第833話 カント早雲
「――ッ!?」
自分が今万全な状態でない事は影治も理解していた。
それでもこの場には、影治以外にドラゴンアヴェンジャーの仲間達もいる。
誰かが接近してこようものなら、ガンテツやエカテリーナが気づけたはずだ。
声を上げることも出来ず、背後を振り返る影治。
するとそこには見知った顔があった。
「……お前か、早雲」
「よう、偶然……って訳でもないがぁ、必然かって言われるとそうでもねえ。まさかここでお前と会うとはな。で、そっちの色っぽい姉ちゃんは新しい仲間か?」
今この場にいるメンバーの中で、早雲と初めて顔を合わせたのはセルマとヨイチの2人。
セルマも早雲の接近を全く感知出来なかったようで、彼女にしては珍しくやたらと早雲を警戒している。
「あなたは……一体何者です?」
「俺は早雲、旅人だ。そういうお前は髪色からして悪魔という奴か? 初めて見たが、悪魔って皆そんな色っぺえのかよ?」
「ッ!」
別に性的な視線を向けられた訳でもないのだが、早雲の得体のしれなさが先ほどからセルマに危機感を訴えかけてきている。
同じく初対面のヨイチは、なんとなく察したような顔をしていた。
「落ち着いてくださいセルマ。彼の事は前に話した事があるでしょう?」
いつもだったら影治が宥める役目に回っていただろうが、今の影治にその役目は期待できない。
代わりにリュシェルが、異様に早雲を警戒しているセルマを宥める。
神の使徒であるセルマなら、謎の男早雲について何か知っているかもしれないと、以前影治達はセルマに尋ねた事がある。
しかし彼女も早雲については何も知らなかった。
それどころではなく、後にセルマの主であるデグレストにも聞いてもらったのだが、早雲の存在を全く知らなかったと言う。
実際本人を前にしたセルマは、拭いきれない不安感を抱いてしまったのか、前に話に聞いてはいたのに、到底リラックスする事は出来そうになかった。
「周りの状況からして、ここで戦ってたんだろうなというのは分かるがぁ、近くに野営場所を設置してまでしてここに留まってるのは、そこの獣人の嬢ちゃんが関係してるのか?」
辺りには片づけられてもいない死体が、そこら中に散らばっている。
それを見れば、ここで大規模な戦いがあったのは一目瞭然だ。
そして影治の傍には、以前早雲と会った時にも一緒にいたシャウラが倒れている。
「…………」
「シャウラは……敵の即死魔術を受けてしまって……」
沈黙している影治に代わって、カレンが説明する。
それを聞いて早雲はただ一言「そうか……」と答えた。
「ねえ、あんたすごい力持ってんでしょ!? シャウラを生き返らせる事って出来ないの?」
尋常でない影治の様子を傍で見続けていたティアが、なりふり構わずに早雲に尋ねる。
そう尋ねておきながらも、内心では無理だろうなという諦観の気配を隠し切れない。
「まあ、出来るか出来ないかで言えば出来るだろうなぁ。余程特殊な死に方でもしてない限りは」
「――ッ!?」
しかしあっさり出来ると言ってのける早雲に、影治のみならず一同が驚愕の表情を浮かべる。
初めから期待していなかったティアも、まさかの返事に口をポカンと大きく開いた。
「頼む! シャウラを生き返らせてくれ!!」
深く頭を下げ、懇願する影治。
早雲の言う事を素直に信じたのか、信じたい気持ちが強いだけなのか。
そんな必死な様子の影治を見つめながら、早雲がおもむろに問う。
「それはお前のエゴによるものか? 永遠の生を望む者は後を絶たないが、人が皆それを望んでいる訳じゃあない。そこの獣人の娘はどうなんだぁ? 案外そんまま死なせて欲しいと思ってるんじゃないか?」
「確かに俺のエゴもある! だがシャウラだけでなく、仲間の皆には意思を確認してあった。そん時と今とで意見が変わってる可能性もなくはねえが、シャウラはもし死んでしまっても、蘇生の機会があるなら復活したいと言っていた!」
これは以前訪れた牛魔窟で、リュシェル達がダンジョンボスに挑んでいる間にヨイチ達としていた話が元になっている。
話の内容は蘇生魔術に関するもので、ヨイチなどは態々その時自分は死んでも復活させないでくれと言っていた。
