第825話 2つの魔導具と1つの切り札
墓標といっても、それと認識出来る者はこの戦場にはいなかった。
その墓標は巨大な光の線によって描かれており、ナスカの地上絵のように上空数千メートルから見下ろすことで、ようやく光の線が描いているのが墓標である事に気づくことが出来る。
地上にいる者達からすれば、地面の一部が薄っすら光っている程度の認識だった。
「神の御業によって、不浄なるアンデッドどもは弱体化された! 今こそ敵を滅ぼす好機ぞ!」
予め作戦を聞かされていた指揮官達が、ここぞとばかりに声を張り上げる。
この地上に巨大な光の墓標を生み出したのは、神の力でもなんでもなく魔導具の力によるものだ。
セラフィック・グレイヴという名のこの魔導具は、ダンジョンから産出された迷宮遺物ではない。
基本的に強力な効果のものは迷宮遺物が多いのだが、このセラフィック・グレイヴは魔導具ながらエンシェント級と非常に等級が高かった。
この等級の高さはレア度を端的に表すものだが、効果の強さを表す指標にもなる。
ユニーク級やベリーレア級よりも更に上のエンシェント級ともなれば、それだけ対アンデッド効果も強力だった。
それは効果範囲にも表れていて、巨大な光の墓標は戦場全体を範囲に収めている。
戦場には元騎兵部隊だったアンデッドが約5万。
対する帝国側は、傭兵が6万に神兵が22万。それから方面軍が15万ほどで合計43万。
作戦としては、神兵を囮にしながら主力の方面軍でアンデッドを削っていくというものだった。
だが流石に幾ら魔導具で弱められているとはいえ、高位のアンデッド相手に神兵では荷が重すぎる。
そこで少しでも戦力を増強する為に、ここで今まで表立って使ってこなかった切り札の1つを切った。
それが光の使徒のひとり、戦乙女アメリアの参陣である。
「死してなお生に執着するアンデッドに、マルティネ様の威光を見せつけるのだ! その為の力を諸君らにも授ける。この力こそ、私がマルティネ様から頂いた信仰の証! 【聖軍】ッ!!」
「おおっ、力が沸いてくるぞ!?」
「俺もだ! これがマルティネ様の御力……」
アメリアが高らかに宣言すると同時に、周囲一帯に光が幾重にも重なって降り注いだ。
それは光を司るマルティネが起こした奇跡のようだった。
更に神兵たちは、いつもより自分の身体能力が強化された事にも気づく。
それらが合わさって、神兵たちの士気は最高潮に達する。
「頼もしい限りだが、あれでどこまで神兵達が抗えるものか……」
ルドヴィークは少し離れた場所から、アメリアとその周りの神兵たちの様子を見ていた。
戦意の高まりは周囲の兵士達に次々と伝播して行き、40万以上という大軍だけあってどんな敵でも打ち破れそうに感じられる。
しかしルドヴィークはそんな空気に乗せられるような男ではない。
「セラフィック・グレイヴでアンデッドを弱体化させ、光臨の帳で水色の悪魔によるアンデッド化を阻止する。効果が確かなのであれば、水色の悪魔の強みの1つを大分打ち消せるはずだ」
今も天からは光が降り注いでいるが、この現象を齎しているのが光臨の帳という魔導具の効果である。
アメリアのセリフからすると、この降り注ぐ光も彼女が神の力を借りて起こした事のように聞こえるが、実際はこれも魔導具の効果によるものだった。
その効果内容はこの光が降り注いでいる間、死霊魔術や特殊なスキルなどによるアンデッド化を防ぐというものである。
セラフィック・グレイヴには及ばないが、こちらも人工の魔導具ながらベリーレア級という非常に高い等級であり、効果範囲が広いだけでなく効果時間もかなり長い。
ではアメリアが唱えた【聖軍】というのは何なのかという話なのだが、実はこれは聖光教で神の奇跡とされている魔法……などではなく、ただの魔術であった。
とはいえ、クラスⅩの神聖魔術なので誰しもが使える魔術ではない。
そして【聖軍】は名前に軍とついている通り、軍隊規模の相手に効果のある魔術である。
まず効果範囲は、術者を中心としたかなりの広範囲。
その範囲内にいる、術者が味方と判定した相手にだけ効果を及ぼす魔術で、効果を受けた者達の身体能力を強化する効果がある。
対象の規模が非常に大規模になるため、中位や高位のバフ系の魔術ほどの効果はないのだが、それでも全員に低位のバフ魔術の強化と同等の効果が及ぶ。
それも魔力以外の筋力や体力、敏捷などが全て一括して強化されるので、強化量は低位魔術レベルではあるが、全体的な強化量で言えば対象の数が多いほど結構な量になる。
