第827話 最後の切り札
「これはマズイな……」
ハルバードを振るい、アンデッドの一体を屠るルドヴィーク。
彼を中心とする超精鋭集団は、積極的にアンデッドの群れに飛び込んで戦い続けていた。
だが幾らアンデッドを倒しても次々におかわりが出てくる。
新たにアンデッドが生成されていないのは確認しているので、単純に最初にいたアンデッド軍団の数が多かったのだろう。
「私の方も節約はしてるんですけど、既に何度かマジックポーションを飲んでしまいました! まだもう少しはいけそうですが、魔力酔いが見えてきてる感じです!」
基本アスドルバルは治癒にのみ光魔術を使うようにしていたが、時折非肉体系のアンデッドに攻撃用の光魔術を使う場面もあったので、それなりに魔力を消耗している。
それを補うためにマジックポーションを何度か口にしており、この調子だとそう遠くない内に魔力酔いになってまともに動けなくなる事だろう。
「戦況はどうなっている?」
「ハッ! 死者や戦闘不能状態の者が、およそ全体の8割を超えています。アメリア様は健在ですが、4度目の聖軍を使う余裕はないとの事。神兵はほぼ壊滅。傭兵隊も数千にまで減らされ、方面軍も既に戦える状態の者は4万を切っています」
「敵アンデッドの数は?」
「それが……まだ半数ほどは残っているかと思われます」
味方の数にせよ敵の数にせよ。
ゲームのようにリアルタイムで数字が出る訳でもないので、従者の報告した数はあくまで概算でしかない。
だがそれでもハッキリと分かるほど、ラテニア侵攻軍はぼろぼろの状態になっていた。
「……そうか。水色の悪魔の参戦は不確定要素ではあったが、当初のラテニア根絶やし計画はこのままだと遂行できそうにない。兵を一旦陣地に集結させよ。残りの切り札を投入する。……ここまで来れば動いてもくれよう」
すでに大幅に数の減った帝国軍の包囲網は、各所に綻びを生じさせている。
数の上ではまだ帝国軍の方が上だったが、体力の限界が訪れてからは一気に帝国軍が瓦解していった。
状況は絶望的であるし、前線を支える兵士達は肩で息をして、体中に傷を負った者で溢れている。
しかしそれでも兵士達の士気はなお衰えていない。
それは今回のラテニア侵攻軍の総司令官であるルドヴィークも同じであった。
だがルドヴィークの場合、狂信的な信仰によって士気を維持しているのではない。
このような状況でも、まだ勝ち目があると判断していたからである。
「我々の力及ばず、このままではアンデッド軍団に敗れるのも時間の問題。そこで貴女方の御力をお貸しいただきたい」
そう言って頭を下げるルドヴィーク。
最高司令官であるはずの彼が頭を下げる相手など、数えるほどしかいない。
「ようやく我の出番が来たようだな。不浄なるアンデッドなど我が炎で焼き尽くしてくれる!」
「わたくしはただ主の導きに従うのみ」
「私は支援がメインとなるでしょうが、全力で事に当たらせて頂きますわ」
「私の出番があるかどうかは分からぬが、私達に危害を加えようとするアンデッドは直接私が相手しよう」
ルドヴィークの勝機の源。
それは普段は単独で行動する事が多い、彼女たち光の使徒の存在であった。
既に戦場で【聖軍】を使いながら戦っているアメリアの他に、実に5名もの光の使徒がこの場に集っている。
最初に意気揚々と声を上げたのは、炎の聖女フラメア。
続いて順に高潔なる乙女シモンに、復活の聖女ライザ、鋼鉄の乙女カタリナ。
そしてただ一人特に何も言わないでいたのは、光の乙女ティファニー。
他の光の使徒が全てヒューマンで構成されている中、彼女だけはハーフエルフだった。
帝国ではエルフを準優良種扱いされているが、ヒューマンとのハーフであるハーフエルフも同じく準優良種扱いである。
帝国内においては、ハーフだからといって差別や迫害は受けていない。
「御協力感謝する。貴女方への指揮権は某にはないし、実際にどれほどの力をお持ちなのか、全てを把握している訳ではない。なので、貴女方が全力を出せる環境を作るため、我々を利用してもらいたい」
