6 初めてのデート
「人が多いから手を繋ごう。繋いでたら人の多さもしんどくならないかもしれない」
「ありがとうございます」
手を重ねると、なんだか恥ずかしい顔をして、頬を赤くした東条さんを見たら、私も赤くなってしまった。
同時に、私達婚約までしてるのに、東条さんはとても奥手なのかと不思議な気持ちもあった。
街中を歩いていると、大きな雑貨屋があった。
食器などが店頭に飾られていて、花柄やウサギのデザインのものに目が止まった。
桜模様のお皿シリーズと、うさぎの後ろ姿で振り向いているデザインの和風食器が、とても可愛行くて歩きながら目で追ってしまっていた。
それに気づいた東条さんは、手をくいくいと引いて入ってみようと言ってくれた。
見るだけでも楽しみたいと思って、ちょっと寄り道をすることにした。
「わぁ、桜柄が彫られてある。この中皿のグラデーション、薄紅の色具合が綺麗!あっ!こっちのウサギの小皿·····豆皿!かわいい。ウサギが立体になって乗ってる!わぁ·····やっぱり高い·····」
独り言を言ってしまってた。
楽しかったからテンションも上がってる。
事故に遭って最初は、不安と恐怖と痛みが一番に襲ってきていた。その後は、彼がいてくれる安心感、穏やかな日々·····でも不安は常にあった。
記憶がなくて·····
でも今はこれらの不安を、全く考えなくて可愛いものに集中できた。こんな気持ちが上がるのは初めてだ。買い物でストレス発散って、本当にあるなぁと思った。
そんな私を見て彼は微笑んでた。
「あ·····年甲斐もなくはしゃいでしまったわ·····恥ずかしい」
「そんなことはないよ。そんな嬉しそうな楽しそうな古都乃さんを見れて嬉しいです。よかった·····やっと本当のあなたの笑顔が見れた」
悲しいような苦しいような笑顔。
彼はずっと私を気遣ってくれてる。
私はずっと不安で、自分が何者か分からなくて。
でも、彼もずっと不安だったのかも·····きっとそう。
辛かったんだろうと思った。
大変だったのだとも、わかった。
彼は私が何もできない分、全てしてくれて受け入れてくれて、支えようとしてくれて·····ずっと頑張ってくれてる。
ううん、仕事もしててあんなに頭脳を使うことをしているのに、私より彼の方が疲れているのかもしれないなのに。
そんなこと全く悟られないよう、優しくいつも微笑んでくれていた。
そんな思いで彼を見てると、胸が熱くなって幸せな気持ちになって、彼を抱きしめたくなった。
記憶をなくす前の私も、東条さんのそんな深い優しさに惹かれたんだわ、きっと。
「古都乃さん?もしかして気に障ること言いましたか?」
「えっ?あっ、いいえ、違います。そんなこと全く!ただ、ただ·····いつもあなたに負担をかけてしまっていたんだなぁって思って。自分ばかりが辛かったんじゃないって·····ごめんなさい、改めて申し訳ないなぁって」
「そんなことない!前も言ったけど、何一つ負担とか辛いとか思ったことはない!幸せなんだ。
辛い思いをしている古都乃さんに申し訳ないけど、もちろん·····記憶が戻るに越したことはないけど、今のまま·····今のままでも幸せなんだ。古都乃さんがそばにいて、俺に頼ってくれて·····役に立てて、俺とこうして一緒にいてくれて·····恋愛できて。あ!いや、初めてから始められて、思い出がひとつひとつ積み上げられて·····だから、本当にそんな風に思わないでほしい。俺の方が申し訳ない」
必死で、私を間違った思い込みをしていると、正してくれ嬉しい思いを告げてくれた後に、苦しそうな顔に変わり、申し訳ないって言葉が来た。
どうしてその言葉が出て、辛そうな顔になったのか不思議だった。
東条さんは時々そうなるけれど、その前の言葉、【幸せを、また始められる】
という言葉が私を幸せにしていてくれたから、その不思議を解くことより、彼に告げたい言葉への意識の方が勝った。
「ありがとうございます。私も·····幸せです。とても·····」
「古都乃さん·····」
まるで告白してる気分。
高校生のような·····恥ずかしい。
でもちゃんと言葉にしなければ·····したいと思ったから·····。
お互い向かい合って、手を繋いだまま頬を染めあって、少しうつむいてしまった。
そんな空気のひとときさえ心地よくて。
でもここはお店で、街中で·····人がたくさんいる·····と我に返った。
「あ!あ·····他のも可愛いですよね。湯のみ、茶碗とか·····」
「え?あ·····そう·····ですね·····お皿揃えてきましょう」
