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14 元の居場所



「いらっしゃいませ!あ、お疲れ様です!今日はまだマカロンありますよ」

「ほんと?よかった~ここんとこ5連敗だったからなーありがとう。それと、いつものカフェオレで!」

「ありがとうございます。少しお疲れですか?オレに蜂蜜サービスさせていただいていいですか?」

「マジ⁉️ありがたいよ。いつもありがとう、佳倉さん。もし彼氏と別れたら、ぜひ俺と·····っっ」

「もう·····また·····どうしました?」


向かいのビルで働いている、常連の営業マンの彼は、オープンしてからよく来てくれるお客様の1人。

マカロンを気に入っていて、あればいつも注文してくれるけれど、20個限定なので彼の来れる日時がわからないから取り置きも出来ず、あればラッキーなスイーツになっている。


そしてお客様になって2週間ほど経ってから、よく冗談でこんな風に話してくれる。

でも今日は途中で終わったようで·····彼が向けている視線の先を追えば店長がいて、特に変わりはない·····何か見えたのかな?


「い、いや何でもないよ·····じゃ、またね」

「はい。ありがとうございます。ごゆっくりお過ごしください」


何か思い出したのかもしれない。慌てて席へと行った。


「まじ怖かったー店長の殺気?何者だ?前もすごい冷気漂わせてたよな。佳倉さんの父親でもないようだけど·····なかなか口説けないな·····」



「佳倉くん、大丈夫か?さっきのお客様、よくあんなことを言うのかな?」


店長がゆっくり近づいて来て、いつもの穏やかな口調で聞いてきた。まるでお父さんのように接してくれて、とても安心できる。



「あ、あの営業さんですか?ふふ、時々挨拶代わりに冗談で和ませてくれます。いい人ですよ。ご心配ありがとうございます。大丈夫です、全然」

「そう·····何かあったら小さなことでも遠慮しないで言ってくれたらいいよ」

「はい、いつもありがとうございます」


ここにいる従業員の皆さんは、私が事故で記憶をなくしているということを知っている。いっくんとのことも·····だから、余計店長もチーフも気にかけてくれているようで申し訳なく思う。

記憶が無い以外は普通だから、他の人と同じように扱ってほしいと言ってるけど、今みたいにかなり過保護で·····でも両親を早くに亡くしているから、寂しかった心は残っているのか、お父さんのように感じてとても嬉しい。

チーフはお姉さんみたいで、新しく入ったアルバイトの大学生の子は弟のようだ。人懐っこい。


でも、随分経って知ったけれど、オープニングスタッフのみんなはいっくんと桜樹さんに、しっかり私を守るようにと指令を出されていたよう。


会社命令で親しくしていってくれたのかと、ショックを隠しきれずに顔に出ていたようで、店長とチーフは慌てて否定してくれた。


『確かに初めは仕事だったけど、一緒にいるうちに本当の娘のように思って、必要以上に気にかけていたし、可愛いと思っていたんだ』

『私も妹のように思ってしまったから、色々雑談もできたし、休み日に遊びに行こうとも思えたのよ!』


と、嬉しい言葉をかけてきてくれて一層絆が深まった。

信じていようと思う。

いっくんは妬いていたけれど·····


この日もお客様に、いつものようにカウンターで飲み物を作っていた。

昼過ぎにしては、いつもよりゆとりのある感じだった。

カップを置いてる下を見ながらドリンクを作っていても、入り口の自動ドアが開いたのが視界に入った。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」


レジの担当の大学生の堤くんの後に、私も声を出す。

なるべくお客様の顔を見て、言葉を伝えたいと思っているから、作っていた手を止めて顔を上げた。

でもその視界に入ってきた男性は、レジにいる堤くんではなく、私をまっすぐに見て私に注文したいんだけどと言ってきた。

なぜか意味ありげな笑顔で。


「え、あ、ありがとうございます。ただ今こちらの店員が注文を取りますので」

「いや、古都乃、君に頼みたい」


うっすら笑うその男性は私を【古都乃】と呼ぶ。

私の名前を·····


堤くんはもちろん、店長も驚いた顔していた。

店長は普段は、滅多に営業スマイル以外の表情を変えることはないのに、私に知り合いがいて記憶をなくす前の知人が来たと察知したようで、驚いていたんだろうと思う。


「あの·····どちら様ですか?」

「·····本当に記憶がないようだな·····俺が本当の婚約者だよ。古都乃、お前は今一緒にいる男に騙されてるんだ。随分探した·····急にいなくなったから、仕事が休みの時に色々探した。·····お前の面倒見てくれた男にもちゃんとお礼言わないとな」


「本当の婚約者?·····存じ上げません。何のいたずらか知りませんが、お引き取りください」

「そうだな、記憶がないから信じられなくても無理はないけど、お前と今いる男は以前、お前の住んでたマンションのお隣さんってだけの関係だぞ。俺も1、2回見かけたことあるけど、もっさいやつで1らつ間違えれば危なそうな男だと思ってた。まさにその通りだったな。

事故で記憶をなくしたお前に、うまく話を作り上げて信じ込ませた。俺たちは、お前の会社の佐々木部長にもうすぐ会って、結婚する予定だった。

お前が事故にあった次の日、本当は俺と会うはずだったんだ·····細かく決めるためにな。待ってたんだぞ。出張に来る度、泊まってたいつものホテルで」


「待ってた?·····私を?」


私の作りかけのドリンクは、他のバイトの子がそっと代わりに作って、注文してくれていたお客様に渡してくれた。

堤くんはお客様対応しながらも、ただならぬ雰囲気にかなり戸惑っている感じだった。


私の·····本当の婚約者·····


何も言えず、立ちすくす私に笑いかけてくる。


「さあ、俺たちの場所に帰ろう。お前のマンションまだちゃんとあるみたいだしな。とりあえずちゃんと証明してみせるから。それから、お前を騙してたやつにはそれなりの賠償してもらわないとな。俺もお前も被害者だ」