「我の炎があれば、支援など無用だ」
「ですがフラメア様。私ひとりでは押し寄せるアンデッドを捌き切れません。将軍、私達の周りに精鋭を配置して、囲んで頂けると助かる」
この場にいる光の使徒の内、範囲攻撃の魔法を使用可能なのは3名のみ。
これは魔術でも同じだが、接近されてしまうとせっかくの強力な範囲攻撃魔術も使いにくくなってしまう。
「それくらいならお安い御用だ。お前達聞いていたな? これより我々は使徒様達の護衛に入る。1体たりともアンデッドを近づかせるな!」
「はい!」
護衛といっても、実はこれまでもルドヴィーク達は光の使徒と一緒に行動を共にしていた。
それは水色の悪魔が現れた際に、一緒に攻撃を仕掛ける為である。
だからこれまで通り、光の使徒を囲むようにして前線へと移動していく。
前線に進むにつれて、前衛を突破したアンデッドが襲い掛かるようになり、それらのアンデッドをルドヴィーク達が仕留める。
これまでと違うのは、そこに鋼鉄の乙女カタリナが加わっている事だろう。
カタリナはアメリアと同じく、全身金属鎧の防具を纏っている。
だが手にしている得物は異なり、大剣1本で戦うアメリアに対しカタリナは剣と盾を手にした防御重視のスタイルだった。
この場の光の使徒の中で最年少のカタリナであるが、天性の戦闘の才能の持ち主であり、25歳の若さで帝国内で行われた剣闘大会で優勝した事もある。
「この辺りまでくればいいだろう。我は左を担当するから、ティファニーは右を。シモンは中央にド派手なのを撃ちこんでやれ」
「わかりました」
「承知」
「ではわたくしから行かせていただきます。『ジャッジメントデイ』」
最前線まで到達した光の使徒たちは、ここで各々の魔法を発動させる。
まず最初に発動された魔法はジャッジメントデイ。
クラスⅨ神聖魔術、【白雷】を基に生み出されたこの魔法は、かなりの広範囲に白き雷を落とす。
3名いる範囲攻撃魔法使用者の中では、この魔法が一番範囲が広い。
しかしその分威力が分散したりするのだが、神聖魔術を基にしているだけあって、アンデッド相手には極めて効果的な魔法だった。
アンデッドは光属性も苦手としているが、より効果的なのは神聖属性である。
範囲の広さによる威力の分散を、弱点属性でもって補っているし、そもそもが魔法というだけでそこいらの魔術とは威力が桁違いだ。
いかに高位のアンデッドと言えど、この1度の魔法によって2000以上が元の物言わぬ躯へと戻った。
「相変わらずシモンの魔法は派手だな。次は我の魔法を見せてやろう。『慈愛の炎』」
続いてフラメアが使用した魔法は、クラスⅦ神聖魔術、白炎を基にしたものだ。
3人の中では一番攻撃範囲が狭い魔法であるが、その分威力は激高である。
名前に「慈愛の」と付いてはいるが、実際に見た感じでは範囲内を容赦なく焼き尽くす地獄の業火のようであり、まったくもって慈愛の要素は見当たらない。
範囲が一番狭いとはいえ、この一発でも数百のアンデッドが一瞬で黒焦げとなった。
しかも威力が高いせいか、ジャッジメントデイでは一部のアンデッドが耐えていたが、慈愛の炎では範囲内に生き残りは皆無だ。
「久々に燃やすとスッとするわ!」
「次、わたし。『六芒星柱』」
晴れ晴れとした表情を浮かべるフラメア。
最後にハーフエルフのティファニーが魔法を発動させる。
前の2人とは違い、彼女の使う魔法は神聖魔術ではなく、クラスⅦの光魔術【光の柱】を基にした魔法だ。
元はただの光の柱を発生させる魔術だが、六芒星柱は巨大な六芒星状に光の柱が発生する。
範囲も上位魔術である【光の大柱】の数倍の規模があり、アンデッドに対しても効果のある光属性である事から、こちらでも1度の魔法の発動で数百体が戦闘不能となった。
まるで観客にお披露目するかのようにひとりずつ魔法を披露し終えると、そこからはとにかく無差別に魔法が降り注いだ。
これまで散々苦戦していたアンデッド軍団が、砂糖が水に溶けるかのように倒されていく。
それはまさしく神の御業そのもののようであった。




