第824話 不意の遭遇
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「連絡が一切ないだと?」
「はい。こちらから確認の使者も派遣しましたが、彼らも戻ってきておりません」
「むう……」
ディルダグの街の中にある、かつては氏族長の館として使用されていた建物の一室で、部下からの報告を受けたルドヴィークが渋面を浮かべる。
この男の場合元々いかめしい顔をしているので、慣れていない人だとちょっとした表情の変化が怒りを表しているように見えてしまうが、そこはただ表情筋の操作が下手なだけであった。
「報告がないという事は、順調に聖務を遂行している事の何よりの証! 将軍が気になさることもないと思いますよ!」
「順調なら順調と報告をすればいいのだ。それさえもせず、あまつさえこちらから送った使者も帰ってこないとなると、何か不測の事態が発生したやもしれぬ」
ルドヴィークが気にしているのは、ゾボロに派遣した部隊と、ラテニアの奥深くに先行して暴れ回る予定の、騎兵部隊からの定時連絡が途絶えた事だった。
距離が離れているとはいえ、魔導具を使えば連絡は取れる距離だ。
「ではまたゾボロに兵を差し向けますか? それもいいとは思いますけど、どっちみちヴロブリックには本隊が向かうのです。このディルダグを抑えておけば、ゾボロとその先にあるガークランを分断できます。今は何よりラテニア奥深くに侵攻する事を優先するべきではないでしょうか!」
やたらテンションの高いこの男は、帝国四将軍のひとりであるアスドルバル・バレンシア。
光槌将軍などと呼ばれているが、将軍というよりは神官としての側面が強い。
クラスⅩまでの光魔術を使い、数千からなる神官戦士団を率いているが、戦術だのそういった事には疎く、その辺の判断はルドヴィークや他の者に任せている。
「どうでもいいけど、ちゃっちゃと終わらせちまおうぜ」
そしてアスドルバルとは対照的にやる気が見えないのが、暗黒将軍と呼ばれるサイラス・アドローバーだ。
普段帝都を離れる事がない彼からすると、今回のラテニア侵攻は肉体的にではなく精神的に倦怠感を覚えていた。
「……気にはなるが、アスドルバルの言う通りだ。ただジッとしていても無駄に食料を浪費するだけ。ここまでの遠征の疲れが完全に癒えた訳ではないだろうが、我々本隊もヴロブリック目指して侵攻を再開する」
「それでこそ岩鉄将軍! 私達神官戦士団はいつでも出撃出来ますよ!」
わずかな休みだけでは、正規軍である方面軍はともかく、元が民間人である神兵たちの疲労が回復しきれていなかった。
しかし信仰の名の下に、誰も苦しい素振りを見せていない。
占領したディルダグの街で、一旦進軍を止めていたラテニア侵攻軍であったが、こうして再び侵攻は開始された。
「ルドヴィーク将軍、あれは……」
「……奴が動いたか」
険しい表情の視線の先には、アンデッドの軍勢が街道を前に進んでいる様子が映っている。
距離が離れすぎているので、まだルドヴィークの視力ではどんな種類のアンデッドかの見分けが出来ない。
先行して進んでいた筈の斥候からの報告はなかった。
定期的に連絡は取っているが、何か発見したとかでない限り2時間に1回程度の報告しかしていない。
問題があれば魔導具による報告か、直接本隊まで戻って報告すればいいだけだ。
だが今回はそのどちらも間に合わなかったのだろう。
だから不意な遭遇になった訳だが、先頭の兵からアンデッド軍団の発見の報が届くと、すぐさま双眼鏡のような魔導具を持った兵士が街道の先を見回す。
そうして観察されたアンデッド軍団の情報が報告されると、緊急で集められた指揮官達は皆一様に曇った表情……どころか土砂降りの雨に降られたような表情に変わる。