「あとは水色の悪魔の居場所を特定するだけなのだが……それらしき姿はまだ見つからないのか?」
「はい、この距離から複数人の目で探させていますが、見つかっておりません」
「もしや単身でどこか隠れ潜んでいるのか……?」
水色の悪魔=影治については、未だ帝国としても実態をつかみ切れておらず、不明な点も多い。
だが確実なものとしては、ドラゴンアヴェンジャーという冒険者パーティーを結成しており、水色の悪魔以外にも凄腕の冒険者が複数名在籍している事くらいは調べてある。
もし水色の悪魔が立ちはだかるのであれば、単身でではなくその仲間達も一緒に加勢する可能性も考慮していたのだが、それほどの人数が参加していればこのアンデッドの群れの中でも目立つはずだ。
「めんどくせぇから、アンデッドだけ向かわせたって線もあるんじゃねえか?」
考え込むルドヴィークに、だるそうにしているサイラスが別の意見を述べる。
それは面倒な事は他人に任せる、サイラスの性格から出た意見だった。
「むむむ! それでは神敵はこの場にはいないと言うのですか!?」
ルドヴィークの周囲には、他の四将軍を含めて精鋭達が集められていた。
水色の悪魔が不在の可能性を聞いて、素っ頓狂な声を上げたのは光槌将軍のアスドルバルだ。
ここに精鋭が集められたのは、水色の悪魔を捕捉し次第、この場の全員で確実に水色の悪魔を撃ち滅ぼす為であった。
だからこそ軍全体の指揮を副司令官に任せ、ルドヴィーク達はこの場に固まっている。
「……あれだけの数の騎兵部隊を、アンデッド化させる能力を持っているのだ。きっとこの戦いの場にも紛れ込み、新たなアンデッドを作成するに違いない!」
こうしてルドヴィーク達が話している間にも、既に前線ではアンデッド軍団との戦いが始まっていた。
まずは野戦の基本である遠距離魔術戦だが、こちらは帝国本国から持ち出した、強力な魔力減衰空間を生み出す迷宮遺物とアンデッド弱体化の効果によって、高位アンデッドの放つハイクラスの魔術にも多少の抵抗は出来ている。
だがそれでも被害の大きさは尋常ではなく、マルティネの名を唱えながら幾百人もの神兵が命を散らしていく。
それでも愚直に前に出て彼我の距離を埋めて行って、神兵がアンデッド軍団の正面から突っ込む。
必然、神兵には雨あられとアンデッドによる魔術攻撃が集中し、えぐい勢いで人がバタバタ倒れていく。
それでも前進を止めない神兵達は、多大な犠牲を払いつつもアンデッド軍団に取り付く事に成功する。
この間に方面軍は左右に。後方には傭兵部隊が回り込んで退路を塞いでおり、完全にアンデッド軍団を包囲した。
ここまで一見うまく事が運んでいるようにも見えるが、セラフィック・グレイヴで弱体化され、【聖軍】で味方全体が強化されてなお、高位のアンデッド軍団は屈強だった。
戦闘を開始してからまだ1時間くらいしか経っていないというのに、すでに神兵の死者数は5万を超えている。
これはアンデッドによる魔術攻撃を一身に受けていたからだ。
だがその神兵の犠牲によって、アンデッド軍団を包囲する事が出来たし、アンデッドの魔力を削る事も出来た。
それに光臨の帳が効いているせいか、新たにアンデッドとして蘇ってくる者もいない。
「つうかさ。そもそもやっぱあの中にはいないんじゃねえの?」
「……ただ我らを消耗させる為に、あのアンデッドの軍団を差し向けたというのか?」
「パーティーで行動してるにせよ単身で乗り込んでるにせよ、それらしい奴がいないってんなら、単純に考えてこの場にいないって事だと思うんだけど?」
今回のアンデッド軍団との遭遇は、ルドヴィークにとって寝耳に水のような出来事だった。
水色の悪魔がラテニア侵攻の妨げとなる可能性は、当然侵攻作戦開始前から考慮されており、色々と対抗策なども話し合っている。
だからこそ光臨の帳などの魔導具も用意したのだが、どの場面で戦う事になるかまでは予想出来ていなかった。
情報も乏しく、考える時間も余りない。
ただつい数日前に派遣した騎兵部隊が、アンデッド化されているという状況を見てしまえば、あのアンデッド軍団の中に水色の悪魔が潜んでいると考えるのは仕方のないことだ。
「おのれ水色の悪魔めっ!」
わなわなを体を震わせるルドヴィークは、このまま待機を続けるか、それとも自分達も前線に参加して少しでも味方の被害を減らすか、判断を突き付けられていた。




