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5 もう2人の味方




会社の入口の前で止まり、入るのをためらう。

東条さんは私の背中に手を添え、優しく微笑み大丈夫と勇気付けてくれた。そして、私より先に会社の扉に手をかけ、事務所に入り第一声を発してくれた。

私もなんとか続いた。


「失礼します」

「····· 失礼します」



中に入れば、一斉に私たちに会社の人達の目が集まった。怖い·····迎え入れてくれる様子ではなく、向こうも私の様子を伺うような雰囲気だ。

私の勤めているはずの会社だけど、もちろん覚えていないから、本当にここ私の居場所はあったのかと思ってしまう。


「あの·····彼女が·····佳倉が今回このようなことになり、皆さんにご迷惑とご心配をおかけしました。申し訳ありません」


東條さんが固まっていながらも話し始めた。

恐れている私の背を撫でながら、しっかりと挨拶をしてくれた。

彼は決して人付き合いが得意ではないのは、この数週間過ごしている、始めの方で分かった。

私に説明するのも慰めるのも、なんとか言葉を探り考え、気持ちを測りながら口にしてくれていたのを感じたから。

そんな人が、私のために頑張ってくれている。

だから、私も一歩踏み出したかった。


「申し訳ありません、ご迷惑をおかけします。今もまだ思い出せなくて、仕事の面でかなり皆さんにご負担をおかけして·····」


「古都乃!」


何を続けて話せばいいか、迷いながら話している途中、横から私の名前を呼んで抱きしめて来た人が!誰⁉️


長い茶髪が綺麗なストレート。目は大きめで、顔のパーツは、小ぶりだけど整っている。口元のホクロが可愛いさの中にも、ほんのり色気を感じさせる。男好きのする顔だろう·····


「あ、あなたは·····」

「あー、私のこともなんだ·····ショック。私、横田果耶よ。古都乃とは同期で仲良くしてたの。お昼も一緒してること多かったし、愚痴言い合ったりもね!」


私から少し体を離し、そう言って悪戯っぽい笑顔を向けてくれた。


嫌な感じのしない可愛らしさだ。


「でもよかった!無事で。記憶をなくしたって聞いた時は、体自体もかなり悪いのかと思って、ほんとびっくりしたし、怖かったんだからね」


目には涙が浮かんでた。


「·····ごめんなさい、心配かけて。それなのに分からなくて·····でもありがとうございます」

「もう!!他人行儀なんだから!·····仕方ないんだろうけど。でも記憶なくなっても古都乃は、そのままみたいでよかった」

「そのまま?」

「ええ。ちゃんと人のことを考えられる気遣える、いい子!」


そう言って、また笑いかけてくれる。

嬉しい·····彼女、横田さんと友達でいた私に、いい同僚兼友達がいて良かったねと褒めたい。


「じゃあ、またここから始まりにしよう!よろしくね!古都乃」


切り替えの早い彼女は、片手を私に差し出して握手を求めてくれた。

横田さんの様子から嘘ではないと確信できたし、何より、私がこの人を好ましく感じた。

だから、彼女の手に自分の手を合わせ握った。自然に笑えた。



「で?彼が例のフィアンセ?超かっこいいじゃない!やっと会わせてもらえた!はじめまして、古都乃の同期で一番仲良しの横田果耶です。会社の中でのことはもちろん、一部プライベートも知ってるので、わからないことがあれば何でも聞いてくださいね!」


そう言って、東条さんにも明るく接してくれた。

哀れみや悲しみ、気遣わしげな表情ではないから、救われる思いだ。


「·····こちらこそ、よろしくお願いします。彼女とあなたが仲がいい理由がわかります」

「え?」

「えっ、本当に⁉️どういう意味か聞いても?」

「·····裏表がなく、本当の気遣いができる人だ。古都乃さんのような心の綺麗な人には、醜い心の人間はつかないはずだから、古都乃さんを想ってネガティブなことを、言わないでいてくれてるのがありがたいです。ありがとうございます」


「東条さん·····」


「なっ·····いやー、もう恥ずかしいからやめてくださいよ。それに何気に溺愛してます?でも嬉しいです。ただ私はきっと落ち込んだり、不安や怖さはきっと想像以上のものだと思うから、少しでもあったかい、笑えるような雰囲気に持っていきたいって思っただけだから」


「だからです。ちゃんと大切なものを見分けて大切にできる人だ。古都乃さんと同じで」


「·····なんか絶対、古都乃への溺愛入りますよね。愛されてるね、古都乃。でも前見せてもらったスマホの写真とちょっと雰囲気違う·····よかった!写真で見てて、正直あんまりって思ったんだけど、ちゃんとお会いしたら、とってもかっこいいし優しい人って伝わる。もちろん愛されてるなぁって」


