11 疑惑
ピンポーン
呼び出し音が鳴ったので、カメラで顔を確認する。待っていた人に変わりないので、マンションの入口を開錠する。
今日は会社の同僚で、仲が良かったらしい横田果耶さんと、お家女子会のため来てもらった。
本当は外でランチを兼ねて会いたかったけれど、いっくんが今日顧客との打ち合わせが急に入り、紅菱にも大きく関わる案件なので断ることができず、自分が動けない中、もし私に何かあったら嫌だからと、今日はどうか家で女子会にしてほしいと言われ、横田さんに来てもらうことになってしまった。
時々頭痛があるのも知っていて、余計に過保護になっているようだった。
もう1人、会社の人を連れてくるとのことで、誰か聞くと『その人も私の仲良しだった人だから大丈夫』と言われて、名前は聞いてもわからないだろうからあえて聞かなかった。
そして、横田さんは『古都乃の家がいい!やったー!』と喜んでくれた。
しかも、ランチにと紅菱商事御用達の割烹料理店からお弁当が届いている。
なぜか、桜樹さんからのおもてなし。
いっくんは激しく抵抗したけど、注文済みだったし無下にはできないし、わざわざそんな心配りをして貰える事も嬉しくて
『反対されたら、こうして一緒に幸せに過ごせないから、ありがたい』
と言ったら、しぶしぶ受け入れた。
でも、嬉しそうでもあった。
それでも、いっくんは私に何かしたいと考えた結果、アンティークローズの花束を届けてくれた!
なんと花瓶も一緒に·····
確かにこの量の花を活ける花瓶なんて普通はないよね。
届いてすぐにいっくんにありがとう&嬉しいですのLIMEをした。
すぐに電話が来て(商談中では!?)、『愛してる』とだけ言って切れた·····やっぱり商談中だったみたい。
「いらっしゃい。ごめんなさい、わざわざ来てもらって。えっ⁉️佐々木部長?」
部屋のインターホンが鳴り、開けてみれば横田さんの後ろに、まさかの佐々木部長がいた。
びっくりだった。·····それに確か女子会って。
「やぁ、こんにちは。すまないね。横田くんと2人の方が、女子同士話が弾むと分かっていたんだが、どうしても会って話がしたくてね。頼み込んで混ぜてもらったんだ」
「ごめんねー。でも今度ディナー連れて行ってくれるって私達を!その時は2人にしてくれるっていうから!·····ダメだった?」
全く悪いと思っていない言い方で·····。
でも不快には全くならない。彼女の朗らかさが和ませてくれる。
「あっ、ううん、大丈夫だけど·····部長が楽しい話あるかと思って·····」
「君は本当に人のことを気遣う人だな。変わっていないな。よかったよ·····」
佐々木部長はほっとしたような、切ないような表情して笑いかけてくれた。
その笑顔に私も安心する。
「おうちのように寛いでくださいね。どうぞ奥へ。お会いできて嬉しいです。横田さんもどうぞ」
「うん。ありがとう。お邪魔するよ」
「お邪魔しまーす」
奥のリビングへ案内すると、2人ともやっぱり部屋の大きさに驚いていた。
「すごい!セレブじゃない!?広いわぁ!ソファもすっごい大きくて座り心地いい!泊まりたい!」
横田さんのテンションは上がりっぱなしで、ソファに飛び込むように座って生地を撫でている。
「ほんとすごいな·····こんな広くて、まるでモデルルームみたいに家具も洗練されてる。無駄なものがないな」
部長もきっと、それなりのお家のはずだけれど驚いていた。広さよりも家具や構成に、という感じだ。確かに物がないというか、収納するところが至る所にあるからだというのもあるけれど、いっくん自身が全く物欲がない。
私も今までは住まわせてもらっているという、気持ちが強かったし余裕もなくて·····だから本当に物がない。
ただ、いっくんの部屋は大変なことになってる。
パソコンでの作業だけど、書類とかなんだかんだといろんなものが散乱してる。掃除しようかと言ったけど、散らかっているように見えるけど、どこに何があるか分かってるから、動かしてはいけないらしい。
「私がこんな状態だから、とりあえず最低限いるものだけあるって感じで。最近食器を少しずつ私の好みに変えてるの」
そう話しながら2人をソファへ座ってもらい、飲み物を淹れるのにキッチン入った。
「そうかぁ。そうだよね。浮かれてる場合じゃなかった。どう慣れた?」
「大丈夫よ。気を使わないで。受け入れてからは特に思い悩んだりはないの。怖い時ももちろんあるけれど、彼がいつもそばで支えてくれてるから。
あっ、飲み物はコーヒー、紅茶、ココア、オレンジジュースがあるけれど、どれがいいですか?佐々木部長、横田さん」
「ああ。ありがとう。紅茶を頂こうか。それとこれを」
「私も紅茶で!古都乃も紅茶でしょ?」
「ええ。部長、嬉しいです。ありがとうございます。わざわざすいません」
部長は手土産を持ってきてくれた。
「佳倉くんが喜んでくれるか不安だったんだが、以前これが大好きだったようだったから」