その時の話を踏まえて、後に影治は仲間たちにもし自分が死んだ場合、蘇生の手段があったら蘇生して欲しいかどうかを全員に尋ねている。
エカテリーナなどはヨイチ同様に、死んだら死んだでそれが天命だからそのままで良いなどと言っていたが、シャウラは帝国が滅びる前に死んでしまったのなら、その場合は蘇らせて欲しいと言っていた。
無条件で生き返らせてくれと言っていた訳でもないが、まだ帝国は健在なのでその時のシャウラの出した条件には引っかからない。
「そうか……。ならちょっと見てみよう」
「っ、済まねえ! 助かる! でももう1日近く時間が経っちまってるんだ。体の方に大きな損傷はねえんだが、それでも今の俺ではどうにもできなくって……」
「ああ、わあったから少しは落ち着け」
気持ちが逸っている影治にそう言い放つと、早雲はその場で立ち止まってジッとシャウラを見つめ始める。
そのまま何もしていないかのようにも見える早雲だが、少しすると彼にしか分からない確認の作業が終わったようで、心配そうに見ている影治に声を掛けた。
「うん、いけそうだぁ。――囁き、祈り、詠唱、念じろ!」
それは日本語で発音されていたので、意味を理解出来たのは影治とヨイチだけだった。
他の者達にはまるで魔術の詠唱と同じような響きの言葉に聞こえた事だろう。
「ゲッ! おいおい、灰になったりしねえだろうなあ……」
早雲の唱えた言葉に意味があったかどうかは甚だ疑問である。
何故ならその言葉は、とあるゲームで蘇生時などに用いられたセリフだったからだ。
しかし効果はバッチリ出ており、影治の心眼は再びシャウラの生命力を感知した。
その瞬間、怒涛の如く回復魔術をかけまくった結果、ほどなくしてシャウラが目を開き……周りの仲間達が自分を一斉に見ていることに気づいて、ビクッと体を揺らす。
「……なに? ごはんのじかん?」
「っ、お前って奴は……」
復活してからの第一声を聞いて、影治は体の力が抜けていくのを感じていた。
カレンやティア達も、嬉し涙が途中でちょちょ切れていたが、泣き笑いからにこやかな笑顔へと表情が変化していく。
「今のは一体……」
その中で、ひとりセルマは目の前で起こった現象について考えこんでいた。
魔力も神力すらも感じないまま、何故かシャウラは蘇っている。
この世界には天恵だとかスキルだとか言われる力は存在しているが、そうした特殊な力であっても死者を蘇らせるほどの力はない。
少なくともセルマはそのような力の存在を聞いた事はなかった。
「それともスキルではなくて、もっと別の力……?」
セルマが思考を続けている間にも、復活したシャウラはもみくちゃにされながら状況の説明を受けている。
どうやら死の少し前までの記憶が無いらしく、小集団に分かれて突撃する段階までしか覚えていないようだった。
その辺の記憶の欠如について、「早雲は問題ないから」と言うだけで詳しい事は語ろうとはしなかった。
実際今の所他に問題はなさそうに見えるので、蘇生させてもらった手前余り深く追求も出来ない。
「本当に……本当にありがとう!」
別に礼儀知らずという訳ではないのだが、こうまで影治が素直に感謝を述べる事は少ない。
それだけ影治にとって、仲間の存在というものが大きくなってきているのだろう。
「ま、これも同じ日本人の誼ってやつだぁ」
「俺も1度だけ話には聞いちゃあいたけど、早雲って言ったっけ? あんた、俺等みたいな転生者とは違うんだよな?」
「ん、そっちの初顔も転生者だったか。その通り、俺はちょっとばかし毛色が違う」
「ちょっとばかしって程度じゃない気がするんですケドー」
影治があれだけ時間掛けて出来なかった事をさらっとやってのけた早雲に、ティアがジト目で突っ込みを入れる。
「俺に返せるものがあるか分からねえが、何か困った事があったら言ってくれ! 力になるぜ」
「んー、そうだなぁ。そんじゃあひとつ聞きたい事があるんだがぁ……」
この何でも知っていそうな早雲が、聞きたいと思っている事。
そんな事を自分が知っているとは思えなかった影治だが、実際に内容を聞いてみた所、まったく覚えがない訳ではなかった。
とはいえ、話が漠然としすぎていてそれが早雲の求めている情報かは分からない。
だがとりあえず影治は、思い当たる事について早雲に語る事にした。




