6 初めてのデート⑵ (side逸樹)
古都乃さんの会社に行くことになった。
行かなければ、俺のことや2人の関係もバレる可能性がある。いや、それは行ったとしても·····
それでも古都乃さん自身、会社にこれ以上迷惑をかけられないから、けじめとしてちゃんと直接会ってお詫びをして、退職願を出したいと言っている。
俺は反対することはできないし、するつもりもなかった。
全てを覚悟した。
·····でも行ってみれば、俺の顔を知っている人はいなかったようで、ものすごく脱力したし、安心した。
横田という女性と佐々木部長は、顔を知っていると思ったけど、ギリギリセーフみたいだった。
部長に紹介する前でよかった。
全てを騙して、毎日いつバレるかという強迫観念にとらわれるより、バレた方が楽になれるのは確かだ。
俺は別に守りたいものがあるわけじゃない。
兄さんや竜は、俺のことで少し大変かもしれないが、すぐに普通に戻れるだろう。
東条グループは、俺くらいで揺るがないはずだ。
いつでもトカゲの尻尾のように切れる。
佐々木部長という人は、本当に彼女を大切に思ってくれているようだ。
会社の間柄を超えて、家族に近い感じだ。もしこの事故がなく記憶をなくしてなくて、あの婚約者の浮気を知った時、きっとこの人に相談できていただろう·····
ほっとした部分もあった。彼女は一人で苦しまないといけない状況ではなかったんだと思ったから。
彼女がそうするかは分からなかったけれど、いざという時頼れる人がいた。
横田さんや佐々木部長とも連絡取れるように、LIME IDをもらっていた。新しいスマホを用意しておかないといけない。
頼れるのが、俺だけじゃなくなるのが少し複雑だ。
会社を出てからカフェに誘ってみた。
疲れているようなら諦めようと思ったが、彼女自身も大丈夫だと言った。
気乗りしないのに、無理に行こうとしたら申し訳ないから逃げ道を作った。
まさか彼女の方から『行こうと言ってください』なんて言葉、言ってくれるとは·····!
テンションが上がりすぎて、叫びそうだし抱きしめたくなった。
必死で抑えて『行こう』とやっとの思いで普通を装って言えた。
前もって調べていた英国風カフェが、会社から15分ほどの歩いた所にあるようだったから、そこにしようと決めた。
俺はいつもほとんど家では、缶かペットボトル飲料だ。
稀に竜とファストドリンクの店に行くぐらいで、カフェなんてわからないから、【女子 人気 カフェ】 で調べたらその店が出た。
でもそこに向かう途中の雑貨屋で、古都乃さんの目が食器にロックオンされ目を離さなかった。
そういえば食器は適当にネットで買った、白い皿セットだ。急いでたから選んでる余裕がなかったし、俺にはそんなものがよくわからなかった。
古都乃さんの選んだ食器で、古都乃さんの料理を食べられたら·····と想像したら、すぐに顔と口に出ていた。
始めは、これ以上お金を使わせたくないからなんて、女神すぎると感動したけれど、とにかく自分の欲望と、古都乃さんにも生活を楽しんでもらいたくて頼んだ。
彼女は幸せだと言ってくれた。
俺に負担をかけて申し訳ないとも。
·····彼女が申し訳ないと思うのは、俺が彼女の婚約者という前提があるからだ。
恋人だからという俺が、本当は彼女の過去を盗んだ男だと知ったら、そんな風には思えないはず。
幸せだというのも·····
瞬間ものすごく嬉しくて、彼女に告白してもらったような気分だった。でもすぐに目が覚める。
俺は偽物だから·····
彼女に恨まれるだろう未来を知っている。
でも·····だけど·····今だけは──今だけは、彼女を大切に思っている婚約者でいさせてほしい。
全力で君を守るから。
彼女から聞かれた。
名前で呼び合っていたのか、彼女の好きな飲み物は·····何も知らなかったと改めて痛感した。
これからどんどん彼女を知っていける。
そして、新しく彼女が吸収することを見守っていられる。
美味しいものを食べる時の表情
紅茶を飲んで感動した時の表情
幸せだと言ってくれた表情
どんどん失いたくないものが増えていく·····
いつか手放さないといけない時、素直に諦められるのか。
ストーカーのようになってしまうなんて、絶対嫌だ。
彼女を怖がらせたり、不安にさせたくない。
俺がこうしたのはもちろん、彼女のそばにいたいと思ったことが一番だ。
だけど、それともう一つ。
あの婚約者に彼女を渡せば、自分のやったことを隠したまま結婚してしまう。彼女がそれを知らないままで、いつか傷ついて苦しむなんて嫌だった。
あの男に任せるなんて嫌だった。
だったら、俺が彼女のそばにいて守りたかった。
だけど·····もし彼女は知っていたとしたら?
既に浮気がバレて、揉めて二人で話し合って収まっていたとしたら?
それでも彼女はあいつを好きだとしたら?
もしくは別れて終わっていたとしたら·····
俺のやってることは、どちらにしても自己満足になってしまうよな·····
古都乃さん、ごめん。
もう少し、あなたの記憶が戻るまで·····
いや、一人で生活できるようになるまででもいい。
俺のそばにいてほしい。
美味しそうに紅茶を飲み、スコーンやケーキを頬張る古都乃さんを見ながら、幸せを感じながら、そんなことを思っていた。