「あっ、アップルパイ!嬉しいです。ありがとうございます。なんだか今すごく嬉しいです。思い出せなくてもそういうのわかるのかな」
「ほんと嬉しそうだったよ!すごく。潜在意識にあるのかな?」
「ははは、よかったよ」
和やかに女子会プラス部長とのお茶会が始まった。
「うーん。美味しい!このアップルパイ。パイも美味しいしリンゴも絶妙な酸味と甘味で、このカスタードクリームもめちゃくちゃ美味しい!」
横田さんは食レポのように、うまくまとめて表現してくれた。本当にその通りだった。私の中でこれこれという感覚があった。どうやらこの味を知っていてとても好きだったように思った。
「ほんと美味しいです。部長ありがとうございます。あの、私このアップルパイが大好きでした?」
「ああ、そうだよ。君が私の家に来てくれた時、手土産で持ってきてくれて、私も妻もとても気に入って、いただくようになったんだ。でも割と遠いところにあるから、君が用事でそのお店の近くに行く時に、私達にもよく買ってきてくれてたんだよ」
「用事で·····」
遠出する用事が時々あったのか·····
何か引っかかったけれど、横田さんが次々と会社にいた頃の、私たちの会話や行動を話してくれたので、すぐに意識は別に向いた。
部長も私たち2人の出来事を楽しく聞いていた。
横田さんに、私と部長と奥様との交流はどんな風か聞かれ、懐かしむように話してくれた。
私はどの話も楽しく不思議な気持ちで聞かせてもらった。ただこの2人と会話をしてるのは楽しい。以前も大切な人だったというのは間違いないと思えた。
お茶がなくなったので替えを用意して戻ると、遠慮がちに横田さんが聞いてきた。
「ねぇ·····古都乃、彼は優しい?その·····記憶なくなっても好きって気持ちはあるの?ごめんね、こんなこと聞いて。もし無理にここに、どこにも行けないからここにいるんだとしたら、ダメだって思って。よかったら私のとこに来ない?実家だけどお兄ちゃん出ていったから部屋あるし、親もいいって」
「横田さん·····ありがとう。心配させたのね·····ずっと。ごめんなさい。そんな風に気にかけてくれてると知らないで、ずっと生ぬるく過ごしてた」
「·····ということは、何か事情があってとか無理矢理ではないんだね?」
「部長?·····もちろんです。彼はとても優しいですし、逆に私の方が、負担をかけてしまってるんじゃないかって不安もあるんです。
無理矢理なんてとんでもないです。彼は私の気持ちがちゃんと決まるまで、友達としていてくれようとまで言ってくれてるんです」
「そうなんだ·····部長、良かったですね」
横田さんは目を潤ませながら、佐々木部長に話しかけた。
「ああ、そうだな、ひとまず」
「ひとまず?あの·····何かありますか?私の記憶のことで何かご迷惑をおかけしてますか?そうなら是非教えてください。お願いします」
佐々木部長や横田さんの様子に不安を覚え、何か良くないことがあるなら知っておきたいと思い、どうしても聞きたくて焦ってしまった。
横田さんは困った様子で部長を見て、判断をまっているようだ。
一つ息を吐いて、部長はゆっくり話し始めた。
「先日、会社に君と婚約者の東条さんが来てくれたね」
「はい·····」
「彼は君の婚約者だと言っていたが、覚えはあるのかな?彼がそう言ってるんだったね。少しでもそれを、思い出したりはあったかい?」
何かを探るように部長は聞いてきた。
「思い出したりはないです。初めは前から知ってるなんて感覚がなくて、婚約しているってことも、すごくプレッシャーでしたが、ずっと入院中から私を支えて慰めてくれて、さっきも話したように友達としていようと言ってくれて、いつも私の気持ちを考えて寄り添ってくれる彼に惹かれていって、今はまた彼に恋をしているっていう気持ちを持ってます」「すごい·····」
横田さんは感動と驚きとで、部長の方をちらっと見た。
「実は、私は君に以前婚約者の写真を見せてもらってるんだ」
「えっ、そうだったんですか?でも·····私が部長のお家まで行って親しくさせてもらってたんだから、不思議ではないですよね」
「うん、婚約したから一度会ってほしいとね。こういう人だと話してくれてね」
「·····私なんて言ってましたか?今言ったような感じですか?」
「うん·····仕事はすごくやり手で、部長代理になったと。人柄は自信家で強引なところもある。誘われて断ったら怒るから、なるべく会うようにしてるとも·····付き合って初めの頃は優しかったけれど、部長代理になる少し前から、何でも思い通りにしようとするようになったから、君は私たちに彼を合わせて、彼を見てほしいと思ったはずなんだ」
「·····そうだったんですか。逸樹さんが強引?自信家?当てはまらないな·····今は·····」
何よりも部長·····代理?
