第819話 呪言
「待たせちまったな。とりあえず生き残りは全部片づけてきたぜ」
「……そう」
何でもない事のように、軽い感じで生き残りを片づけてきたと言う影治に、エリーは短く答える。
この酷い戦場の中で、どのように生き残りを見つけ出していたのかエリーには見当もつかなかった。
人は生きていれば、魔術師でなくとも微弱に魔力を発している。
平時であればその反応を探るという方法もあるだろうが、今は大規模な魔術が連続して使用されたせいで、周囲の魔素濃度が高い。
エリーも魔力の扱いはかなり上手ではあるが、こんな状況ではまともに魔力感知も働かなかった。
「でよ、生き残りを潰しながら思ったんだが、こいつらを利用することにした」
「アンデッドにするってこと?」
「ああ。ディルダグには敵の本隊がいるんだろ? そいつらにぶつけてやろうと思ってな」
「そこら中に転がってる死体を全部アンデッドにするという訳? でも見たところ、あのとんでも魔術があれば、大軍の本隊相手だろうと何とでもなりそうな気がするけど」
「俺だけなら問題ねえんだけどよお、生憎とこいつらはあの4発で魔力をほぼ消費しちまうんだよ。帝国本隊の数は数十万って話だから、魔力が持たねえ。俺ひとりで残りをやるのもいいが、見ての通り道がでこっぼこになっちまうから、アンデッド軍団に先駆けしてもらおうかと思ってな」
先ほどのウルザミィとセルマによる災厄級魔術は、初見であるヴェリアスやエリーからすればとんでもない威力の魔術に見えた。
だがこれでも両者共に全力で使用していた訳ではない。
クラスⅩまでの魔術は、長距離発動や圧縮発動などといった、魔術を発動する際にオプションのようなものを付加する事が出来る。
長距離発動は射程距離を延ばす事が出来、圧縮発動では逆に射程を減らして威力を上げたりする事が可能だ。
ところがクラスⅩ以上の魔術にはそういったオプションはなく、術者のイメージによって威力や射程がある程度の範囲内で調整出来る。
ウルザミィもセルマも、2回までなら最大範囲で災厄級魔術を発動出来るのだが、今回のように4回も使用するとなると範囲や威力をある程度抑えないと無理だった。
「噂のアンデッド軍団だね。デュレイスのロォーク平野決戦以降、軍団規模のアンデッドの姿が確認されていなかったけど、材料さえあれば現地で作れるって訳か」
「その時のアンデッド軍団が今どこにいるのか知らないけど、そんな手軽に出先でアンデッドの軍団を作れるんなら、幾ら警戒しても無意味じゃない。まったく何から何まで非常識な奴ね」
忌々しそうにエリーが吐き捨てる。
そのエリーの態度に、影治の力を見せつけられたばかりのヴェリアスやレイミーが慌てた様子を見せるも、態度を改めようとはしない。
エリーは四魔君主でこそないが、ヴェリアスやレイミーの先代の四魔君主とも付き合いがあった古株である。
実力だって四魔君主と同等以上。
ヴェリアスとでは戦闘タイプが異なるので一概には判断できないが、同じ魔術師タイプのレイミーと比べれば実力は上だ。
「非常識大いに結構。そういう訳で、俺はちょっとここで作業をしてくつもりだ。お前らはどうすんだ?」
無礼とまではいかないが、つっけんどんなエリーの態度を気にした様子は影治にはない。
その事に胸を撫で下ろしながら、ヴェリアスが答える。
「僕たちはいつまでもここにいる訳に行かないから、一旦ヴロブリックに帰らせてもらうよ。エイジはアンデッドの生成が終わったら、そのままディルダグに向かうのかな?」
「まあそれでもいいんだが、まずはリュシェル達と合流してからだな」