「え·····からかわないで·····もう」


真っ赤になってしまった·····

こんな大勢の人達の前で、横田さんはイタズラっぽい笑いを見せ、東条さんは普通に、本当のことを言ったまでというスタンスで、優しく私に微笑んでくれた。



「あ!いけない!つい会えたの嬉しくて、忘れるとこだった!佐々木部長が部屋で待ってるの。部長も本当に心配してたから、早く行って安心させてあげて」


「あっ、そうね、ありがとう。あの·····場所は」

「あ!そっか、ごめんごめん。行こう、こっちよ」


「あのー、よかったら私が案内します。佳倉さん、体回復して良かった」


横田さんが案内しようとしてくれたら、横から別の女子社員が恐る恐るといった感じで話しかけてくれた。お見舞いの言葉と一緒に。


「えっ、今頃?」


今まで遠巻きに見て、お見舞いの言葉一つかけてこなかった、外野達に冷たい横田さん。

意外にも、誰にでもあっさりとしてる訳ではなさそうだ。


「すみません·····どうしていいかわからなかったので」


何人か同じように思ってたのか、頷く人がいた。


「ふーん」

「·····ありがとうございます。じゃあ、お願いします。横田さんは違う部署だものね、ありがとう、わざわざ」

「えっ!思い出した?それとも私を覚えててくれた?」


嬉しそうに、勢いのまま私の両手を掴んで聞いてきた。


「·····古都乃さん?何か思い出した?」


「えっ·····あっ、違う·····多分、ただそんな気が·····それだけは覚えてたのかな?よくわからない、ごめんなさい」


東条さんまで、不安気に尋ねてきた。


「あ、やだな、謝らなくていいよ!でもそれ覚えてるってわかったしね。新しい発見!じゃあ古都乃をお願い。私営業行ってくる。あっ、これ私のLIME ID。また連絡ちょうだいね、必ず」


「ありがとう、スマホ今まだないけど、持ったら必ず入れるわ。じゃあ案内お願いします」

「はいっ、どうぞ」



私と横田さんは手を振り合って別れた。

他の人達には軽く会釈をしたすると、みんな返してくれた。ほっとした。仲が悪いとかじゃない。ただみんな戸惑ってただけ。

その時、私の肩を強く抱いている東条さんに気づいた。

私の体を心配してくれてるのかな?





「やぁ!佳倉くん、待ってたよ。大丈夫だったか?見た感じは変わらないが、痛みなどはないのか?あっ!すまない。立ったままでは疲れるね。さあ、ここへ座って」


佐々木部長という人が、私を気遣ってくれる。

とても優しい目をした、柔らかな顔立ち。

ロマンスグレーの髪に眼鏡をかけて、今でもこれだけかっこいいと思える方だから、若い時はとても、かなり素敵だっただろうし、今でもモテるのではと思った。


(東条さんと同じぐらいイケメンの部類だわ)


そんなことを考えたけれど、はっと我に返り挨拶をした。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。このような時間も取っていただいて、ありがとうございます。体の方は、もうほとんど痛みもありませんが、記憶だけが·····」

「そうなのか·····やはり私のことも分からないんだね」

「·····申し訳ありません」

「いや!謝る必要はない。望んでなったわけでもないし、一番辛くて不安なのは君なんだから」


部長は慌てて私を励まし、寄り添う言葉をかけてくれた。

見た目と相なって、優しい人なんだと思ったと同時に、私はきっとこの方を慕っていたと確信した。


「こうして元気な姿を見れただけで十分だ。ああ、いや、元気ではないかもしれないが、ちゃんと·····ちゃんと生きてくれていた」


声を震わせながら、私の手を取り言ってくれる。


「ありがとうございます。私も部長にお会いできて嬉しいです。覚えてはいないのですが、きっと私、部長をとても慕っていたように思います」

「ああ、そうなんだ。君はとても私の可愛い娘のような、いや、孫かな、私に優しく接してくれて、妻とも仲良しだったんだ」

「部長の奥様ともですか?」

「ああそうだよ。佳倉くん、君とは百貨店で偶然会ってね。君が入社したての頃、挨拶をしに来てくれたんだ。ちょうどその時、妻の誕生日に贈るものを探していてね。恥ずかしながら、それまで忙しさにかまけて何もしてこなかったんだが、妻が体を壊して初めてそういうことをしたいと思ってね。今更だが妻が体を壊した時、いつまでもお互い生きていられるわけじゃないんだと実感してね。君にそういう話をして、何かアイデアはないか聞いたんだ」

