第820話 マジックエコー
「な、にを……」
「今俺に対して使ったのは、ただのステータス低下の魔術じゃあねえな? 『呪言』なんていう名前からして、ろくでもねえ効果がありそうだ」
「だからって私の腕を切り落としたという訳? 随分過剰の反応じゃない?」
腕を切り落とされ、今も剣を手にしたままの影治を前にしている状況で、すぐさま平静を取り戻して平然と問いただすエリー。
それと並行して、影治に攻撃を仕掛けないよう、念話でクゥに指示をだす。
「そうか? 話の流れで試しに使うってんなら、同時詠唱しなくてもいいだろ。それも4つ同時なんて、悪意高すぎだろうが」
「…………」
「同時詠唱も3つまでとしれっと嘘をついていたしな。同郷だからって許されるとでも思ったのか?」
「……しくじったわね。私としたことが、同じ日本人なら魔術の詠唱を聞き取れるって事を失念していたわ」
左腕が切断されたままだが、切断された直後はともかく今は余り出血していない。
どうやら魔術一辺倒ではなく闘気術も使えるようで、それで左腕の出血を抑えているようだ。
「そんで、呪言ってのはどんな効果の魔術だったんだ?」
「私の言う事に逆らいにくくなる呪いの一種よ。影治には全く効果がなかったようだけどね」
「逆らいにくく……か。魔術にかかったとしても、完全に逆らえなくなる訳じゃあねえのか?」
「相手との魔力の差があるほど効果は強くなるけど、完全には無理ね。クラスⅨの魔術でそこまで強力な効果は発揮できないわ」
可能性としては、精神魔術であれば似たような効果を実現できる可能性はある。
魔術は属性で分けられているが、アプローチの仕方が異なるだけで同じような効果を持つ魔術はあるからだ。
しかも精神魔術の方がより専門的なので、こちらの方が効果は高くなるだろう。
「闇魔術をクラスⅩまで使えると言ってたが、暗黒魔術も使えたりするのか?」
「暗黒魔術? あれって悪魔とか魔族が使う奴でしょ? 進化しているとはいえ、エルフである私に扱えるものではないわ」
「そうか」
段々とエリーの人間性を掴んできた影治は、今の言葉が嘘ではないと直感した。
何故暗黒魔術について尋ねたかというと、暗黒魔術には【制約】や【強制制約】といった相手の行動を縛る魔術が存在するからだ。
これらの魔術は【呪言】と効果的に似ている部分もあるが、暗黒属性なだけあって天使である影治には効きやすい。
ただ影治は天使でありながらクラスⅤまでの暗黒魔術が使えるため、他の天使に比べるとかなり暗黒属性への耐性が高く、エリーが使用していたのが【強制制約】であっても抵抗は出来ただろう。
「それで、お前はどうするつもりだったんだ? 俺を良い様に操ろうとでもしたのか?」
「……さっきも言ったように、呪言は私の言う事に逆らいにくくなるだけで、完全に思うように操れる訳ではないわ。完全に抵抗されるとは思っていなかったけど、どの程度この魔術が通じるか試してみたかったの」
もし抵抗に失敗して魔術の効果が発動したとしても、魔力やレベルの高い相手の場合、意志や精神力の強さである程度抵抗出来るのだとエリーは説明を加える。
そして【呪言】に抵抗されたとして、どの程度抵抗されたかで影治の力量を量ろうとしたのだと正直に白状した。
「ふうん……。成功してもそっから更に意志の強さで抵抗されるって、そこまで行くとクラスⅨの割にしょぼい効果だな」
「相手の魔力が低いと成功しやすいから、前衛の戦士に掛けるのは割と悪くないのよ。種別が呪いだから、解呪の手段がないとしばらく効果が持続するしね」
「呪いか……。まあいい、俺も同じクラスⅨの魔術を見せてやろう。【再生の光】」
エリーの左腕は指先から落下したせいで、そのままズボッと泥沼に突き刺さっていた。
それを引き抜いて切断された部位同士を押し合わせると、影治は【再生の光】を使用する。