「最低でも脅威度Ⅵクラスのアンデッドの軍勢……それも、その元となっているのは先に派遣した騎兵部隊であると……間違いないのだな?」
「はい……。乗っていたはずの魔獣の姿はありませんが、間違いありません! 先頭には指揮官であったルボル旅団長の姿も確認しております!」
「奴だ……水色の悪魔の奴めがしゃしゃり出てきやがった!」
大陸の反対側での出来事ではあるが、ハベイシア帝国にも影治の邪竜討伐の一件やデュレイスでの一件は伝わっている。
だからこそ常に影治は監視対象に入っていたのだが、ゲートキーでの転移やドラゴンベースでの高速移動についていけず、近ごろはまともに行方を追い切れていなかった。
「落ち着け。水色の悪魔については、帝国から出陣する前から動きが掴めておらず、ラテニア侵攻の障害となる可能性も考えていた」
「ということは?」
「こんなこともあろうかと、対アンデッド用の強力な魔導具も用意してある」
「おおっ! 流石岩鉄将軍!!」
「これまで水色の悪魔については、下手に手出しするなとの神託が下されていたが、それに関しても問題ない。今回のラテニア侵攻でもし水色の悪魔が立ちはだかるのであれば、全力をもって滅すべしとのお言葉を教会より頂いている。水色の悪魔はアンデッド抜きにしても脅威であるが、その為の魔導具や戦力も用意した」
力強いルドヴィークの言葉に、最初に報告を受けた時に広がっていた指揮官達の暗い表情が、みるみる間に晴れていく。
「その戦力の代表格は光の使徒であるが、教会からは出来るだけ彼女たちを温存するように、強く強く言い含められている。ただし鋼鉄の乙女カタリナと、戦乙女アメリアに関しては、出し惜しみせずに適切な場面であれば前に出して構わないとの事だ。戦況によって変わる可能性はあるが、カタリナ殿には我ら四将軍と共に水色の悪魔と戦って頂く」
「何ですと! 将軍自ら水色の悪魔と戦われると申すのか!?」
「将軍はこのラテニア侵攻軍の総司令官。御自ら最前線に出る事もないのでは?」
「そうですぞ! 無論、将軍が破れるなどとは考えておりませんが、どんな卑怯な手を使ってくるかも分からぬ相手。無理をなさる事もないでしょう」
「……お前達、勘違いをしていないか?」
自ら打って出るというルドヴィークに、周囲の指揮官達が一様に控えるよう忠言する。
だがルドヴィークは野太い低音の声で、間違いを指摘する。
「ハベイシア帝国の将軍として名を知られるようになったが、某は今でも自分の事をまず第一に武人であると思っている。某と1対1で戦って勝てる者がいるのであれば、その者に出番をくれてやるのもいい。だが生憎とそのような気骨のある者がおらんのだから、某が出るしかなかろう」
ルドヴィークは将としてだけでなく、武人としても非常に優れた人物である。
だからこそ、敵対しているリニア同盟の獣人たちの間ですら、その勇猛さを認められているのだ。
「もう余りここで話し合っている時間もない。あのアンデッド軍団は我らを前にしてもなお変わる事ないペースで前に進み続けている。あと10分で作戦を練って、20分で準備を整えるぞ」
不意な遭遇戦ではあるが、緊急で集めた指揮官達は流石歴戦の猛者が多く、すぐに頭を切り替え作戦を練っていく。
彼らの脳裏に撤退の2文字はない。
いかにルドヴィークが対アンデッド用の強力な魔導具を用意していたとはいえ、高位のアンデッド数万が相手である。
普通に考えれば絶望的状況であるにも関わらず、作戦会議中の指揮官達からは異様な程の熱が発せられていた。
そうして短時間での作戦立案から部隊の配備など、慌ただしく迎撃態勢を整えている間に、アンデッド軍団との距離がどんどん縮まっていく。
その距離が魔術の射程範囲に入ると、まずは攻撃魔術の応酬が……始まる前に、大地に巨大な墓標が浮かび上がった。




