第796話 突然の闖入者
「姐さんッ!」
「おのれ! 我が同胞をよくも!!」
サラーサを討ち取られた残りの六暴聖の2人は、その後も必死にゾルダに食い下がった。
サラーサにトドメを刺す為に、アルバァの槍をまともに受けていたゾルダであったが、それで大きく動きが損なわれるということもない。
隙を見てポーションを服用した事で、ダメージはかなり回復している。
とはいえ体力や生命力の方はそうもいかない。
当然の事ながら、戦闘中の彼らは闘気術を常に発動して、身体能力を強化している。
それに加え、サラーサにトドメを刺した爆砕剣などの闘気技は消耗が激しい。
「ちぃっ、ちょいとばかしキツくなってきやがったぜ。スィッタ! 魔力の方はあとどれくらい持ちそうだ?」
「そうであるな。もう半分は切ったというところか」
「もう半分以上かよ! お前はもうちょっとペース配分ってのを考えやがれ!」
スィッタの戦闘スタイルは、肉を切らせて骨を断つというものである。
そして切らせた肉をスキルのアンプヒールと、自前の光魔術で補う。
ただ残念な事に、スィッタの魔力量はそこまで多くはなかった。
だというのに、本人はまるで回避や防御に気を回す事がないので、このような長期戦や強者相手との戦いには向いていない。
かくいうアルバァも、せっかくの韋駄天のスキルは長期戦には向いていなかった。
敏捷を強化出来ても、それを補う体力までは強化されないからだ。
無論その事を知るアルバァは、日ごろから体力作りをかかさず行っていたが、それにも限度はある。
「うっ……」
地面を蹴ったつもりが、足に上手く力が入らずアルバァが思わず声を上げる。
激しい戦闘の中、ゾルダはその隙を見逃さず攻撃を仕掛けた。
「でえ゛やあああああああッ!」
「ぐあっ! クソ! 俺の右腕が」
ゾルダのグレートソードによって右腕を落とされたアルバァとの間に、慌ててスィッタが入り込む。
ついでにスィッタ渾身の闘気技を見舞ったのだが、それはゾルダのヒーターシールドに防がれてしまう。
ただかなりの衝撃を与えてふっとばしたので、一旦態勢を整える時間は出来た。
「参ったぜ。左手だけでも使えねえことはねえが……」
アルバァの槍は長さ3メートル弱と言った所で、彼ならば片手で扱えないことはなかったが、さすがに片腕では力の入った攻撃は出来ない。
ひとまずポーションを飲み、切断部からの出血とダメージを回復させはしたが、その後の数分の戦闘によって急速に追い詰められていく。
「ふぅぅっ、ここまでかよ……」
思わず弱音が漏れたその時、周囲の戦場の様子が変化している事に、アルバァは今更ながら気づいた。
「なん……だ……?」
ふと気づくと、近くで争っている者達の声が途絶えており、喧騒の声は少し離れた場所から聞こえてくるだけになっていた。
強力な範囲攻撃魔術でも使われたのかとも思ったが、すぐにそうではないことに気づく。
何故なら聞き覚えのある声が聞こえてきたからである。
「ッ! スィッタ、ずらかるぞ!」
慌ててその場を去ろうとするアルバァ。
スィッタも異変に気づきアルバァの後に続くが、当然ゾルダとしては見逃すつもりなどない。
背を見せ逃げる2人を追いかけようとするゾルダであったが、両者の間に1人の男が立ちはだかった。
「ヴァアァァ……」
「うぬっ、邪魔だああああ!」
「ヴァアアアアアアアァァァッ!!」
一刀のもとに切り伏せ、2人を追いかけようとするも、間に入った男はゾルダの重い一撃を手にした大剣で軽々と受け止める。
それどころか、逆に力で押し返されて後ろに下がらされてしまった。
「お、おらの剣を返すだどお!?」
両手にグレートソードとヒーターシールドを持つゾルダに対し、男は大剣を両手で持っているのでこちらの方が力が入るというのは分かる。
しかしヒューマンとオーガという種族差は、そう簡単に埋められるものではないはずだった。
「ヴァアアアッッ!!」
そして更に異様なのが、完全に理性を失った獣のような男の言動。
口から漏れる声には理性が感じられず、体の動きが普通の人間というよりむしろ獣人に近い獣の動きを見せる。
「ぐっ! がぁぁっ!」
突如現れた闖入者に、すっかりゾルダは足止めされてしまう。
