第791話 魂爆珠
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「フゥゥゥゥ……ハアアァァァァ……」
男の口から荒い息が漏れる。
それは運動後の疲労によるものではなく、極度の緊張と高揚感によるものだった。
それと同様の荒い息は、他の場所からも幾つか漏れている。
だが互いに距離が離れているので、それを聞き取ることはできなかった。
それよりもすぐ近くから聞こえてくる怒号や、魔術攻撃による音などの方が大きい。
「まだ……か……?」
異様な興奮状態にある男の目は血走っており、まるで麻薬の中毒者のような異様な雰囲気をしている。
その血走った目が向けられているのは、ラテニア砦の正門前付近。
彼らは元々はただ召集に応じた神兵に過ぎなかった。
だが命がけの任務に志願して傭兵隊と共に先行し、彼らは今ラテニア砦の防壁のすぐ近くに張り付いている。
志願兵たちは全員が姿隠しの呪符で姿を隠しており、矢や魔術が飛び交う中を真正面からラテニア砦の防壁まで歩いていた。
呪符の効果は未だに続いている上、陽動として騎兵部隊が動き回っているので、防壁の真下に取り付いた志願兵は気づかれていない。
胸壁から騎兵部隊に応戦しているラテニア兵たちは、そんな足元の事よりも今しがた敵騎兵から撃ちだされた魔術に注目していた。
それは火魔術の【火球】のような火の球なのだが、通常の【火球】と比べると1.5倍くらいの大きさをしている。
そのままの軌道で進めば、正門にぶつかるだろう。
通常の【火球】位で破れるような門ではないし、例え上級攻撃魔術の【轟火球】が直撃しても問題はない。
ただ大きさ的に中途半端で見た事がないものだったので、少しばかり警戒を向けていた。
ボンッ!
だがその火球は門にぶつかる前に、空中で派手に爆発した。
それを見たラテニア兵は、魔術の発動に失敗したか? などと思ったが、これは失敗でもなんでもない。
今も防壁傍に潜んでいる志願兵たちへの合図であった。
「マルティネ様こそ正義なり!!」
「我が命をもって邪悪なる魔族に死を!!」
「偉大なるマルティネ様に栄光あれ!」
合図を確認した志願兵達は、覚悟ガンギマリの表情で各々の狂気の信仰を掲げながら、事前に渡されていた物を発動させる。
すると、志願兵達を中心に強い爆発が発生し、志願兵もろとも防壁を崩していく。
特に正門付近には2人も配置されていたので一番爆発の被害が大きく、頑丈に作られている門とその周辺を粉々に砕いた。
「今だっ! 全軍出撃ぃぃぃ!!」
志願兵の捨て身の自爆特攻によって、正門や防壁が打ち砕かれたのを確認したレッテリオは、ただちに全軍に出撃を命じた。
といっても全員が真正面から迫るのではなく、予め決めてあった作戦の通りに動いている。
正面の防壁はあちらこちらが爆破されボロボロになっているが、全て同じ具合に壊れている訳でもないので、まだ防壁がかろうじて機能しているような場所には、追加で魔術攻撃の一斉射が行われた。
そうして進入路を確保した後に、歩兵部隊を中心として乗りこむ。
また後門から逃げられないよう、騎兵部隊を背面に回して包囲する。
「レッテリオ様、上手くいきそうですな」
「うむ、此度の出征は人員的にもこれまでにない規模だが、本国からはこれでもかという程に魔導具類が送られてきておる。物資輸送の為に、国宝である『強欲の鏡』のほか大量の収納魔導具が惜しみなく用いられた。これだけの戦力と物資があれば、ラテニアを蹂躙し尽くすことも叶うだろう」
先ほど志願兵が発動させた物も、そうして前線まで運ばれてきた魔導具の1つだ。
だが彼らが使用した物は、魔導具は魔導具でも呪具と呼ばれる類のものだった。