フリーじゃなく?
「そうよね、私もあの時会っただけだったから、知ったようなこと言えないけど、そんな風に見えなかった。·····今までのこと後悔して性格も改めたとか?」
「いいや·····人間そう簡単には変わらない。彼は事故後、今言ったような態度を見せたことはないかね?」
「いいえ·····いいえ、ありません。いつも優しくて、どんなに仕事が忙しくても、私の体調が良くないと分かると、中断して私に付き添ってくれたり何か作ってくれたり。そもそも部長代理って·····彼は独立してプログラマーで·····辞めたとかそんなことも言ってませんし、この豪華なマンションも自分の収入で十分賄えるほどの技術を持ってるからって。だから以前からフリーだったはずです。お兄さんのグループ会社内での受注のみですし·····」
どういうことだろう·····
ちょっとした混乱が起きてる。
部長が話してくれた彼の人柄、肩書き。
結婚することを不安だったってこと?
でも記憶をなくして逸樹さんと過ごしていて、人間性で問題だと思ったことは全くない。
彼が心を入れ替えて、私を失うかもしれなかったことで変わったとか?
百歩譲ってそうだとしても、やっぱり仕事のことは当てはまらなくて·····
「それで、その見せてくれた彼の写真なんだが·····」
「あっ、はい」
「顔が·····違ったように思うんだ」
「えっ?どういう?」
「私もびっくりしたの。部長に会ったり、見たりしたこがあるか聞かれて、ないって言ったら、今の話を聞いたの。1回見ただけだから、髪型違ったり写真だと雰囲気違ったりする時もあるし、そう思うだけじゃないですかって言ったんだけどね」
横田さんも困惑してるようだった。
「·····でもね、私も確かにあなたから彼がどんな人か聞いた時、自信持っててグイグイ引っ張っていく人って·····昔は優しかったって、私にも話してくれてた。そのイメージで言うとこの前の人がちょっと違うかなぁとは思ったわ」
「婚約者だというのは彼だけだね?」
「はい·····」
「それが事実かどうか、どうやって分かったんだ?」
「どうやって?·····というか何も覚えてないので確かめようがありませんでした。ただ彼が話してくれることを、受け入れるのに精一杯で··········」
「嘘かもしれないとは思わなかった?」
「嘘?嘘という考えは出なかったけれど、本当に婚約してたのかなとは思いました。彼のこともわからなかったから、同じことかもしれないけど·····でも、嘘って言葉の意味とは違う感じがして·····どうしてか·····ああ、きっと逸樹さんが目を覚ました時から、ずっと変わらず私のそばで、私の気持ちを考えてくれていたからだと·····」
ズキズキッ
「んっ·····」
頭痛に襲われた。
「やっ!大丈夫⁉️古都乃!」
「佳倉くん!」
部長と横田さんが私の元へすぐ来て、体をさすったり心配してくれた。
この人達は本当に私の味方で、私にとって大切な人だ。
しばらく頭痛があったけれど、その話を今はやめてほしいと頼むと了解してくれ、かわりに横田さんとの横田さんの彼のことを話してくれた。なかなかの毒舌ぶりで笑えた。
それから痛みは出ることはなかった。
横田さんは楽しい話とかなら、頭痛はしないんじゃないかと言われ、そうなのかもと思えたが、じゃあ彼のことで頭痛がするということは、何か楽しくないことがあったからなのか·····押し寄せてくる不安をどうふり払えばいいのかよくわからない。
それでも来てくれた2人と楽しみたいという気持ちで色々話をした。
そのうち不安な気持ちも和らいでいった。
いっくんは私を愛してくれているから大丈夫と自分を納得させて。




