第822話 破滅級魔術
昨日の夜の間に、それまで生成していたアンデッドが戦場を駆け回って死体を一か所に纏めておいてくれたので、わざわざ死体を探しまわって移動する必要はない。
マジックエコーによって、同じ魔術であれば同時に9体生成出来るようになった影治は、リキャストマジックのスキルによって再発動までの時間が短縮され、効率的にアンデッドを量産していた。
そんな影治に、不意に大きな変化が訪れる。
「【上位不死者生成】、上位不死…………っ!?」
その変化に気づいた影治は、思わずアンデッド化作業を中断してしまう。
カレン達は少し離れた所にある野営地にいるので、影治が作業を中断した事にも気づいていない。
「今のはもしかして……」
影治に訪れた変化。
それは外面的なものではなく内面的なものだったので、影治以外には感じ取れない類のものだった。
その変化とは、自身の魔力量の最大値が大きく変わったというものである。
「何のきっかけもなく、魔力量が変化するなんてことはありえねえ。そして俺にはこの魔力量の変化に心当たりがある」
その心当たりを確かなものとするため、影治は集中を始める。
10分程そのまま集中を続けた影治は、昨日いくら試しても出来なかった事が出来るようになっていた事を確認した。
「やっぱそうか! もう1段階上だったとはなあ……。【千骸行軍】!」
独り言を呟きながら、影治はとある魔術を発動させた。
それは昨日いくら試してもできなかった、【上位不死者生成】の拡張版の魔術である。
「魔物では災厄級の1つ上は破滅級だったな。ならこいつは破滅級死霊魔術ってところか」
影治が昨日失敗していた理由は、【千骸行軍】が災厄級魔術ですらも扱えない更に上位の魔術だった事に起因する。
そして先ほど影治に訪れた変化も、死霊魔術の熟練度が更にもう1段階上に達した結果だった。
熟練度が上がって上のクラスの魔術が使えるようになると、他の魔術同様に死霊魔術でも最大クラス以下の魔術の消費魔力が減る。
これはアンデッド契約時に削られる最大魔力量の低下にも適用されるので、数万体ものアンデッドと契約している影治は、その分最大魔力量の低下する量が軽減した。
単純にアンデッド1体に付き最大MP1が還元されたとしても、数万も最大MPが上昇するともなれば、幾ら最大MPが多すぎて細かな消費に気づけない影治でも気づくことが出来る。
「にしても、千骸行軍だと最低でも1度に100体。最大で1度に1000体ものアンデッドを生成出来るのか。流石は破滅級魔術だけあって、規模が桁違いだぜ」
それも生成されるのは脅威度Ⅶ~Ⅸのアンデッド達である。
1度に1000体とは言ったが、同時詠唱すれば今の影治なら最大で9000体作れるという事だ。
災厄級魔術では長距離発動や圧縮発動は使えないが、同時詠唱ならば魔力さえあれば使う事が出来る。
尤も、ただでさえ消費の大きい災厄級魔術を、同時詠唱で使おうとする者はいないのだが。
「じゃあその桁違いの規模の魔術を使ってみるとするか! 【千骸行軍】ッ!!」
膨大な量の魔力が影治から発せられる。
それは確かにこれまでの魔術使用の中では、最大級に魔力を消費したものだった。
総魔力消費量では常時減り続ける滅神剣の方が多かったが、瞬間的な魔力出力に関しては、破滅級魔術の8つ同時詠唱の方が多い。
「むっ? マジックエコーが機能してねえな。流石にこのクラスの魔術の追加詠唱は無理ってことか」
【上位不死者生成】では上手く機能しており、1度に9つまで同時詠唱が出来ていたのだが、【千骸行軍】では影治自身の最大同時詠唱数である8つ同時にしか発動出来なかった。
だがそれでも8つ同時の発動には成功しているので、今の1度の魔術行使によって8000体もの高位アンデッドが生成されている。
「ちょ、ちょっと! 何があったのよ!?」
【千骸行軍】をフルで発動させた事で満足している影治。
なおこれだけの事をしでかしてもなお、影治の魔力には余裕があった。
だが流石にこれだけの魔力を1度に消費すると、流石に影治にも魔術を使ったなあという感覚が生まれる。
普段魔術を8つ同時詠唱していても、滅多に魔力が減ってるとは感じないので、影治にとってそれは新鮮な感覚だった。
「おお、見てくれ! 上位不死者生成の拡張版が完成したぞ!」
「そんなの見れば分かるわよ! っていうか、これまでと規模が違いすぎ! さっきの魔力出力やばすぎ! 一体あんたどーなってんのよ!!」
最初に試しに【千骸行軍】で100体だけアンデッドを生成した時点で、野営地にいる面々は異常な魔力の発露に気づいていた。
そこから慌てて影治の下に向かっていると、途中で更に凶悪な魔力が放出され、周辺の魔素濃度もそれに伴い濃くなっている。
かと思ったら、数千体ものアンデッドが一度に目覚める光景を見せられたのだ。