「そうだったんですか。私は何かお助けできましたか?」

「もちろんだよ。装飾品やブランドには、興味はない妻だったから余計困ってね。そしたら、君が手紙を書いてあげたらどうかと。正直な気持ちを書いてこれからも一緒に支えあっていきたいという、今の気持ちをもらったらきっと喜ぶだろうって。添える品として、2人の時間を過ごすための旅行など行って、記念の物買ってプレゼントするのもいいのではとね。·····確かに旅行なんて、仕事に追われて行けていなかったから、なるほどと思ったよ。

ただ今更嫌だと言われたらと、ふと不安だったんだが、君が『部長の人柄なら大丈夫です、奥様もそんな気持ちを慮ってくれる人に違いないです』

って会ってもいないのに、そう言ってくれてね。

勇気を出して家に帰って話してみたら、びっくりしていたけれど、喜んでくれたんだ。で、誕生日の日を入れた3日間旅行へ行って、感謝の手紙も渡したし、2人でゆっくりできたんだ。妻も涙を浮かべてたよ。

私1人の考えじゃないはずだから、その人にもちゃんとお礼のお土産を渡したいと言って、後日一緒に食事をして、その時から時々我が家に来てくれたり、外食したりという付き合いをしてくれていたんだ」


「そうだったんですか。嬉しいです·····そんなお付き合いをさせていただいて」

「それは、私たちの方だよ。だから、妻もとても心配していたんだ。でも今日君に会って、体の方は回復てるとわかって、彼女も安心するよ」

「ご心配おかけしました。奥様にもくれぐれもよろしくお伝えください」

「うん、もちろんだ。また食事会をしよう。·····よければ、そちらの彼も·····」


そう言って、東条さんの方に視線を向けた。でもその視線は私を見る目とは違って、人間を見極めようとするような視線のように感じた。


「あっ、失礼しました。彼は東条逸樹さんと言います。一応·····婚約しているらしいのですが、申し訳ないことにやっぱり覚えていなくて·····なのに彼はとても私に優しく支えてくれて、また新しく恋を始めようと言ってくれています」


「そうか·····」

「あの、部長にお話したいことはありましたか?」「ああ、あったよ。婚約することになったと報告しに来てくれた。食事会をしようと言ってたんだが、その前日に君が事故にあって·····だから、今日初めてお目にかかるよ」

「そうだったんですね·····本当に公私ともにお世話になってたんですね。東条さん、ありがとう。連絡取ってくれて」


「いや、いや俺はそんな·····はじめまして、東条逸樹です。彼女がいつもお世話になっていたようでありがとうございます」

「·····お世話になっているのはこちらの方だよ。仕事でも細かい私の指示をちゃんとこなしてくれて、望んでる以上の処理をしてくれていたからね·····

記憶は全くないのかね」

「はい·····日常生活のような、一般常識的なものはありますが、人間関係は全く分からないです」


「····· なら、どうして彼が婚約者だと?」

「え?あ·····それは」


部長の落ち着いた低い声は、気のせいか冷たく感じられた。


「僕が話したからです。初めは言えませんでした。話して、余計混乱して体調を崩させては、と思って·····怖かったのもあります。拒絶されたらと。

でも言わないままだと、彼女の身元を守ってくれる人がいないので、彼女と離れたくなかったし、どんな形でも守りたいと思ったので、勇気を出して告白しました」


「その時は言われてもわからないので、どうしていいかわからなかったんですが、目を覚ましてから彼がずっとそばにいて、私の身の回りのこと本当に細かくお世話をしてくれて、彼以外頼れるところがないというのが正直なところでもありました。

でも嫌な感じが全くなくて、それどころか安心する気持ちもあったので、彼のところでお世話になることにしました。でも一緒に住むことになっても、彼は変わらず私を支えてくれて、知り合いから始めようと、言ってくれて今に至ってます。

外で何かある時は、婚約者というスタンスでいる方が、赤の他人という立ち位置よりも私を守れるからということで、名乗ってくれています」


「·····そうなんだね。·····東城さんと言われましたね。佳倉くんとはいつ?」

「えっ、あっ·····はい。彼女とは、同じマンションで隣同士だったんです」

「·····ほう」

「·····エレベーターに偶然乗り合わせた時に、手に持ってた書類を落として彼女が拾ってくれ、それから話すようになって僕からアプローチしました」


「フフ。私が図々しく彼の前髪に触って、もっと顔を出した方が素敵だって言って、試作中の整髪料を渡して、こうしたらいいって言ったんですよね?」


「うん、そうだ。君はとても真面目に僕の髪を見て、せっかく綺麗な髪をしているし、目も綺麗だから、隠れていたらもったいないし、可哀そうだって言ってくれてね。·····それまで僕は人と接するのが面倒だったから、髪で顔を隠して遠巻きにされるようにしてきたんです。そんな僕を気味悪がらず、褒めてくれたりして、可愛らしい笑顔で」