部位が破損してしまうとこの魔術では治せないが、切断されてからそれ程時間が経ってない今なら接続可能だ。
「流石は天使、見事な光魔術ね」
「次は無い。今後俺や俺の関係者に敵対したり、虚言で欺こうとした場合は相応の報いをくれてやる」
「分かったわ。でも1つ訂正しておくと、私の同時詠唱の最大数が3つまでっていうのは本当よ。残りの1つはこれのお陰ね」
首に巻いているネックレスを見せながら、エリーが説明を始める。
マジックエコーという名のこの魔導具は、巻貝の形をしたネックレス形の迷宮遺物だ。
同時詠唱の際に、魔導具に魔力をついでに流すことで、同じ魔術を更にもう1つ発動出来るという。
ただしこの際同時詠唱する魔術は、完全に1つでないとならない。
同時詠唱には同じ魔術を重ねて発動する場合と、異なる魔術を同時に発動する場合があるが、この魔導具は前者の場合でしか効果を発揮しない。
また普通に発動するよりも魔力を多めに持っていかれるので、多用するとすぐに魔力が尽きる。
「そいつは便利だな。さっきの詫び賃としてもらうぞ」
「はぁ、構わないわ。それで少しでも影治の留飲が下がるならね」
念のため【魔導具鑑定】でネックレスを調べる影治だが、エリーの説明通りの内容だったため、素直にネックレスを受け取って身に付ける。
「これでちょっとだけだが効率が上がるぜ」
マジックエコーによって、1度の【上位不死者生成】の同時詠唱で9体のアンデッドが生成可能になった。
これで多少は効率も良くなるだろう。
「ねえ、ちょっといい?」
「ん、なんだ? 【上位不死者生成】」
「私は死霊魔術については余り知らないんだけど、1体ずつじゃなくてまとめてアンデッドには出来ないの?」
「ああ? やってんだろ。8……9体同時によ」
「そうじゃなくて……。1回の魔術発動で、一気に複数のアンデッドって生成できないの?」
「そりゃあお前………………いけるか?」
影治の死霊魔術の大元は、グレイスから教わったものである。
それ以降外の世界で日々過ごしていく中で、死霊魔術に関する資料や情報を集めもしたが、複数のアンデッドを同時に生成する死霊魔術の情報はなかった。
そもそも、死霊魔術で使役可能なアンデッドの数には限界がある。
何故ならアンデッドを契約を結ぶごとに、術者の最大魔力が削られていくからだ。
だから一般的に死霊魔術師が従えるアンデッドの数は、多くても100位だと言われている。
そういった背景があるので、1度に多数のアンデッドを生成=契約を結ぶ魔術というのは伝わっていなかった。
「でかした! 俺としたことが、そんな事にも気づかずこれまでチマチマとアンデッドを作ってたとはな。概要としては不死者生成の複数同時発動だが、こういったのはまずクラスの低い下位不死者生成から試すべきだな」
「え、ちょっと……?」
突然左腕を切断された際にも、すぐに平静を取り繕っていたエリーであったが、急に大きな声で興奮しながら叫ぶ影治の様子に戸惑いを見せる。
そんなエリーのことなど既に眼中から外れている影治は、いつもの集中モードで魔術開発モードに突入した。
「あれ……。もしかしてエイジ、集中モードに入っちゃった?」
野営地の設営が終わり、近くまでやってきたカレン達が、影治の様子を見て事情を察する。
なお今影治達がいるのは野営地からは少し離れた場所で、先ほどのエリーの左腕を切断したやり取りをカレン達は気づいていない。
クゥが咄嗟に声を上げたので、ちょっと驚いた程度だった。
「そのようね。私が何言っても聞こえてないようだったわ」
「はぁぁ、まあいつもの事なので様子を見ましょう」
いつものように影治はアンデッド化した帝国兵たちに、仲間の死体を一か所に集めるように指示を出していた。
ブツブツ言いながらひたすら集中している影治と、アンデッド化された者達が動き回る音だけが静寂を打ち破る。
そうして数十分が経過した頃、ようやく影治が現実に帰ってきた。