魂爆珠というその呪具は、似たような効果を持つデボートライフハートの上位版とも言うべきものだ。
等級的にも、特級だったデボートライフハートに対し、魂爆珠はユニーク級と2階級も上である。
その効果は見ての通り強力な爆発を起こすというものだが、使用者の生命力と魔力だけを利用するデボートライフハートとは違い、魂爆珠ではそれらに加えて使用者の魂までもをベットする。
特に使用者の想いが強ければ強い程爆発力が高まるので、狂信者に持たせるととんでもない威力を発揮する事が知られており、帝国では昔からこの手の迷宮遺物をかき集めていた。
「むっ、あれは」
今の所上手く戦況を優位に運んでいた帝国軍であったが、いざ砦に乗りこもうとしていた傭兵の一団が、炎に巻かれて大きな被害を受けていた。
「今のはもしや滅炎……ですかな?」
「恐らくはそうだろう。火属性なら事前に耐性魔術は掛けてあっただろうが、それでもクラスⅩの魔術となると今の一撃だけで数百人はやられたか」
砦前面の各所の壁が同時に破壊された後、ラテニア兵はその穴を埋めるように兵を配置していた。
その内の1つには凄腕の火魔術師が配置されており、砦内に侵入しようとしていた傭兵集団を焼き尽くす。
流石にこれまで何百年も争い続けただけあって、これだけの戦力差があろうとある程度の犠牲は覚悟する必要がある。
「あれくらいで怖気づく連中でもないだろうが、あの場所から侵入する際は念入りに魔術対策を施してから進め! それとヒーラー部隊も派遣しておけ。クラスⅩ魔術ともなれば、いくら対策を施しても重傷は免れん」
「ハッ!」
防壁の一辺を半分近く崩したとはいえ、それでも防衛の為に作られた施設に攻め込むのは厳しいものがある。
帝国兵は精強ではあるが、個々の能力で言えばラテニア兵の方が上だ。
攻城戦ではなく平地での戦いであれば、集団での戦いが得意な帝国兵に軍配が上がる。
しかし魔物を祖とする妖魔を主体とするラテニア兵は、基本的な身体能力がヒューマンより高い。
数はそう多くないが、ハーピーなどは魔術など使用せずとも種族特性で空を飛ぶことが出来る。
そうして空から弓や魔術などによる援護攻撃を加え、帝国軍の視点を地上だけでなく空中にも向けて分散させながら戦っていた。
また同じく少数ではあるが、ラミアやアラクネなどは図体も大きく、武器を持たずとも生身のままでも十分脅威となる種族だ。
帝国軍から見て正面左の方には、爆発によって空いた部分を塞ぐかのように、巨人族が立ちふさがっている。
巨人族といっても、基本種であるジャイアントは成人男性でも3メートルほど。背の高い者で3.5メートルほどで、オーガより少し大きいといった程度だ。
それでも何人も並んでいれば、鉄壁のように見える。
「中央が厳しい……か」
「はい。門周辺は志願兵を2人向かわせたのと、その後の攻撃魔術で大分破壊は出来たのですが、そこを埋めるように配置された部隊が厄介です」
「あれは……吸血鬼共か」
少数妖魔種族も厄介ではあるが、一番厄介と言えるのは数もそこそこ多い吸血鬼であろう。
単純な能力だけ見れば、完全にヒューマンの上位互換と言える。
地球での伝承とは違い、吸血した相手を同族にする事は出来ないが、太陽の光に弱いだとか十字架や流水に弱いだとかいった弱点もない。
その上トロールと同じような再生能力があり、高位の吸血鬼であれば軽い傷程度すぐに回復してしまう。
そうした種族特性を持っているというのに、更に彼らが得意とする血魔術には治癒系の魔術も存在している。
戦場のような無数の血が流れる場所では、その血を利用して血魔術を発動可能だ。
おまけに吸血鬼は体力的にもかなりタフで、長時間戦闘を行う事も出来る。
こうしたラテニア兵の必死の抵抗によって、帝国優位と思われた戦況は意外な膠着状態にあった。




