第832話 抗う影治
「……セルマ。こいつらの死体に闇魔術や暗黒魔術をたっぷりぶち込んでくれ。少しでもマルティネ降臨の可能性を下げてえ」
「分かりました。効果があるか分かりませんが、やってみます」
周囲の敵は全て殲滅した。
戦場全体を見るとまだまだ争っている所もあるが、最初にクゥの上から極悪な魔術のコンボで数を減らしていたので、徐々に残敵も掃討されていくだろう。
本当ならすぐにでもシャウラの下まで駆け寄りたい影治だったが、光の使徒を相手にした場合何が起こるか分からない。
影治の心眼による反応では完全に死んでいるのだが、以前も死から蘇って襲ってきた。
まだ完全には扱えないが改良した真・滅神剣もあるし、その他の能力も以前より向上している。
そもそもマルティネが複数の使徒に同時に降臨できるかどうか不明だが、2人同時位ならなんとかなると影治は判断していた。
だが6人同時に降臨するようであれば、強引に今の感情をねじ伏せてゲートキーで逃げるつもりだ。
「まずは……【一筋の昏き闇】。それから【漆黒の雨】!」
一か所に纏めた光の使徒の死体に、次々に魔術を撃ちこんでいくセルマ。
ここだけ見ると死者に鞭打つような所業にしか見えないが、別に恨みだけでこのような事をしている訳ではなかった。
光の使徒が使っていた魔法の属性や聖光神という名前が示すように、光属性や神聖属性と関係が深いマルティネが、少しでも介入しにくくなるようにという後処理の意味合いが強い。
「……反応なさそうだな」
「ええ。最後に肉体の方も焼き尽くしましょう。【黒炎】」
暗黒属性を帯びた黒色の混じる炎が、光の使徒を焼き払う。
神聖属性の光が体を包み、暗黒の炎を打ち払う……などといった現象も起きず、普通に物を燃やしているかのように、抵抗なく使徒達の死体は灰になった。
まだ完全に気を緩めていない影治だが、今の所マルティネがしゃしゃり出てくる様子がないと判断し、シャウラの下に向かう。
「エイジ……」
色が落ちたような声でカレンが影治の名を呼ぶ。
シャウラの下には、ドラゴンアヴェンジャーの仲間が集まっている。
浮かべている顔は悲痛そうなものばかりで、ラテニア侵攻軍をほぼ壊滅状態まで追い込んだというのに、勝利を喜ぶ者はこの場には誰一人いなかった。
「今からマリナを探しに行くなんてのは無理だ。天使や悪魔なら核の石を取り出せば、マリアみたいに復活出来るかもしれねえがそれも出来ねえ。となると、やはり俺がやるしか……」
ブツブツ独り言を言いながら、地面に膝をつきシャウラに触れる。
触れる前から分かっていた事だったが、生体活動が停止して物言わぬ体となったシャウラは、殊更にそれがまるでただの物質であるかのように感じてしまう。
そして最終的には服が汚れるのも気にせずその場に座り込んだ影治は、いつもの集中モードに突入する。
「影治……シャウラを蘇らせるつもりか? だけどよお……」
影治も親しい人との死別経験がない訳ではない。
だが300年以上生きてきたヨイチは、影治以上にそうした別れを経験している。
特に環大陸は争いの絶えない地なので、なおさらそうした別れが多い。
そのような数えきれない別れを繰り返してきたヨイチでも、必死に運命に抗おうとしている今の影治にそれ以上かける言葉が見つからなかった。
そうした経験が多いからこそ、逆にこうした場面でかける言葉が無い事を知っていたともいえる。
特に今のヨイチと影治との関係性では猶更かける言葉はない。
30分、1時間と時間が経過していく。
いつもならこれ位の時間で大体の魔術は開発出来ている。
が、今回ばかりは求める魔術の難度が高すぎて、まったく成功する気配すら見えない。
2時間、3時間と更に時間が過ぎていった。
すでに戦場全体で帝国軍が敗北しており、少し前にこの地域一帯から大きな勝鬨が上がっている。
結局光の使徒がマルティネを降ろして顕現する事もなく、ヴェリアスやエリーも影治の下に駆け付けたのだが、リュシェルが現状を説明すると、一旦荒れ果てた戦場から少し離れた場所に軍を移動させ、野営準備を始めた。
それから8時間が経過した。
すでに辺りは暗く、少し離れた場所ではヴロブリックから出撃してきたラテニア兵が野営をしている。
リュシェル達はその場を動かず、すぐ近くのぐちゃぐちゃになった沼地を整地して、そこで野営設備を整えた。
影治は相変わらずブツブツと呟きながら、ずっと集中モードを続けている。