影治の奇抜さに慣れているカレンや、悠久の時を生きてきたウルザミィですら、目の前の出来事には唖然とするしかない。
それが影治初心者のエリーとなれば、このような反応を見せるのも仕方ないだろう。
これまで冷静でクールな面を見せてきたエリーが、我を忘れて影治に詰め寄る様は、エリーを知る者からすればかなり珍しい光景だった。
「どーなってるも何も、昨日も不死者生成の範囲魔術研究はしてただろ。それが成功したってだけだ」
「それにしても昨日とは規模が違いすぎるじゃない!」
「そこが問題だった。どうも上位不死者生成の範囲魔術は、最低でも100体生成するって効果だってみてえでな。最大だと見ての通り1000体……同時詠唱で一度に8000体生成なんて事も出来るんだよ」
「出来るんだよ……ってこんなのあんたにしか出来ないわよ! 私も『魔力節約』なんてスキルを持ってるけど、いくら節約した所であんな出力の魔術を発動する事は出来ないわ!」
未だ冷静さを取り戻していないのか、それとも余り気にしていないのか。
明かす必要もない、自分の持っているスキルについてまで口にしてしまうエリー。
「俺についての情報を得ていると思ってたんだが、違ったのか? 俺の魔力量の多さはそれなりに知られてると思ったんだけどな」
「多いと言っても限度ってもんがあるでしょ! ……はぁ、こんだけ感情揺さぶられたのも久しぶりだわ」
ようやく落ち着いてきたのか、これまでの自分の態度を振り返って溜息を吐く。
「ハハハッ、さっきの感じは異世界人エリーというより、日本人エリーといった方が似合ってたぞ」
「もう、放っておいて! それよりも、そのとんでもない魔術があればアンデッド軍団もすぐ完成するんでしょ? さっさと終わらせて、話を済ませるわよ」
「ああ、そうだった。元々お前に会うためにアドラーバーまで向かったんだからな」
まだラテニア侵攻を完全に食い止めた訳でもないが、ヴェリアスが兵を引き連れて戻って来るまでにまだ時間はある。
その間に転生者同士、話し合う時間は十分取れるだろう。
「じゃあ私は野営地に戻って待ってるわ」
そう言うと、エリーは一緒に様子を見に来ていたラリィと野営地に帰っていった。
そして都合よく仲間達だけが残った所で、影治は遮音の香炉を起動させる。
「エイジ?」
「ちょっとセルマとウルザに聞きたいことがある」
影治がそう話を切り出すと、遮音の香炉を起動させた意図を理解して影治に呼びかけたカレンが黙り込む。
「何でしょうか?」
「妾の知っている事なら何でも答えよう」
「お前達は災厄級魔術の上のクラスの魔術について、何か知っているか?」
そう問いかけた後の2人の反応を見て、すぐに影治はウルザミィには心当たりがないのだと気付く。
「生憎と妾はご主人様が言う所の災厄級魔術しか知らないねえ」
「エイジ……、まさかその領域にまで達したのですか?」
「セルマは心当たりがあるみてえだな。さっきの魔術を見てたんだろ? あれが災厄級魔術の先……破滅級魔術の千骸行軍だ。」
「破滅級魔術……。なるほど、災厄級魔術のように凶悪な魔物の呼び名から取ったのですね」
「ああ。ちなみにセルマはこの破滅級魔術の事を何て呼んでたんだ?」
「別段特別な呼び方はしておりませんでした。単純に災厄級魔術がクラスⅩの上という事でクラスⅩⅠ魔術と呼んでいたので、破滅級魔術はクラスⅩⅡ魔術ですね」
確かにこの上なく分かりやすい名前である。
その説明を聞いた影治も納得した表情を浮かべたものの、すぐに思案するような表情に変化した。
「……もしかして更にこの上もあったりするのか?」
「私も実際に見た事はありませんが、少なくともクラスⅩⅢの魔術は存在するそうです」
「クラスⅩⅢですって? クラスⅩⅡでもあれだけ膨大な魔力でしたのに……」
余りに隔絶しすぎてカレンには想像もつかないようだが、影治としても衝撃的な情報であった。
或いはこのまま成長すれば、クラスⅩⅢの死霊魔術を使える日は来るかもしれない。
だが感覚的にそれはまだまだ先になることは明らかであったし、災厄級から破滅級に変化した際の魔力消費量の増大っぷりから、恐らくクラスⅩⅢ魔術はとんでもない量の魔力を要求される事も半ば確信していた。
「ま、さすがに俺の死霊魔術でもそこまで到達するのはまだまだ先だ。まずはさっさとアンデッド共を仕上げて、エリーと話をすっか」
いつ達成できるか分からない未来の事よりも、今やるべき事をやる。
遮音の香炉を回収した影治は、引き続き【千骸行軍】で一気に残りのアンデッドを生成していく。
そうして作業に没頭することで、影治は気になっていたことを思考の端に追いやった。
【千骸行軍】という魔術は影治が開発したものではなく、発掘した魔術であるという事を。




