第798話 ヒッタイト高地の戦い リザルト
「オラアアッ! レッテリオを討ち取ったぞおおおおお!!」
「おおおおおぉぉ!!」
「流石はガンドルーバ様だぜ!」
このけたたましい喧騒の中でも、ガンドルーバの声は良く通っていた。
ガンドルーバの雄叫びのような勝ち名乗りの声に、近くにいた仲間のラテニア兵達からは大きな歓声が返ってくる。
「大将軍」
「む、ローレンスか。何でお前がここにいるんだ?」
激闘を制したガンドルーバの下に、副官の男……ローレンスが近寄る。
てっきり砦を守ってるとばかり思っていたローレンスの登場に、ガンドルーバは意外そうな顔で尋ねた。
「その話の前にまずはこれを」
そう言って手渡したのは、レッテリオとの戦いの中で使い物にならなくなった武器や盾だった。
2人の戦いを見ていたローレンスが、周りの部下やそこいらに転がっていた装備の中から見繕ったもので、一先ずの代わりだがこれでガンドルーバは再び6つの腕の全てが塞がる。
また副官から差し出された中にはポーションも含まれており、ひとまず傷だらけだった全身の治療も同時に行う。
失われた血と消耗した体力、それから闘気術に必要な生命力までは回復していないが、目に見える傷が治ったことでまた戦えるようにはなっている。
「こいつは中々良いポーションじゃねえか。お陰でまだまだ戦えそうだ!」
「それなのですが、このままでは勝ち目がありません。被害を最小限に抑えつつ、このままリバーマンまで撤退します」
「はああぁぁ!? 何言ってやがる! 数じゃあ負けてるかもしんねえが、今だって敵将軍のレッテリオを討ち取ったばかりだぞ!」
「ええ、ですからある程度の被害も与えたことですし、ここで引き上げるべきだと申しております」
「だから何故かと聞いておる!」
つい先ほど一騎打ちでレッテリオを討ち取ったばかりのガンドルーバは、いつにない程興奮していた。
平時であれば副官の話を聞く余裕はあるのだが、今はその余裕もない。
「……大将軍。帝国軍の本隊が近くまで迫ってきています」
「ああっ? 本隊だとお?」
「はい。正規軍と思しき10万に加え、神兵30万ほどが迫っております。これまで投入された兵数からして、あれは東方面軍ではなく恐らく北方面軍でしょう」
砦放棄の判断を下した後、出撃の準備に追われる中で、ローレンスの下に偵察に出していた斥候からの報告が届く。
それはローレンスの予想していた内容と一致する、最悪な報告であった。
「何ッ! 北方面軍までこちらに差し向けているってのか!?」
「はい。今回の帝国の侵攻は尋常ではありません。これまで投入した事もない傭兵の大軍に、北方面軍や神兵の大軍まで引っ張り出し、10万もの魔獣や希少な迷宮遺物まで多数持ちだしているのです」
「なんとっ……」
脳筋のガンドルーバとはいえ、ここまで言われると現状の最悪さを理解出来た。
本心ではまだまだ戦いたいという思いが強かったが、確かにこの状況で戦い続けても未来がない。
「既に砦の方は完全に放棄しました。持ちだせる限りの物資と食料を、負傷兵を主体にした部隊に引き上げさせております。私は残りのまだ戦える者達を率いて戦場に駆け付けましたが、そのまま増援するというよりは味方の撤退をサポートするように指示を出しております。この辺りもそろそろ限界ですので、大将軍も我々と共に離脱を」
「…………」
「大将軍?」
話を聞いていない訳ではないようだったが、ガンドルーバからの返事はなかった。
それはただ退却などしたくない、という心情からの無反応ではなく、別のことに気を取られていたからである。
「あれは……」
ガンドルーバの反応が気になったローレンスが、視線の先を追う。
するとそこには1人の男が立っていた。
戦場だというのに、何一つ武器を持たず素手のまま歩いている。
盛り上がった筋肉はまるでボディービルダーのようであり、革製の鎧と部分部分に金属が宛がわれた鎧を身に付けていた。
「ローレンス、奴は俺が食い止める。お前はその間に味方の撤退を指揮しろ」
「……それほどヤバい相手なのですか?」
「ああ。レッテリオみてえな最後の燃えカスみたいな奴じゃあねえ。だから早く……早く逃げろ!」
「……分かりました。殿は私が務めますから、大将軍も丁度いいところで引き上げて下さい!」
腕自慢のガンドルーバが即座に逃げろという程の相手では、複数人で挑んだ所でただ犠牲者が増えるだけだ。
ガンドルーバの指示に従い、ローレンスは味方の撤退を指揮し始める。
一方ガンドルーバは、明らかに只者ではない雰囲気を放つ男と対峙していた。
「よう、てめぇただもんじゃねえな? 見たとこ方面軍の連中でもなさそうだが何者だ?」
「……ワーヒドゥだ」
「ワーヒドゥ? そうか、てめぇが……」
