っていた時期も確かにあったのだ。

 でも、そうではないと気がついたのはいつだったのか。

 最初は、彼女もフェリクスと仲良くなろうと努力をしていたのかもしれない。何かあるとすぐに喧嘩になっていたのが、その証拠だ。

 何度もぶつかるうちに、いつのまにか喧嘩は少なくなり、一緒にいることが当たり前になり、そして。

「君は私が誰であっても、共にありたいと言ってくれた」

 それを聞いた時、どれほど嬉しかったか。

 彼が不出来な事も、優柔不断なことも知っているのに、それでもいいと言ってくれたのだ。

 ゆっくりでいい。

 二人で一緒に生きていこうと、そう誓いあったというのに。

 太陽神の神殿に神子が降臨したという事実が、二人の関係を変えてしまった。

 けれども、と今になってフェリクスは思う。

 いくら神殿にごり押しされたとはいえ、断る口実など幾らでも作れた。

 フェリクスは王太子なのだ。神殿とは対等であるはずなのに、それすらフェリクスには利用できなかった。

 もっと優秀であれば、よい方法を考えついたかもしれないし、もっと愚鈍であれば愚かな行為に走ることも出来たかもしれない。

 何もかも中途半端だった彼は、結局、最悪の事態を自ら招いてしまった。

 そのことに気が付づき、彼は真剣に考え続け、辿り着いた結論はひとつ。

「捨てされるものならば、全て捨て去って、君のところに行きたい。それが私の答えだと、やっとわかったんだよ。―――本当に王太子としては失格だね」

 国のために尽くすのだと思っていたのに。

 そうするべきだとわかっているのに。

 それが出来ないと知ってしまった。

 だから、全てを優秀な弟に譲ろうと思ったのだ。

 もちろん、それを弟に打ち明けたとき、当然のように反対された。王族の責任について、シャルと同じように弟は説教までした。だが、彼の決意が固いと知ると、諦めたように笑ったのだ。

「弟が―――フリッツが言ったんだ。『本当のことを言うとね。俺は前から国王になりたかった。だから、兄上をその地位から引きずりおろす機会をずっと狙っていたんですよ』って。馬鹿だろう? 悪者みたいなことを言うんだ、あいつは」

 フェリクスの思いを知った弟は、彼が罪悪感を持たないようにと、そう言ったのだろう。

 全てを押しつける駄目な兄だというのに。

「ねえ、シャル。こんなにも馬鹿で愚かな私のことは嫌いだろうか?」

 こんな選択肢しか選べない自分を、シャルが見限ってしまっても仕方ないと思っている。

 それでも、聞かずにはいられない。

「何もないのは、私も同じです。愚かなのも、馬鹿なのも」

 感情に流されて、馬鹿な行動をしてしまったのはシャルも同じだった。自分はもっと冷静だと思っていたのに、愛する人を失うかもしれないという思いに、愚かな選択を彼女もまた選んでしまったのだ。