「それって少し遅らせる事出来ないかな? ディルダグに攻め入るなら、僕たちもヴロブリックに引きこもってなんかいられないよ」
「別に多少遅れるくらいならいいぜ。そもそもアンデッド軍団を生成するのも時間がかかるからな」
「よかった。じゃあなるべく早く兵を連れて戻って来るよ。退却途中だった兵に休息もさせたいから、早くても数日はかかっちゃうと思うけど……」
「なるべく早く頼む」
これからの予定が決まったヴェリアスは、影治との話を終えるとレイミーと共に街道を引き返していった。
エリーと再会してからは、クゥに乗ってここまで移動してきたが、流石にラミアのレイミーはクゥに乗る事は出来ない。
またエリーだけこの場に残って影治と話をしていくというので、四魔君主の2人は影治からもらった【飛行】の呪符を使って先に帰る事になった。
「上位不死者生成!」
「…………」
「上位不死者生成、上位不死者生成、上位不死者生成!」
「………………」
戦場跡を歩き回りながら、ひたすら死霊魔術でアンデッドを量産していく影治。
その後ろを黙ったままエリーが付いて回る。
エリーとの話は食事時なんかの休憩時でいいだろうと、まずは先にアンデッドの生成を行っていた。
影治がその提案をすると、実際どんなもんか見てみたいと言うので、こうしてエリーも後をついて回っている。
ちなみにカレンやセルマ達は、魔術などで野営地を整えている最中だ。
セルマもカレンも土魔術が使えるので、ぬかるんだ地面を湿り気の無い土の地面に整える事が出来る。
後はそこに魔導具のテントを設営すれば野営地の完成だ。
エリーと一緒にドラゴンのクゥやラリィも残っているので、少し広めに整地を行っている。
「上位不死者生成…………、いつまで付いて回るつもりだ?」
「死霊魔術の使い手は珍しいからね。この機会にたっぷりと見ておこうと思って」
胡乱気な眼差しを送る影治に、しれっと付いていくエリーには悪びれた様子がない。
「じっくり見たからって、使えるようになる訳でもねえだろ」
「そうだけど、参考にはなるわ。さっきから8体ずつアンデッドを生み出してるけど、それって同時詠唱の限界数って事よね? 星堕としも8つずつだったわ」
「……だからどうだって言うんだ。死霊魔術とは直接関係ねえだろ」
「あんたってほんと常識外れな奴だけど、8つも同時詠唱出来るなんてそれも信じられない話よね」
「そう言うお前は幾つまでいけるんだ?」
「3つよ。というか、4つ以上同時に詠唱出来る人なんて殆どいないでしょ」
「そうだな。せいぜい4つか5つってところだ」
「それってあの大精霊とか悪魔の事?」
「情報収集のつもりか?」
「何よ、これくらい世間話の範囲内じゃない」
「ならお前の魔術レベルを教えろ」
「いいわよ。まず前にも言ったように闇魔術がクラスⅩでしょ。それから呪詛魔術と無属性魔術がクラスⅨで、火魔術がクラスⅦ。あとは雷魔術がクラスⅥまでね」
あっけらかんとした感じで情報を晒すエリー。
腕自慢の前衛の場合、自分の強さを見せつけようとする者の割合は多いのだが、魔術師の場合は自分の身を守る事にも繋がるので、親しくもない相手にベラベラと魔術レベルを話したりはしない。
どんな魔術を使うのか分からないからこそ、相手を出し抜ける事も多いからだ。
「呪詛魔術……確かデバフ特化の属性魔術だったな」
「そうね。あとは呪いをかけることも出来るわ」
「クラスⅨってなるとどんなのが使えるんだ?」
「例えばこんなのがあるわね。【呪言】――――っ!?」
「グルオオオオオッ!!」
いつの間にか影治の手に握られていた剣が、エリーの左腕を切断する。
余りに突然すぎて痛みを感じる暇もなく、強い衝撃だけがテイムしているクゥに伝わった。