長年ラテニア砦の司令官を務めてきたガンドルーバだが、聖なる暴虐団の団長であるワーヒドゥとはこれが初対面だった。
無論聖なる暴虐団の事は知っているし、その中でも最大戦力とされる六暴聖については知っている。
過去には六暴聖を戦場で打ち破ったこともあった。
「まだ暴れたりねえ所だったが、てめぇの首を持ちかえれば多少は満足できそうだ」
「……」
挑発……というよりは、己を奮い立たせるようにガンドルーバが話しかけるが、ワーヒドゥはそれにこたえる事なく無言で構える。
「チッ、無駄口は利かねえってか? ならてめぇの苦悶の声でもって口を開かせてやるわ!」
多少の休憩を挟んだとはいえ、万全とは言い難い状況の中、ガンドルーバとワーヒドゥの戦いが始まった。
◆◇◆
「少数でもいいので、出来るだけ固まって戦場を抜けるのです! 後はとにかくリバーマンまで逃げ伸びて下さい。戦場を抜けたらばらけても構いません。寧ろその方が追手を撒けるでしょう!」
ガンドルーバにワーヒドゥの相手を任せ、ローレンスは乱戦状態の仲間に向けて枯れんばかりの声を張り上げ、どうにかこうにか味方の兵を集めながら撤退を指示していた。
時がたつにつれ、徐々に兵数が減らされていった事に気づいたラテニア兵だが、最初は徹底命令に従わない者もいた。
だが徐々にローレンスの指示に従う者も増えていき、生き残っていた兵の半数以上が戦場を離脱することに成功する。
「ふぅ、どうにかなりそうですね。あとは大将軍を――」
ようやく撤退の目途がつき、ガンドルーバに撤退を呼びかけようとしたローレンスは、丁度その瞬間を目撃してしまった。
「大……将軍……」
丸太のように太いガンドルーバの首には、ワーヒドゥの腕が差し込まれていた。
そして予想できないほどの怪力でもって、ガンドルーバの首がそのままボキッとへし折られる。
しかしその程度では、この世界の強者は即死したりはしない。
首を折られながらも必死の抵抗を続けるガンドルーバであったが、何とワーヒドゥは折った首を更にグリグリと動かす。
それはまるで金属疲労を掛けるような動作であり、負荷をかけ続けられたガンドルーバの首は最終的にブチッと引きちぎられた。
「がっ……」
流石にここまで来ると、助かる事はほぼない。
最後に血を吐き出しながら自分の命を奪った相手を睨みつけると、そのままガンドルーバは死を迎えた。
「……ッッ!」
長い付き合いだった。
最初副官として赴任した時は、余りに無責任な行動を繰り返していたガンドルーバを、上官には相応しくないと疎ましく思っていた。
しかし5年、10年と付き合い続けていく内に、いつのまにかこの方の為にも不足している分は自分が補おう。
そう思えるようになっていた。
「……大将軍、あなたの仇はいずれ必ず取って見せます」
歯を食いしばりながら、最後の味方部隊と共に戦場を離脱するローレンス。
ローレンスはフロッグマン種族の中でも、戦闘よりは戦術などに優れた頭脳を持つタクティカルフロッグという種族であった。
完全にではないものの、複数の物事を同時思考出来る能力であったり、物事をより深く考える能力に秀でていた。
一方ではガンドルーバへの復讐を誓いつつ、もう一方では撤退の指揮を執る。
そうしてどうにか戦場を離脱する直前。
ローレンスは更なる衝撃の現場を目撃する事となる。
「そんなっ、まさか!?」
それはある意味ガンドルーバの死より衝撃的だったかもしれない。
すでに距離は大分離れていたものの、ローレンスは単眼鏡の見た目をした魔導具を所持しており、それでしっかりその場面が見えた。
見えてしまった。
ローレンスが目撃した場面。
それは四魔将軍のひとりであるゾルダが、大剣を手にした男に敗れるシーンであった。
「ゾルダ様が……」
呆然としながらも、ローレンスはどうにか戦場の離脱に成功した。
最後に砦から出撃した兵たちは、ただ増援に加わっていた訳ではない。
味方を撤退させるために、ローレンスや彼以外の副官や指揮官が動いていた。
それぞれが部隊を率いて、無秩序に広がっていた戦場に撤退を呼び掛けに行っていたのだ。
そうして無事ラテニアの要塞都市、リバーマンまで撤退出来た兵はおよそ9万。
ただ重傷の兵も多く、9万のうち戦闘可能なのは7万ほどだろう。
元々砦に駐留していた7万と、増援の10万を合わせて17万の兵がいたのだが、この戦いで半数近くまで減らされてしまった事になる。
それに対し、帝国兵の被害はおよそ4万。
傭兵隊20万と、東方面軍の10万で攻め寄せていた。
被害の4万のうちの半数以上が、傭兵隊である。
また人的被害としては、帝国は東方面軍の軍団長であるレッテリオと、六暴聖のひとりサラーサを。
ラテニア側は四魔君主のひとりであるゾルダと、ラテニア砦の司令官であるガンドルーバを失う事となった。