「·····俺たちの場所?あなたを知らないのに行けません」

「なに?」



·····行けるわけがない。

私が動揺したように見えて、いっくんたちへの信頼が、崩れたと思ったのかどんどん話を進め、私を前に住んでたマンション連れて行くと、我が物顔で言い、賠償だなんて·····被害者だなんて·····


どうすべきか考えているのが、迷っている風に捉えられたみたいだったけど、この1年近くずっと私を側にいて支えてくれた、愛してくれたいっくんからすぐ翻えるわけがない。

それくらい私は、完全に彼を信頼していたし愛してもいた。

彼が婚約者でないとしても、きっと彼を好きになってた。

なのに目の前のこの男は、自分の一言で揺らぐとでも思ったのか。だから毅然と言い放った。『いけません』と。

思った以上にうろたえている。



「何言ってるんだ?とにかく一緒に来るんだ。じゃないと警察を呼ぶぞ」

「警察?」

「ああ、今の婚約者を警察に突き出されたくないなら、俺と一緒に来て本当の恋人はどちらかを知ってもらう。真実を知れば、警察を止めたのを後悔するだろうけどな」


·····警察なんてことになったら、いっくんやお兄さん·····グループ全体が大変なことになるかもしれない。今は付いていくべきか·····でも付いていったら·····もしこの人に触れられようものなら、私は·····



「ココ!」

「いっくん·····!」

「なんだ?何でわかった?」


いっくんが息を切らしてお店に入ってきた。

汗をかいて、今まで一度も見たことのないような焦った、怒りに満ちた顔だった。

そのまま私のいる、カウンターに入ってきて私を抱きしめた。


「いっくん·····あの·····」

「良かった·····無事だった。いてくれた·····」


息を切らし、僅かに震えながらの切ない声。


「離れろ、偽物。ちゃんとした場所で、お前の責任を追求してやるつもりだったけど、来たなら今ここでケリをつけようか」

「·····望むところだ」


私を抱きしめながら、いっくんは答えた。

目の前に本物と名乗る、睨み続けている人に·····



• ───── ୨୧ ───── •


─兄さんから連絡が来た。

店に元婚約者が来て、ココを連れて行こうとしてると。

後に、兄さんが入れた社員は、ココを守るために配属された人間だと聞かされた。

始めはそれを知らず、店長にココに何かあれば、どんな小さな事でも、すぐに連絡をして欲しいとたのんでいたが、兄さんの忠実な部下だったようだ。

まず、兄さんへ報告が行った。


だから俺は今、走ってる·····かつて無いほどの全速力で。

走るのは小学校以来かもしれない。

カフェに向かいながら後悔する。

いつの間にか今のこの状態は、昔からあった当たり前の現実だと、この幸せを享受していた。

永遠に続くものだと·····


懺悔しなければならない真実を、今はその時じゃないと言い訳をしてきた。

だからパチが当たった。


自分の口から白状すれば、ココの気持ちが少しは許すということも、受け入れられたかもしれないのに、他者によって暴かれてしまえば·····

しかも本当の婚約者であるあの男に·····ゲスな奴だとしても·····もしかしてあいつを見たことで記憶が戻るかもしれない。そしたらあいつの元に戻ってしまう?

最低な男だとしても愛し合っていた男だ·····もしかしたら浮気のことを既に許しているかもしれない。


俺に抱かれたと·····本当は恋人でもなんでもない俺に抱かれたんだと認識すれば、自分を穢した俺を憎む。いや、俺のことはいい·····そんな自分が許せないと一生、汚されたという思いを抱えて生きて行く事になるかもしれない。



神様、ココが·····ココが、古都乃さんがどうか幸せでいてほしい。これからもずっと·····


その代わり俺はどんな不幸も背負います。

殺されてもいい·····だから彼女だけは·····!


そんな思いで必死にカフェ走った。

徒歩10分ぐらいなのに、走ってるのになかなか着かない。



今まで動きが見えず、探してそうにもなかったけれど、やっぱり探してたのか。

彼女の前のマンションのコンシェルジュに、もしこの部屋番号を尋ねてきた人間がいたら、映像を撮っておいて、すぐ連絡をしてくるように頼んでおいた。

でも全く連絡はなかった。

始めは気になっていたけれど、そのうちココとの生活が始まり、日々の生ぬるい幸せな時間が警戒心を鈍らせていき、しまいには気にかけなくなってしまった。連絡が来るまでは大丈夫だろうと·····


ココは今どんな気持ちになってる?

泣いてないか?

怖がってないか?

不安でたまらないか?


ただただ、君が幸せであってほしい。

笑っていてほしい。


やっと着ついた。

ドアが開いて目に入ってきたのは、ココとその男が向き合っている姿だった。ココを奪われたくない。瞬間そう感じて、ココのそばへ駆け寄り抱きしめた。

思いっきり拒絶され、悲鳴をあげられるかもしれないと思ったがが、止められなかった。





「望むところだ」


啖呵を切ったものの、罪に問われるのは俺だ。

それでも、ココのこれからのためにも、ちゃんとこの男がココにとって、最良の人生となるための相手かを、心眼を持って見なければ·····

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