「いえ!お家にはお皿あるし、見てるだけで十分楽しいので」
家にあるお皿は、白だけで統一されているものが揃えられていたから、これ以上お金を使わせるのも申し訳なく、必要なもの以外は慎むべきだと思った。
「あの皿は元々、俺の部屋にあったものを急いで持ってきただけで、ゆくゆくはちゃんとしたものを揃えようと思ってたから、古都乃さんとこうしてこれて、好みのものを見つけたなら良かったから」
「でも使えるものは使って、ないものを買うようにしましょう?私は働いてないから、あなたにばかりお金を使わせたくないです」
「ありがとう·····そんな風に言ってもらって。でも俺がそうしてほしい。古都乃さんの好きなもので、部屋を飾って埋めてほしい。それを見るのも俺の幸せだから·····どこからも、あなたを感じられるから。ここまで頑張った俺に、ご褒美としてそうしてほしいです。ダメですか?」
「そんな·····ずるいです。そんな顔で言われたら·····」
「なっ·····こ、古都乃さんこそ、そんな上目遣いで可愛く見られたら·····」
東条さんが、いつになくシュンとした顔をしながら話してると思えば、『ダメですか?』と甘い声で微笑むなんて、ズルい。
と、思ってたら、彼は彼で悶えていて、なんだか私たちって似たもの同士?
そう思ったら笑えてきた。
「ふ、ふふっ·····あはは」
「古都乃さん?·····は、ははっ」
彼も笑い始めた。顔を少し赤くして。
それから、彼が言ってくれたように、お皿を揃えさせてもらった。
洋食用や飲み物の食器は、また別のところで見ようということになった。
これからの楽しみに、少しずつ増やしていこうと。
荷物は送ってもらうことにして、今度こそカフェへ向かった。
東条さんが調べて、連れてきてくれた英国風カフェは、とても可愛いアンティークで全体がまとめられていて、とても雰囲気も好みなとこだった。
ティーカップもイギリスの食器ブランドのもので、食器それぞれには、1色のみ使われて描かれている。
けれど描かれた絵柄、色の出し具合も素敵で1色のみでも地味な事はなく、イギリスの雰囲気を現わすような落ち着いた華やかさだ。
普通のティーカップソーサーより厚みがある。
紅茶も20種類以上あり、説明がそれぞれされている。
紅茶に関する記憶がないから、真剣に読んでいると、東條さんが私を目を細めて見ていることに、全く気づかなかった。
私はこんな感じが好きだったんだろうか。
わざわざ東条さんが連れてきてくれたんだから·····そう思い、聞いてみたら
「うん·····そう、だったんだと思う·····」
と、歯切れが悪かった。
「決まりましたか?」
「あ、えーと、んー迷う·····東条さんは決まりました?」
「·····やっぱり迷ってたんですね。俺は何でもいいから、古都乃さんが飲んでみたいのを選んでください。それを飲み合いましょう。デザートもね」
「え?でも·····いいんですか?」
それじゃあ、好きなものを口に出来ないから、自分の好きなものを頼んでほしいと、言わないといけないと思ったけど、飲んでみたいのがたくさんありすぎたし、スイーツもどれも美味しそうだったから、自分の欲望に従って甘えさせてもらう事にした。
「お決まりでしょうか」
「えっと、じゃあハウスティーとダージリン夏摘みお願いします。あと·····スコーンとキャロットケーキもお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
優しく微笑んだ店員さんが、去っていたのを目で追いながら、カボチャのケーキも美味しそうだったなぁと、何気に呟いてしまった。
「ははっ。意外に古都乃さん迷うんですね」
「あっ、はい·····ふふ。そうみたいです。意外でした?いつもは即決でしたか?」
「あ·····いや、いつも迷ってるかな·····会ったばかりの頃は、迷わない人っぽかったから·····」
·····なんだか東条さんが、ちょっとおかしな言い訳をしている気がしたけど、その少し焦ってる姿がおかしくて可愛いと思ってしまった。
もう少し彼と距離を縮めたい。
それには、私から歩み寄らなければ、彼は決して、私に踏み込むようなことはしないだろうと確信していたから。
「東条さん、お願いがあるんですが」
「!·····はい、何ですか?」
穏やかな表情が一変し、緊張した面持ちになった。
「あの、大したことじゃないですから。その、私達普通に話しませんか?」
「えっ。普通?·····」