「わたくしを―――貴族でも将軍でもないただのシャルロッテであるわたくしを、お側においてくださいますか?」

 微笑んだシャルは、奇麗だった。

 まっすぐにフェリクスを見る目に、迷いはない。

「もちろんだよ」

「嬉しいですわ」

 シャルが、フェリクスに抱きついた。

 その体をおずおずと抱きしめ返したフェリクスの顔がほころぶ。

 幸せそうな二人に、それまでのなりゆきを見守っていたリタたちの顔も緩んだ。



「これはよかったというべきなのか、これからのことを考えると大変というか」

 テオドールの呟きに、リタが傍らの男を見上げると、彼は唇をほんの少しあげて、面白そうに笑っていた。

「いいんじゃないの? だいたい、あの人、本当に王様に向いていなさそうだしさ」

 シモーネが、気も弱ければ押しにも弱そうなフェリクスに対する印象を正直に言った。

 見た目だけではない。

 寝台から下りようと足を床につけたとたん、フェリクスはわずかな床の凹みに、お約束のようにひっかかって転んでしまう。

 シャルが、あらあらまあまあといいながら、立ち上がろうとするフェリスクに手を貸しているが、あのくらいで転がるなど普通はありえない。

「運動神経も皆無だからなあ、あの人」

 かつて王宮内で見たフェリクスの様子を思い出して、テオドールが苦笑した。

「それでも、シャルのために、ここまで来たんですよね」

 剣も苦手で、気が弱くて、人の意見に流されるような人なのに、たった一人のお姫様のためにここまで来た。

 周りを説得してまわるなんて、今までしたことがなかったことさえ、やってのけた。

「物語の王子様より、ずっとかっこいいと思いますよ」

「……かもな」

 王太子としては失格かもしれないけれど、恋する男としては正解なのかもしれない。

「俺も、そろそろ将来のこと、考えないとなあ」

 ふいにテオドールがそんなことを言いだした。

「前に聞いたんだけどさ。ここ神官長が神殿を護る剣士を募集してるらしいんだよな。最近魔獣がうろついていて危ないからってさ」

 騎士なんてやめて応募してみようかな、そう言って天井を見上げた彼の手が、リタの手に触れ、そっと繋がれた。

 大きくてごつごつとした手は、少しだけ汗ばんでいた。緊張しているのかもしれない。

「そうですね。テオドールさんが護衛剣士になってくれたら、安心です」

「本当に?」

「本当ですってば」

「本当かなあ」

「なんで、そんなに疑ってるんですか」

「不安なんだよ。本当はそれほど俺がここにいることを喜んでくれていないんじゃないかって。変な奴に恨まれてる男だからさ」

 そう言った彼の顔があまりにも情けなかったから。

 リタは握る指先に力を込めた。

「私だって、不安です。だって、テオドールさん、いっぱい女の人を泣かせたって話だし。この辺りは、若い女の人もいないから、いつか飽きて出ていっちゃうんじゃないかって」

「いや、だから、それは」

 視線をテオドールに向けると、見上げたままの彼の顔が強張っていた。

「……言い訳になるから、そのことについては何も言わない」

「なんだか、真面目ですね」

「真剣だからな」

 ぼそりと聞こえた声は照れ隠しのせいか、とても小さかった。

「本気だから、嫌われると立ち直れない」

「嫌ってませんよ」

「本当に?」

「本当ですってば」

「それならば、これから俺のこと好きになってみるってのは、あり?」

 リタの目が丸くなる。いきなりそんなことを聞かれて、今言葉で即答など出来るわけがない。

「そ、それは。テオドールさん次第です」

 リタは、かろうじてそれだけ口にしたのだが。

「そうか? だったら、頑張ってみるかな」

「何を頑張るんですか!」

「いろいろ?」

 にやり、と意地悪い笑みを浮かべたテオドールの顔が間近にあって、リタは一歩後ろに下がろうとした。

 繋がれた手がしっかりとリタを掴んでいたから、実行できなかったけれども。

「楽しみだなー」

「な、何がどう楽しみなんですか!」

「だから、いろいろ?」

 疑問系なのは何故なのか。

 それに、そんなに見つめられたら、困る。

 顔も近すぎだ。

 もう少し離れてほしい。そう告げようとリタが口を開きかけた時だった。

「え、ちょっとちょっと! 私ひとり置いてけぼりで、皆、良い雰囲気になってるよ。どういうこと? どうなってるの? 寂しいじゃない!」

 大げさな口調でシモーネが叫んだものだから、全員が我にかえって、彼女の方へと振り返った。

 どの顔にも浮かぶのは笑顔。

 このまま。

 幸せな気持ちのまま、明日がくればいい―――明日だけではなく、ずっと先の未来まで。

 皆が思う願いは、きっとただひとつだ。



 その数日後、神殿に新しい神官見習いと護衛剣士が増えた。

 わけありな彼らは、毎日いろんなことに失敗したり大騒ぎしながら、それでも楽しそうに笑っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