六暴聖2人がかりでも抑えきれなかったゾルダを、完全に1人で相手取っている。
「ふぃぃ……。まさかここで副団長が混じってくるとはな」
「あのオーガは拙僧が仕留めたかった所ではあるが、今回は副団長に譲るとしよう」
難を逃れたアルバァ達は、そう言ってあっさりその場を離脱した。
1度狂戦士を発動させた副団長……イスナーニが危険だという事をよく知っていたからだ。
本人曰く、この状態になっても最低限の理性は残されているらしい。
だが大規模な戦場では強い興奮状態になる事もあって、敵味方の区別が難しくなる。
ただ帝国生まれの聖光教信徒として、真っ先に狙うのは魔物や魔族。それから獣人などであって、人族への優先度は低い。
ただ味方を巻き込むような攻撃をされる可能性もあるので、聖なる暴虐団内では、キレたイスナーニに近寄ろうとするのは団長のワーヒドゥ位しかいなかった。
「それで、この場を離れてどこに向かうのであるか?」
「後方が騒がしいからそっちに向かう。その間にお前はマジックポーションを飲んで、魔力を回復させておけ」
指揮官でも何でもないアルバァには、今戦場がどのような状態なのか分からない。
ただ挟撃しようとしていた味方の帝国兵が、更に砦から出撃してきた敵兵に挟撃されたという報告は聞いていた。
アルバァ達が向かった西側のラテニア砦に近い戦場。
そこでも強者同士の争いが行われていた。
◆◇◆
「レッテリオ! 今日こそはてめぇをぶっ殺してやる!」
「ふっ、相変わらず脳みそにまで筋肉が詰まってるようだな。ガンドルーバよ」
傭兵騎兵部隊を挟撃したと思ったら、背後から急襲してきた帝国兵に切り崩されてしまった、ガンドルーバ率いるラテニアの部隊。
それは仕掛けたレッテリオの想定を超える戦果を生み出し、喜々として傭兵騎兵部隊に襲い掛かっていたガンドルーバの下まで、敵陣を突破する成果を生み出した。
まあ突破とは言っても、すでにこの段階で陣形が崩れ乱戦になっていたので、敵陣突破も成功しやすい状況ではあった。
ただ突破した先に宿念の相手がいたことは偶然である。
当初後方からの突撃に焦燥感を抱いたガンドルーバだったが、敵部隊の中にレッテリオの姿を確認するや否や、供回りの兵を連れて逆突撃を敢行。
そして現在は両者向き合って口上を述べているところだった。
つい先ほどまで先陣に立って戦っていたガンドルーバは、全身が返り血に塗れている。
4つの腕に持っている武器による成果だ。
対してレッテリオは、魔獣にまたがり柄の部分が紫色をした槍を手にしていた。
帝国では……正確に言うと聖光教の教えでは、魔物は忌むべき存在であり、滅することがマルティネの意志であるとされている。
しかしそんな帝国でも、魔獣というものが多く使役されている。
魔獣は世代を重ねていくにつれ、魔物であった頃の特徴が薄れていき、いずれは体内の魔石もなくなってしまう。
とはいえ、魔獣化したばかりの新しい世代の魔獣は、魔物の特徴が色濃く残っている。
聖光教では、そうした魔獣をマルティネ神の慈悲が与えられたものとして、殲滅対象から外されていた。
影治などからすれば都合のいい解釈と一笑されるだろうが、そういった理由付けもあって帝国では魔獣の調教や生産が行われている。
そして司令官でもあるレッテリオともなると、騎乗する魔獣もそんじょそこいらの魔獣とは違う。
彼が駆るのは脅威度Ⅶの虎系の魔物、ブラックタイガーを魔獣化させたものだ。
全身に生える黒い毛に、白毛が縞々に生えているブラックタイガーは、こちらも黒色をしている爪による攻撃を得意とする。
そしてそれは魔獣となって、背に人を乗せるようになってからも変わらない。
騎乗した人物と、乗騎であるブラックタイガーの爪攻撃は、1度に2人を相手にするかのようであった。
「抜かせぇぇ! てめぇこそ今すぐにでも暴れたいってツラぁしてやがるじゃねえか!」
「ウハハハハッ、当たり前よ! お行儀よくベッドの上で寿命を迎えるなど、儂は御免だ!! 戦場こそ儂の寝床よ」
「なら俺がてめぇを眠らせてやる! 永遠になッ!」
時系列にすると、まだゾルダがサラーサと戦っていた頃、別の戦場では帝国ラテニア両国の砦の指揮官による、一騎打ちが行われようとしていた。