死者蘇生に関してこれまで得た情報の中に、死後時間が経過するほど成功率が下がるというものがあった為に、まったく手応えを感じないまま過ぎていく時間に、焦りの気持ちを禁じ得ない。
それが集中を乱す事を理解してもいるが、だからといってどうしようも出来ず、ひたすらにもがき続ける。
魔術だけでなく、魔法による死者蘇生のアプローチも試みている。
光属性や神聖属性の魔力を神力と絡めて、死者蘇生の強いイメージを構築して魔法を放つ。
だが幾ら試しても魔法としての体裁が保てず、途中で魔力や神力が霧散していってしまう。
そうして成果のでないまま、16時間が経過して翌朝を迎えていた。
再度影治の下を訪ねたヴェリアスとエリーだったが、徹夜で集中モードを続けている影治を見て、自分達はこのまま軍勢を引き連れてディルダグを奪取しに行くと告げ、出立していった。
その場にはリュシェル達ドラゴンアヴェンジャーの仲間だけが残る。
何の進展もないまま24時間が経過した。
この間影治は一睡もせず、食事やトイレにもいかず、ひたすら死者蘇生の魔術や魔法の開発を続けている。
「エイジ、そんなに根を詰めても上手くいきませんわ。どうか休憩なさってください」
「カレンの言う通りよ。少しは休んだ方がいーわ!」
初めの数時間くらいは黙って様子を見ていた仲間達も、流石にこれだけ長時間飲まず食わずで集中を続けている影治に、色々な言葉を投げかける。
だが聞く耳を持たず、今も影治は集中を続けていた。
そんな影治の様子を見ていると、このまま何日もここに居座って開発を続けるのではないか?
そう思えてきてしまうほど、今の影治は危うかった。
いざとなったら力づくでも作業を止めさせないといけない。
そうリュシェル達が考え始めた頃、不意に影治が立ち上がって辺りをキョロキョロと窺い始めた。
「エイジ……様?」
リュシェルが呼びかけるも、まるで気づいていないかのように何かを気にし始める影治。
あれだけ声を掛けても反応しなかった影治のこの奇妙な反応に、仲間の皆も警戒モードに入る。
「エイジ! 一体どうしたというのですか!?」
「これは魔力……いや、魂か? 魂が……魂が動いている? 待て! 行くな、シャウラ!」
咄嗟に凝縮した魔力を放出する影治。
その魔力は死霊属性で構成されており、シャウラの体から抜け落ちていく、魔力のようでいて魔力とは違う何かを包み込み、どこかに流れて行こうとする謎の力の動きを封じる。
影治はその謎の魔力のような何かを、魂ではないかと推測した。
シャウラの魂と思われる謎エネルギーは、しばしどこかに吸い寄せられるように動こうとしていたのだが、高密度の死霊属性の魔力で包み込んだせいか、どうにか移動を止める事に成功する。
しかしこれがもし成仏する為に魂が天に帰ろうとしているのであれば、このままシャウラの魂をキープし続けながら蘇生の方法を探らなければならない。
影治の余計な手出しによって、成仏出来なくなった可能性があるからだ。
「……流石にこの状態を維持し続けるのは無理がある。最後の手段がない訳でもない。だがそれは……」
影治の言う最後の手段。
それが成功するであろう事は、ほぼ間違いなく分かっている。
破滅級にまで成長した、死霊魔術を使えばいいのだ。
【特位不死者生成】は失敗の危険があって試せないが、【上位不死者生成】であれば生前の自我を保ったまま復活出来る可能性は高い。
それでも出会った時には既にアンデッドだったグレイスとは違って、シャウラをアンデッドとして蘇らせる事に影治はどうしても抵抗を覚えてしまう。
「うん? これは……」
どうするべきか考えていた影治だったが、不意にシャウラの魂の吸い寄せられるような動きがなくなった事を感じ取る。
包み込んでいた死霊属性の魔力を慎重に少しずつ解放しても、そのままシャウラの魂と思しき何かはその場に留まり続けていた。
「何だ? 成仏を諦めた……のか?」
この魂らしきものを感知出来ているのは影治だけしかいない。
仲間の皆は、影治以上に何がどうなっているのか理解出来ていない様子だ。
影治としては、ひとまず魂がどこかにいかなくなったので安心していた。
だがそれが一瞬の気の緩みを生んだ。
その事を影治自身も自覚していたが、さして気にしていなかった。
隙をついて何かしようとしても、自分であれば近づこうとした段階で察知して対応出来る自信があった。
――そう思っていた影治だけに、突然何の前触れも感じずに自分の背後に人の気配を感じ取ると、驚きの余り振り向くことしかできなかった。