「ええ。敬語じゃなくて、今まで通り·····昔みたいに普通に。私に配慮してくれてたんでしょ?今は大丈夫なので、むしろ普通に話した方が自然に感じるので敬語はやめたいんです」
「あ·····あ、そう·····ですね·····いいんですか?普通にして·····」
「もちろんです。敬語じゃない方が、何かの拍子に昔していた事や話してた事が、ぱっと断片的にでも出てくるかもしれないし。
名前も呼び合っていたようにしませんか?私達なんて?」
「えっ?名前は·····こと·····古都って呼んでました。あなたには·····逸樹·····と」
「·····古都って呼ばれてたんだ。可愛い感じ。·····いつきさん·····」
「呼びにくいなら、なんでもいいので!」
「そうですね·····急に呼び捨てはハードルが高いので、【いっくん】はどうですか?」
「いっくん·····」
「はい·····あ、幼稚ですか?じゃあ、別の·····」
「いや!いっくんで!」
戸惑っている感じがしたから、子供扱いされたと思って少し嫌だったのかと思い、別の名を提案しようとしたら、食い気味に言われた。
「いいんですか?」
「もちろん!そっちの方が親しみ感じるので」
「分かりました。じゃあ、これからはいっくんって呼びますね。よろしくお願いします。あ、いっくん·····よろしくね。·····なんだか恥ずかしいな。ふふ」
「本当に·····でも、こと·····古都か」
私の名前を、確かめるように言った。その後、少し赤くなってた。
「お待たせしました」
「あっ、はい」
2人の店員のうち1人が香り高い紅茶のサーブをしてくれ、その間にもう1人の店員にスイーツを並べられ、とても美味しそう。
「わぁ、とっても美味しそう!なんだか派手に飾られて、バズるって言われているのより、温かみがあっていいなぁ。私はこういうのが好きだったんです·····あ、好きだったんだ」
「え、あーそうかな。そうなのかも·····ごめん、はっきりとは·····2人で会ってる時は、色々なファーストドリンク系のお店とか·····」
「あ·····そうなんだ。ここを選んでくれたのは、私達がこういうところに、行ってたのかなって思ってたんだけど違ったのね」
「····ごめん」
「えっ、謝らないで!全然何も悪くないわ。ここに連れてきてもらって嬉しいから。
紅茶もとても美味しいし、スコーンもケーキも·····幸せだなぁって感じて」
彼が思った以上に落ち込んでしまって、びっくりした。そんなつもりじゃなかったのに。
ただ、2人でよく行ってるというか、紅茶を飲んでいつもの味とか、そういうの全くなかったから納得した。
記憶をなくしてるから、当たり前だろうけど·····この前、竜さんにコーヒーを入れた時、コーヒーの香りが当たり前の感覚があったのも不思議だった。
ズキッ·····!
また頭痛がした。
「気に入ってくれたなら良かった」
いっ君はほっとしてるようだった。
「いっくんは紅茶をよく飲むの?私も飲んでた?」
「俺は·····古都、といる時以外は適当で、水分なら何でもだったんだ。古都乃は飲んでたよ·····」
「確かに、いっくんと家に入った時、ゴミ箱に炭酸系とか、お水とかのペットボトルいっぱいだった」
「はは·····」
きっと急に入ることになって、準備をしながら飲んだりしたんだろう。
食べ物もコンビニで買ったお弁当や、カップ麺の空がゴミ箱に入っていた。
「時々飲むのは、好みがあるから仕方ないとしても、体のためには毎日飲むのは良くないわ」
「はい·····気をつけます」
見るからにまたシュンとしている。
なんだか可愛い·····
「これからは、私が淹れるわ。お茶かコーヒーか紅茶をね。で、時々は好きなドリンクを許可します」「ありがとうございます」
「ふふっ」
「ははっ」
「食べましょうか。スコーンから食べる?温めてくれてるみたいだし。クリームとジャムをつけるって言ってたよね」
「うん、じゃあ、俺が」
そう言って当たり前のように、いっくんがバターナイフを持って、説明があったようにスコーンを横から二つに割り、慣れない手つきでクリームとジャムをたっぷりのせて差し出してくれた。
してもらうという違和感があったけれど、同時にしてもらっている、甘やかしてもらっているというくすぐったさもあった。
2人で紅茶の美味しさや、他の紅茶もまた今度試そうとか、スコーンが思ったよりクリームとジャムをつけると、コクもあって美味しいと感動したり、キャロットケーキのスパイスも、驚ろきと癖になる味だと、女子会のように2人で感動したりしながら、穏やかで優しく幸せなひとときを過ごした。