「あ·····そんな·····可愛らしいなんて」

「はははっ。こんなところで惚気てくれるのかい」「えっ、あっすいません」


部長にからかわれてしまった。恥ずかしさのあまり慌ててしまう。


「その時から彼女は僕の大切な、守りたい愛しい人です。記憶がなくなっても、彼女の心は変わっていないので、僕も変わらず彼女を愛しています。僕を信用してほしいとは言いません。でも彼女を傷つけるようなことは、絶対しません。あなたと同じように、僕も彼女が大切なんです」


そう、しっかりと言い切って部長に頭を下げてくれた。

部長が何か言ったわけではないのだけれど。

私のことを、本当に守り支えたいと思ってくれているのが、身に染みてわかる。

私はこんなにも温かで、穏やかな気持ちでいられる。


「·····よくわかったよ。君が彼女のことを、本当に大切に思っていると·····でも佳倉くん、君のことを思っているのは、僕も妻もなんだよ。彼だけじゃなく、僕達もいることを忘れないでほしい。むしろ年寄りの方が役に立つこともあると思うからね」


部長はいたずらっぽく笑ってそう言い、名刺をくれた。

その裏には、自宅と携帯の電話番号が記されていた。

とても嬉しかった。心がほわっと暖かくなる。

自分のことが分からなくて、不安で怖くて人と接するのも、なぜか味方か敵かのような気持ちになってしまう時があった。

でも、私のことを、本当に思ってくれてるとわかる3人に出会えて、私は幸せな人間だったんだなと思えた。


「ありがとうございます·····佐々木部長」

「いや。娘のいる楽しさ、喜びを教えてもらっているんだ。今更失えないからね」

「部長·····」


あまりに嬉しい言葉で涙が溢れる。それをそっと横からハンカチで拭ってくれる人がいる。


「ありがとう」

「全然」


東条さんは優しく微笑んでくれる。自然と私も力が抜け頬が緩む。

そんな私たちを部長は、観察するように見ていたなんて知らずに。

その後部長は、会社を辞めるのは、もう少し待ってみたらどうかと言ってくれたけれど、いつ記憶が戻るかもわからないのに、迷惑をかけるようなことにはなりたくないから退職させてもらうことにした。


正直部長から聞いた私のキャリアは、チーフというポジションでなかなか頑張っていて、やりがいを持っていたようだったから、残念な気持ちはあったけれど、今ゼロからそこに立ったとして一体何ができ、誰がついてきてくれるだろう·····そんな複雑な気持ちを東条さんは察してくれた。

もし記憶が戻ってやりたい職種だったなら、そういうところを探せばいいし、違う分野でまた頑張ろうと思うなら、チャンスはたくさんある。

まだ今は焦らず自分の状況に慣れよう、と励ましてくれた。

どんな選択をしても、自分は応援するとも。


そのやり取りを聞いていた、部長の東条さんに対する視線が変わったような気がした。その後、


「·····君も何か行き詰まったり、悩んだりすることがあって、誰かの言葉が必要になったら私でよければ相談に乗ろう」


東条さんにまでそう言ってくれた。

この方にも、恩返しができたと思える生き方をしたいと強く思った。


辞める挨拶をし終えて会社を出る時、横田さんはいなかったけれど、他の一緒に働いていたらしい人達も別れを惜しんでくれた。

また落ち着いたら、送別会でもとまで言ってくれた。だけど正直、してもらっても感情がついていかない気もするけれど·····その気持ちは嬉しかった。


東条さんも、また新たに親しい人を作るという見解で、いいんじゃないかと言ってくれた。




「大丈夫?疲れた?」


気遣うように歩きながら私の顔を伺い、状態を測ってくれている。


「大丈夫です。正直かなり緊張していたので、挨拶が終わった今は、どっと来てる感じですけど。一つすべきことを終えたスッキリ感はあります。·····ありがとうございます、一緒に来てもらえて心強かったです」

「いや、俺は何も·····でも、気持ちの荷が1つ降りたのなら良かった··········大丈夫なら、ちょっとカフェとか寄ったりする?あ、もちろん帰りたいなら帰るよ」


カフェに誘ってくれたと驚けば、すぐ嫌なら止めると私が負担に感じないように、付け足してくれる。

始めの頃は何も思わなかったり、気遣いが有難かったりしたけれど、今はちょっともどかしく感じた。


(もう少し強引というか、行こうと言いきってくれてもいいのに·····な)


「行こうと言ってください」

「えっ、あ、うん!行こう·····一緒にカフェに行こう!」


私の言葉に驚いて、目をパチクリさせていたけれど、すぐにハッとして言い直してくれた。慌てて·····嬉しそうに·····

私も同じように笑顔になっていた。

私は結構はっきりしたい性格なんだな、と思った。

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